Ep.2. 銀の探索者

 山の麓には小さな町がある。


 ミノタウロスのもっていた戦斧を肩に担ぎ、リザは山を下りてその町を目指した。町の入り口付近には広い農場があり、酪農用の牛が放逐されていた。近づくにつれて、家畜の匂いが少しずつ漂ってくる。


 そんな町の入り口付近で、初老の男二人が大慌てで駆け寄ってくる姿が見えた。


「リザさん、よくぞご無事で」


 息を切らせながら駆け寄ってきた男達に、リザはきょとんとした目を向けた。


 今回の仕事の依頼主だ。この仕事を受けた際に会話したときにも腰が低いとは思ったが、まさか帰りを待たれているとは思わなかった。


「待ってらしたんですか?」

「ええ、お待ちしておりましたとも。こんな町の依頼を引き受けてくださった方を、お待ちしないわけにはいきません」


 リザは被っていたフードをとった。鎖骨ほどまで伸びた銀色の髪が風に揺れ、耳元のイヤリングが日の光で輝いた。


「こんな寒い中……。ありがとうございます。もう片付きました」


 リザの惜しげもなく晒される両足の美貌も相まってか、男達は顔を見合わせ、嬉しそうに頭を垂れた。


「本当ですか、ありがとうございます! さあ、ここでは寒いでしょう。どうぞこちらへ」


 そう、男達はリザを町の中へと促した。


「ところでその斧は? 行きは持っておられませんでしたよね」


 ちょうどいいと、リザは肩から斧を下ろし、柄を男へ渡した。


「これ、山頂付近にいたミノタウロスが持っていました。おそらく、私の前に登った冒険者の装備品です。誰か心当たりがないか、聞いていただけませんか?」

「ああなるほど、承知いたしました。すぐに聞いて参ります」


 男は斧を受け取ったが、その重さゆえ、柄の部分しか持ち上がらない。リザの身体ほどもある大きな斧である。それほどの金属の塊ともなると、重量も相当なものとなる。


「リザ様、申し訳ありませんが、運んでいただけますでしょうか……」


 男は恥ずかしそうにそう言った。


「ああ、すみません、そういうつもりでは……。私が持ちますので」


 リザは慌てて斧を担ぐと、男達に促されるがまま、しばらく歩き、大きな建物に入った。


 *


 リザは役場の応接間に通され、そこにある柔らかいソファに腰掛けていた。


 先ほど斧を持とうとした男が、リザの前に座っている。もうひとりの男は何やら手続きがあると言って、席を外していた。


「あの重い斧を、まるで傘のように軽々と……」

「冒険者なんてそんなものですよ。体力が商売道具ですので」

「しかし、我々とはもはや別次元の強さですね。見かけは、美しいお嬢さんですのに」

「ふふ、ありがとうございます。まあ、その辺りのからくりは、魔物と同じですので」

「魔力ですか……。魔力については聞くばかりでしたが、この目で見ると、凄まじい力だとより分かりますな」

「実は私、魔法が苦手で。身体は頑丈なんですが、どうにも魔法がうまく使えなくて困ってるんですよ」


 リザは苦笑いを浮かべながらそうこぼした。


 ふたりの間には背の低いテーブルがひとつ。その上には飲み物を入れたグラスがひとつ置いてある。


 男がリザにその飲み物を勧めながら、興味津々な様子で話を聞いていた。


「なるほど、だから魔法ではなく、身体を……」

「はい。でも、そんな私でも、この魔物の核を利用すれば、少しだけ魔法を使えるんです。だから、不自由はないんですよ」


 リザはクレバスの中で使った、黒い石を取り出した。クレバスの中でこの石は光を放ち、周囲を照らした。


 男がそれをまじまじと見つめた。


 電気というものがある以上、魔力の必要性はほとんどない。それゆえ、魔力を必要とする生活をしない者にとって、この魔力を用いた光というのは珍しいのだろう。


「そのあたりにある石みたいですね」

「ええ、でもこれは珍しい核なんですよ。この加工された核を使えば、発光の魔法を使えるようになります」

「魔物の中に、これが入っているんですか」

「私が持っているこれは、もう加工済みですけどね。これが魔物の身体の中にあって、魔核と呼ばれています。この加工品に魔力をこめれば、辺りを照らすことができます」


 このように、核の加工品を使えば、あかりを灯すことくらいはできる。


「ただ、この色が問題で、その魔物の置かれた環境によって、色が変わります。熱い場所にいた魔物の核は赤くなり、火の魔法に特化します。同じように、水の中なら青く、冷たい場所なら白くなったりします。ですが再現性はイマイチで、学者が頭を悩ませているみたいです」

 

 魔物の核を魔核と呼ぶ。


 魔核は環境に作用され、その色を多種多様に変質させる。原理すら分かっていないこの発色過程だが、周囲の環境の影響を色濃く残すことがわかっている。


 冷気と熱気の間に置かれた魔物から採取された魔核は、赤と青の混色である紫色に発色するという実験結果がある。


 そのため、魔核は示相化石のように、その魔物のいた環境の推定に利用できる。


 そんな話をしていると、もうひとりの男が戻ってきてリザに報酬を手渡した。


「リザさん、本当にありがとうございました。こちらが約束のお金でございます」

「ありがとうございます」


 リザは報酬を受け取り、中身を確認すると、受け取りを証明する書類にサインした。


 それを男が確認し、回収する。


「サインありがとうございます。これでこちらの手続きは以上です。町から人的被害が出る前に対処していただきまして、ありがとうございました」

「では、家畜か何かに被害が?」


 リザが請けた仕事は、この近辺に出没した魔物の討伐だった。いつもは具体的な被害状況などには興味がないため、いつも魔物の情報だけを収集して探索に出かけてしまう。そのため、この村の被害状況など、今の今まで考えもしなかったことだ。


「はい、酪農農家の家畜に被害が出たと聞いております」

「そうでしたか。よくご無事でしたね」


 近隣に住居を構えている場合、そのまま襲われてもおかしくはない。実際、そのような被害例は後を絶たない。


「はい、農家の方が遠くから牧場を眺めていたとき、牧場に牛のような何かがいるのに気付いたらしく、得体がしれなかったので近づかずにやり過ごしたらしいです」

「近づいていたら間違いなく殺されていたと思います。不幸中の幸いですね」

「通報を受けた際はかなり取り乱した様子で、『牛の化け物がいた!』と」


 リザが仕留めたのはミノタウロスなので、一応、証言との辻褄は合う。


「……今回退治した魔物のようですね。よかった。ちなみに、あの斧について何か分かりましたか?」

「ああ、あの斧なんですが、どうやら山の向こう側の町から旅立った冒険者の遺品かもしれないとのことで」

「そうでしたか。ではあの斧なんですが、遺失物としてご遺族への受け渡しをお願いできませんか?」

「返してもよろしいのですか」

「売れば良いお金になりますから、ご遺族にお返しした方が良いんです」


 それを聞いて、男達はそろって笑みを浮かべた。


「返さないとおっしゃる冒険者様も多いもので……。かしこまりました。我々の町の中で見つかった遺品ですので、我々が責任を持ってご遺族様へお届けいたします」

「よろしくお願いします」

「はい、此度は本当にありがとうございました、銀の探索者様」


 深々と頭を下げる男達に合わせて、リザも頭を下げた。


「では、私はこれで」


 そしてそう言うと、席を立った。


 *


 リザは、その日のうちにこの町を後にした。


 この町にこれ以上滞在する理由がなかったのがいちばんの理由だったが、可能であれば早めに帰ったほうが良い。抜け出してきた学校のことが気がかりだ。基本的に実力主義な学校のため、授業を少しばかり抜けたところで困るようなことにはならないが、友人の目を誤魔化しきれなくなる前に帰る必要がある。

 

 町と町をつなぐ道は、舗装されていなかった。馬車がよく通る道は、土がむき出しになっていて、それが道の代わりになっている。


 道の周りの地面には草花が生え始めていた。このあたりの気温が上がってきているのかもしれない。


 もうすぐ冬が終わろうとしていた。


 リザはポンチョのフードを深くかぶり、ひとりでその道を歩いていた。


 そして歩き続けて二日間、大きな峡谷に架かる橋が見えた。


 あの橋を渡ればリザの住む町、ノマルはすぐそこだ。


「ルシア、怒ってないといいなあ……」


 リザはそうぽつりとこぼしながら、沈みゆく夕日を眺めていた。




【用語解説】

*示相化石:当時の環境(熱い/寒い/低酸素/水の中……など)を推定できる化石。年代推定ができる化石は示準化石といいます。

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