第二章
第25話――イントロダクション
昔の夢を見た。
あれはきっと、まだ妹の遥の身体も無事で、お父さんもお母さんも生きていた頃だ。
小学五年生くらいだろうか、家族で遊園地に遊びに出かけ、色んなアトラクションを巡った後に最後に遥が入りたいとねだったミラーハウスの施設にてその事件は起きた。
俺と両親は先に出口から外に出たのに、遥だけまだミラーハウスに残ったままで、何分も経っても出てこなかったのだ。建物の中ではお母さんと手を繋いで歩いていたはずだが、遥がはしゃいでいつの間にか手を離してはぐれてしまったらしい。
俺は係りの人に事情を説明しながら、ミラーハウスに戻って遥の行方を捜した。
最初このミラーハウスに入った時は出来るだけ長くいたくなくて、家族を置き去りに真っ先に全速力気味で出口まで駆け抜けたが、今度は隅々までみて回らなくてはいけない。
ミラーハウスの名の通り通路の四方が鏡で張り巡らされた迷路は方向感覚が狂わされ、まともに進めたものじゃない。手探りなしに下手に直進したら真正面からぶつかり顔面を強打しかねない。
さらに中は薄暗く、所々に鏡ではなくガラス張りになった壁の内側に不気味な人形が立ち飾ってこちらを驚かすように見つめていたりしていたりする。
そんなお化け屋敷のような雰囲気が漂う迷路に、当時の俺はかなりビビりながらも遥のために勇気を持って進んでいた。
「うわあああん!! お母さあああん、お父さあああん、どこーーー!?」
しばらく歩いていると、どこからか女の子の泣き声が聞こえてきた。
「遥?」
そう思って鏡の通路を慎重に進みながら声のする方へ歩いていくと、やがて行き止まりになったところに女の子が床にしゃがみ込んで泣いていた。
一目見て遥ではないと気が付いたが、周りに誰もおらず一人で泣いている彼女を俺は放っておけなかった。
「ねぇ、君、どうしたの?」
「わぁあああん!!」
「いや、ちょっと、あの……」
「わぁあああああああああん!!」
「まいったな…………」
どうやら女の子は泣くことに夢中になってこちらに気が付いていない様子であった。遥ほど幼くは見えないのだが、それよりもとても泣きっぽいようだ。
どうにか泣き止ませられないか考えていると、ふとポケットに仕舞ってあったアレを思い出して、それを取り出し女の子の正面にしゃがみ込む。
「ほら、君、これを見なよ」
「うぁあああ――――ん?」
それは手のひらに収まるほどの小さい、ピンク色のペンライト型の玩具であった。
「ほら、よく見てみろ、ここを押すと……」
「………?」
俺の手にするそれを不思議そうに見つめる女の子の目の前でそれのスイッチを押すと白いプラスチックのカバーから虹色の光が溢れ出した。
「――わぁ……光った!」
「……持ってみる?」
「いいの? わぁい!」
女の子は俺から玩具を受け取ると、嬉しそうに玩具の光を見つめたり振ってみたりし始める。
玩具の光は女の子の顔だけじゃなく、泣きじゃくっていた彼女の心を照らしてくれたようだった。
(まさか、こんなことに役立つなんてな)
それは、遊園地の敷地内にある屋外劇場でこの日行われていた女児向けアニメの試写会で配られていたものだった。
元々遊園地を訪れたのも遥がこの試写会に行きたがっていたのがきっかけで、そのついでとして遊園地を回ることになったのだ。
俺はそのアニメに興味なんか無かったのだが、遥がどうしても俺と一緒に見たいとゴネて、仕方なしに観る羽目になって、その時にその玩具を貰ったのだ。
「きれい……!」
女の子はすっかり泣いていたことすら忘れていたように玩具に夢中になっている。俺は頃合いを見はからい、女の子に話しかけた。
「――なぁ、君、ずっとここで泣いていたのか? お父さんやお母さんは一緒じゃないの?」
「えっと……どっかで、はぐれちゃって。道が分からなくなって、なんかこわくなって……足も動けなくなって……どうしようもなくなっちゃったの……」
「なるほど……そうなんだ」
どうやら遥と同じように彼女も迷子になってしまったらしい。
まいったな、と思っても辺りに係員など他の人のいる様子はないし、早く遥を見つけねばならないが、目の前の彼女をそのままにはしておけない。
「わかった、俺がいっしょに出口までついてってやるから。」
「うぅ……ほんと?」
「あぁ、だからほら、立って」
俺が手を伸ばしてやると、女の子はやや戸惑いつつも俺の右手にそっと触れる。
「……あれ?」
女の子は、握った手を見つめ、やや不思議そうな表情になる。
「ん、どうかしたか?」
「あなたの手、震えてる……それに少し冷たい……」
「えっ、あぁ……そうか?」
「もしかして、あなたもここが怖いの?」
「は、はあっ? べ、べつに、全然こわくねーし!」
女の子に看破されて恥ずかしさのあまり子供ながらに強がってみせたが、実際にはミラーハウスの雰囲気には慣れていなかった。
今でも俺たちがいるその場所から少し視線を斜め上に向ければ、ピエロの姿をした人形の魂の無い瞳がガラス板越しにじっとこちらを見ている。
そんな気味が悪い状況下でも、俺はなるべく弱みを見せたくなかった。
「ほ、ほら、行くぞ!」
「ま、まって……きゃっ!」
「うわっと!?」
俺に手を引かれ、立ち上がろうとした女の子が突然バランスを崩して倒れかかり、すんでのところで彼女の背に腕を回して、どうにか抱き支えられた。
「危なかった……大丈夫か?」
「う、うう……さっき頭をぶつけた拍子に転んじゃったから、足が痛くて歩けなくて……」
「足……?」
よく観察すると女の子の膝の所が赤く腫れているように見えた。骨折とかでは無さそうだが、それでもかなり強打していそうだった。
「そうだったんだ、ごめん、気が付かなくて」
「…………ううん」
女の子はやや消沈気味ではあったが、手にした玩具の光を見つめなんとか泣き出さずにはすんでいた。
このままでは遥を捜すどころではない。この女の子を放置するわけにもいかないと思った俺は、仕方なしに女の子を一度床に座らせる。
「ふえ……?」
「ほら、俺の背に乗って」
女の子に促すようにしゃがみ込んで招くと、彼女は少し戸惑いながら身体を寄せ、光る玩具を持ったままの手を俺の肩から抱きつくように前方に回す。
「危ないからあんまり動くなよ……それ!」
「わっ……わっ……!」
自分の腕を彼女の両太ももの下に入れて支え、膝に踏ん張りを入れ、女の子も背中から落ちないように必死に俺に回した腕に力を込める。
そうして、女の子を背負った俺はどうにか立ち上がることができた。
「……ありがとう、あなたやさしくて、力持ちなんだね」
「いいよ、別に。これくらいなんでもないから」
女の子が小柄でそこまで重くなかったのもあるだろう。普段から少年野球クラブで走り込みなどの練習で鍛えていたおかげで、自分一人でも彼女を背負えることが出来たみたいだ。
とはいえ、これでもかなり無理しているほうで、気を抜けばバランスを崩して女の子と一緒に倒れかねない。
「今から歩くから、大人しくしていろよ」
「うん……!」
女の子の返事を聞き、俺は細心の注意を払いながら脚を動かして鏡の迷宮を進み始める。
そこまでの道のりやミラーハウスの構造は既に頭の中で暗記済みで、途中、方向感覚が狂いそうになったり、鏡に頭をぶつけそうになりながらもなんとか出口まで進むことが出来そうだった。
俺に背負われている女の子は当初のぐずついた雰囲気もすっかり無くなり、時折手にしたライトの輝きを見つめていたりした。
「あなた……お名前は?」
ふとしたように女の子が尋ね、俺は迷路の方向を確認しながら答える。
「俺か? 陽成だよ。浅田陽成」
「ようせい……『妖精さん』?」
「えっ? いや、わざわざさん付けしなくていいって」
「『妖精さん』……うふふ、『妖精さん』かぁ……!」
「なんなんだ……?」
この時の俺は気が付いてなかったのだろうが、きっと彼女はファンタジーの世界に出てくる同音異義の別の生き物のと勘違いしていたのだろう。
――いや、もしかしたら、彼女は分かったうえでそんな嬉しそうな声を上げていたのかもしれない。
「じゃあ次は私の名前だね。私の名前は■■だよ。■■■■」
――どういうわけか、あの女の子の名前にノイズがかかる。
たしかに名乗っていた筈だったのに、古い記憶のせいか、白い
「■■――ね」
「うん、よろしくね『妖精さん』――!」
「め………い……?」
ふと気が付くと、夢は終わっていて俺はベッドの上で目を覚ましていた。
身体を起こせばそこはいつもの自分の部屋。枕元に置いたスマホで時間を確認すると、今はちょうど朝の五時のアラームが鳴る手前といったところだった。
「〝めい〟って……誰だ?」
たしか、そんな名前だったような。
だが、うまくはっきりと思い出せなかった。
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