溺愛されても困ります。
roi
プロローグ ~ 生誕祭で!?溺愛されても困ります。~
まだ貴族制度が残っている時代。
とある四大財閥が貴族社会を管理していた。
その内のひとつであるアリシエル財閥は、芸術と文化を支える老舗財閥。美術館や劇場を運営し、芸術家の後援を行うことで有名である。
その令嬢がひとり、ロイ・アリシエルは今日という日を心待ちにしていた。
「皆様、本日はお集まりいただき誠にありがとうございます。
ロイの幸せと、皆様のご健勝を祈って——乾杯」
ロイの兄ルーク・アリシエルはグラスを手に話し出す。
その傍らでロイもグラスを傾けた。
今日は年に一度のロイの生誕祭。
御屋敷のホールでは絢爛豪華に施された内装と色とりどりの料理、そしてアリシエル財閥に関わる貴族たちが集っていた。華やかな誕生日会に普段礼儀正しい使用人たちでさえ、今日だけはどこか表情を緩めていた。
——ただ、一人の男を除いては。
「ロイお嬢様。この後はリアージュ様へのご挨拶のあと、ロタシア様の元へご同行いただく予定です」
胸元から取り出した懐中時計を見ながらロイに告げる。
モノクルを光らせるのはアリシエル財閥に仕える執事長クラウス。
彼はロイが物心つく前から仕えている冷静沈着で優秀な執事である。
「あまり乗り気ではなさそうですね」
顔色を伺うようにクラウスは声をかける。
「つまんない」
「挨拶回りが終わりましたら自由にお過ごしいただいて結構ですから」
流石に機嫌を損なわれたままだといけないので、会場での自由行動を許可すれば。
「……頑張る」
「お願いします」
渋々了承するロイにクラウスはにっこりと微笑み、共に侯爵夫人であるリアージュの元へ行き挨拶を済ませる。
途中、会場の端で気だるそうにスーツを着崩すノアの姿が見えた。ロイはクラウスを置いて彼の元へと駆け寄る。
「ノアったらネクタイくらいちゃんと締めなよ」
「はいはい。俺に構ってないで祝われて来いよ」
しっしっと返すノアに、ロイは屈託なく笑い返す。
「だって、まだノアにおめでとうって言われてないもん」
そんな彼女に対してノアは感情の篭っていない声で拍手をする。
「へーへー。おめでとうございますお嬢様」
「もう!ちゃんと目を見て話しなさい!」
素っ気ない態度にロイはノアの頬を両手で挟み強引に視線を向けさせる。
「⁉」
面食らったように目を見開くノア。
至近距離にあるロイの瞳にはハッキリと自分が映っていた。
「……ったく」
笑う彼女の姿にお返しのデコピンをお見舞いする。
「いたーい!」
額を押さえる彼女にノアは耐え切れず吹き出した。
そんな和気藹々とした空気に歪んだ感情が向けられていた。
視線の主であるロイの学友アンリは唇を震わせる。
「執事のくせに。あんなに親しげに話して……許せない。
行儀の悪い執事なんて彼女に悪影響よ。大体アリシエル財閥は……」
ブツブツ小声で呟くアンリだったが、「アンリさん!」と笑顔のロイが被せるように割って入って来た。
「ロイさん…!」
急に現れた彼女。咄嗟に身なりを整え向き合う。
「アンリさんも来てくれたの?嬉しい!」
微笑む彼女にアンリは頬を赤らめ、自身の毛先を指に絡め弄ぶ。
「えぇ。大切な方のお誕生日ですもの。本当におめでとうございます。
実はロイさんにプレゼントをお持ちしましたの」
アンリはピンクのリボンが首に巻かれたテディベアをロイに渡した。
「わぁ!とってもかわいい!流石アンリさんよくわかってる!」
(……私がロイさんを一番よくわかっている)
腹の奥底でアンリは静かに笑う。
「またぬいぐるみコレクションが増えちゃった」
貰ったぬいぐるみを抱えて嬉しそうにすると。
「この子、ロイさんみたいに可愛くって……ついお迎えしてしまったの」
アンリはチラリとロイを見て言った。
「ありがとう、アンリさん大好き!」
そう言ってロイはアンリを抱きしめる。
その柔らかな香りと照明に照らされ輝く白金の髪がより一層アンリの視界に入った。
(大好き……♡)
「名残惜しいけどそろそろ行かなきゃ。クラウスに怒られちゃう」
放心状態のアンリなど露知らず、次の人へ挨拶すべく一度クラウスの元へ戻るのであった。
✧✦✧
「──お嬢様。あまり勝手な行動はお控えください」
「私のお誕生日なのに?」
「お誕生日だからです」
クラウスの言葉にロイが少々不貞腐れていると。
「おや?これはこれは。本日の主役がそんな暗い顔をして如何なさいましたか?」
軽やかな、それでいて底の見えない声色。
その飄々とした態度の男にクラウスは顔をしかめる。
「……何が言いたいんです?」
感情の無い笑みを貼りつけるクラウスに、教育係のセリルは爽やかな笑みで返す。
「私はロイお嬢さまに言ったつもりですが……何か心当たりがおありで?」
これでもかと薄ら笑みを浮かべてはロイの方へ視線を移す。
「ロイお嬢様、リボンが曲がっていますよ」
「んぇ…。ありがとう。でもまた崩れちゃうし」
「その度に私が直して差し上げますから」
チラリ、とクラウスを挑発するように横目で笑みを浮かべながらロイのリボンを直す。
「セリル、お嬢様は忙しいんだ。服装なら私が直す」
「随分過保護な執事長だこと」
セリルはそう言ってくすくすと笑って去って行った。
✧✦✧
そんな執事達の光景を余所にざわめく会場から離れ、ツキハはバルコニーにて夜風に当たっていた。
華やかでよく知らない顔ばかりの場所。慣れないスーツのネクタイを僅かに緩め大きく息を吐く。
「こんな所にいたんだ」
半端に入ったグラスを手に茫然と景色を眺めていると、バルコニーの扉を開け聞きなれた声が自分に声をかけてきた。
「ちょっと休憩」
「ずっとじゃない?でもここは静かでいいね。風も気持ちがいいし」
そう言って微笑むロイに、「そうだな」と返した。
夜風が彼女の髪を撫で、照明に反射してキラキラしていた。
「私が来たら静かじゃ無くなっちゃったね」
「……今更だろ」
お互いクスリと笑い合いながら暫くの間夜空を見つめていた。
「そろそろ行くね」
「あぁ」
(綺麗だって言うの、忘れたな)
一人夜空を見上げながらグラスの中身を飲み干した。
✧✦✧
もう一度ホールへと足を運ぶと何処からか言い争う声が聞こえる。
「レイってほんとセンス無いよな!」
「そんなことないよ!兄さんこそソレは無いんじゃないの?
実用的じゃないし、そんなの貰ってどうしろって言うのさ」
「はぁ⁉お前言いすぎだろ!」
プレゼントを抱えるリオとレイ。
そんな彼等の元へ近づきロイは声をかける。
「二人ともほんとに仲がいいね」
「「良くない!/です!……って、お嬢さま⁉」」
双子たちの声が揃うとロイは思わず吹いてしまった。
理由を聞けば、どちらのプレゼントがロイお嬢さまに相応しいかどうか口論していたという。
「私のこと考えて選んでくれたんだよね?とっても嬉しい!」
彼女の言葉にリオは鼻を擦って誇らしげに笑い、レイは「有難う御座います」と一礼し嬉しさを隠せずにいた。
「二人とも本当にありがとう。ほんとに最高のお誕生日!」
「——それならば我が君!そこに、さらなる祝福を!」
バンッ
ホールの扉を勢いよく開けたのは、煌びやかな刺繍を纏った貴族然たる青年。
後ろには荷台を押す執事の姿があった。
あまりの光景にホールにいた参加者たちは皆静かに彼等に道を譲った。
「……ナニコレ」
モーセの如く開かれた道を歩くヴィクター・グランフォードはロイの前へとやって来ると。
「君の為に用意させた。今日という日に相応しいだろう!」
「ロイ様の生誕を祝いまして、純度99.9%の愛で御座います」
「それ、愛じゃなくて資産では?」
「こんなのお屋敷の倉庫でも見たことないぞ…?」
荷台にあったのは大量の金塊。レイとリオはコソコソと言い合う。
双子のことなど気にすることなく元凶のヴィクターは続ける。
「どうだ!気に入ったか!」
「あぁ……うん、ありがとう」
「そうかそうか!まだ3台分あるからな!持ってこさせよう!」
「いい、いらない!」
「⁉」
ロイの拒絶にヴィクターは酷くショックを受けその場で灰となった。
荷台を引いていた執事が主人に駆け寄り「ヴィクターさまぁぁ⁉」と焦燥の声を上げたのを余所にロイはその場を後にしたのであった。
✧✦✧
ロイが会場を歩いていると、父の取引先の男性が彼女を見るなり駆け寄って来た。
「お久しぶりですロイお嬢さま。このような素敵な場で直接お話が出来るなんて光栄です。本日はおめでとうございます」
「ありがとうございます。ロタシア様ですよね?ご挨拶が遅れてしまいごめんなさい」
「私の名前……憶えていてくださったのですね。嬉しいです。ふふっ」
そのまま少し話をしていると相手は微笑みを浮かべ。
「話せば話すほど素敵な方だ。今から二人きりで話しませんか?」
うっとりとした瞳はそのままでロイの腰に手を回そうとしたが、ロタシアの指先はすぐに引くこととなる。
「……え?」
不思議そうに見つめる彼女に向かってぎこちない笑みを浮かべながら、用事を思い出したと言って去って行ってしまう。
(どうしたのかな?)
逃げるように去って行った彼に疑念を抱くも。
「彼は体調が優れないらしい」
真後ろから声が聞こえ振り返る。そこにはロイの兄であるルークがいた。
「お兄様!」
「改めてお誕生日おめでとうロイ。楽しんでいるかい?」
「うん!とっても楽しい!……でもロタシア様ったら大丈夫かしら」
「大丈夫。ロイが気にすることはないさ。それよりお前にコレを」
渡されたのはひと目でも分かる高級なプレゼント箱。喜ぶロイは「開けていい?」と聞くと彼は穏やかな笑みを浮かべながら「いいよ」と口にした。
「わぁ…!綺麗なネックレス!」
「ロイの為に特注で作ったんだ。喜んでもらえたかな?」
「ありがとうお兄様!とっても嬉しい!」
ホールの照明に照らされ爛々と輝くダイヤのネックレス。
ルークが慣れた手つきでロイにネックレスを付けると、前から見慣れた顔が呆れた顔をして歩いて来た。
「わー……ネックレスなんて激重じゃん」
「ティナ。邪魔しないでもらえるかな?」
ロイの妹ティナ・アリシエルはお構いなしにロイに言う。
「メンドクサイお兄様のことより、挨拶周りはもういいの?」
「もういいの!」
「そっか。お誕生日おめでと」
「ありがとうティナ。こんな楽しい日々がずっと続けばいいのにね」
✧✦✧
——これは一人のお嬢さまを巡る恋の物語。
彼等の【 溺愛 】に気づく時はやって来るのだろうか。
その答えはまだ誰も知らない。
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