ヘッドロック・ベイビー

リュウ

第1話 ヘッドロック・ベイビー

 午前七時。


 同じコース、同じ速さで歩く。

 ここを歩く人は、同じ目標に向かって歩く。


 地下鉄を目指して。


 スーツ姿のサラリーマン。

 鞄のぬいぐるみがブラブラ揺れる女学生。

 化粧しているOL。

 ブツブツ呟いている人。


 まあ、千差万別だ。


 07:21


 電車の発車時間の電光板に目を移す。



「いつもどおり」心の中で呟く。


 前方のベンチに高校生のカップルが座っている。


 場所をわきまえないヤツら。


 抱き合ってる?


 目を細めて、カップルを見つめた。


 ヘッドロックだ。


 今、この言葉を理解できる人はどのくらい居るのだろう。


 ヘッドロック。


 プロレスの技だ。


 流石にプロレスは知っているだろう。


 ヘッドロックをかけられているのは、彼女の方。


 抵抗していない。


 新しい抱擁の仕方なのか?


 死んでいないよね。


 確か十分くらいのヘッドロックで亡くなった事件も記憶している。


 なぜ、ヘッドロックなのか?


 逃げられないようにしている?


 それはないかな。


 気持ちいいのか?


 高校生カップルは、動かない。


 電車に乗り、つり革に捕まり、眺めた。


 電車が動き出しても、ヘッドロックはとかれることはなかった。




 大学に着いた。


「マジか……」


 なんと、休講。

 掲示板の休講の文字を見つめていた。


「おはよ」


 肩を叩いたのは、先週から付き合っている沙知絵だ。

 明るい笑顔が、眩しい。


 ふと、今朝のカップルを思い出した。



「なに、なに」慌てる沙知絵。

 僕は、沙知絵にヘッドロックをしていた。

「最近、流行ってるらしい」

「やめてよ、やめて!」

 沙知絵は、離れようとしたが、僕は離さなかった。


 沙知絵は、動かなくなった。

 その時だった。

 沙知絵は、僕の腰に手をまわして、腰を落とした。

 ふわっと僕の体が浮いた。

 そこからは、沙知絵の動きが速かった。

 僕は、後ろへと投げ出される。

 が、腰をしっかりと掴まれているので、僕の頭は弧を描いて後ろへ投げ出される。

 背面で地面に叩きつけられた。

 沙知絵は、見事なブリッジで僕を押さえつけた。


 傍にいた学生が、這いつくばり、僕の肩と床に手を入れるとすかさず右手で床を叩く。


 パン、パン、パン。


 沙知絵が僕の腰から手を放すと僕は横に崩れ落ちる。


 沙知絵が起き上がり僕を見下ろす。


 カウントを取っていた学生が、沙知絵の右手を掴み高々と持ち上げた。


 周りの学生が、完成を上げた。

 勝者にマイクが向けられた。


「いやー、見事のバックドロップいや

 ジャーマン・ツープレックス・フォールドでしたね」


「狙ってました」沙知絵が笑顔で答えた。


 沙知絵のTシャツに目をやる。


”プロレス研究会”


 そうだった、沙知絵はプロレスにハマっていたんだった。


 沙知絵は、床に倒れている僕を見下ろす。


「オレに勝とうなんて、十年早いんだよ!」


 沙知絵の言葉に歓声が僕の耳に鳴り響いた。



 新しい抱擁の仕方じゃなかったね。

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ヘッドロック・ベイビー リュウ @ryu_labo

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