第10話
目が覚めると、午後6時だった。
体を起こしたら和政が隣で私の髪を優しく撫でる。
「おはよ」
「……ごめん、私、せっかく来たのに寝ちゃって」
「いや、まだ夕方過ぎだし全然いいでしょ。
起き上がれそう?俺がご飯作ろうか?」
静かに首を振って、和政の手に手を重ねた。
「二人でご飯作りたい。
着替えるから、向こうで先に待っててくれる?」
いつの間にか和政は着替えてるし、なんなら脱ぎ捨てたはずの水着は片付いてるし。
……私、もしかして相当はしたなかった、よね……!
部屋に置かれていた、花柄のワンピース型のリラックスウェアを着ながら一気に恥ずかしくなる。
恥ずかしくなるけど、でも、満たされてる。
「詩織が寝てる間に、下準備だけ済ませちゃった」
「え!ありがとう!
正直、下味はもう間に合わないかなと思ってた。
海鮮も、解凍しておいてくれたんだ……!さすが和政」
髪をまとめながらキッチンに立つと、なぜか照れたように和政は笑って、私が持った包丁を私の手からそっと受け取った。
「詩織、今日いつもより目見えづらいでしょ?切るのは俺がやるよ」
「たしかに。それか、コンタクトレンズ外そうかな」
「え?もうプール入らない?」
あ、と気まずそうにしてから、和政は包丁を置いて私のことを後ろから抱きしめる。
「しおりごめん、疲れてるよね……。
ていうか、明日も入れるし、今日はご飯食べてゆっくり過ごそう。
さっきスーパーで買ったお酒、結構度数強いし普段飲まないやつだから、プールで飲むの怖いし」
「私、和政が思ってるほどは疲れてないよ。
コンタクト、一回外しても入れ直せるし。
むしろ寝たから、いまは私のほうが元気かも」
笑いかけた私のことを更にぎゅーっと抱きしめてくる。
「……しおりって、聖女様じゃん?」
「……ん?いや、私は聖女ではないけど……」
「この世のすべてのものを浄化する力持ってるじゃん?」
「え?ごめん、どういう、」
「俺、自分がどんどん、詩織に頼ってだめになっていっちゃわないか不安なんだ。
俺の求めること、際限なく受け入れてくれるし、俺のこと大好きって何しても言ってくれるし。
そもそも俺のせいで色んな面で窮屈な想いさせてるのに、今だって俺のしたいことを嫌な顔一つせずに受け入れてくれるよね。
それが怖くて。だから最近、俺を押し付けないように、詩織の休息を優先させてたんだ。
決して詩織への気持ちが冷めてるとかそういうのじゃないから」
ごめんね、と寂しそうに言ってから、和政はズッキーニや玉ねぎを高速で切って、更にトマトやアボカドを綺麗に切り終えると私の方に寄せた。
私は食材を受け取り、油を敷いてフライパンと鍋で味付けしながら炒めたり煮たりする。
「……和政、私すごいことに気づいちゃったかも」
まな板を洗う和政の服の裾をつかんで少し見上げた。
「私たち、やりたいこと全部同じなのかもしれない」
「……え?」
「私、外で食事したりするよりも、和政のためにご飯を作ったり、こうやって二人でキッチンに立つのが一番好きなの。
あ、記念日とかに連れて行ってくれるレストランも大好きだよ、もちろん。
でも、そんなに高頻度で行きたいと思ってないし。
お酒も外で飲むと、酔っ払わないように気をつけるから気疲れしちゃうし、和政と二人で飲むのが一番リラックスできるよ。
アウトドアみたいなことするよりも、お部屋で今日みたいにゆっくり過ごす方が多分性に合ってるし。
だから、窮屈に思ったことなんて一度もないの、本当に」
すごい、奇跡。どうして今まで気づかなかったんだろう。
私たちは趣味も嗜好も似てて、それがこんなに幸せなんだってこと。
「いやでも、今日の朝とかも、飛行機乗る直前に合流って……」
「私は芸能人と付き合ってるみたいで、少なからずワクワクしてたよ?」
付き合ってるみたい、というか、和政はもしかしてもう、芸能人なのかもしれないけど。
昔から学校でも騒がれていたから、和政が騒がれることに慣れてしまっている。
そんな私を見て、和政はなぜか少し泣きそうになった。
「……やっぱり聖女様すぎる」
「さっきからそれどうしたの?何か新しいゲーム始めたりしたの?」
「俺、もっと幸せにしてあげられるように頑張るね」
十分、幸せなんだよって伝える前に、和政が私の頬を包みながら、優しく口づけした。
2025.08.28
聖女みたいな彼女との夏 斗花 @touka_lalala
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