紡いで、結んで、一本線。

花月 零

第1話

 シロツメグサにルリハコベ、アサガオ、オミナエシ、梅にエンドウ、スズラン。

季節も、香りも、色も違う。ちぐはぐのお花が咲き乱れるこの場所で、またいつか。


「玲~!そろそろ起きないと遅刻するよ~!」

「もう起きてるし着替えてる!今行くから待ってて!」


 高校最後の夏休み。休みだからってずっとだらけるられる訳じゃない。大学のオープンキャンパスだの大学入試の学校説明会だの、嫌でも受験生だってことを突き付けられる。

 家の玄関前から叫んでるのは幼馴染の香奈。小学校どころか保育園からずっと同じところに通ってて、何をするにもどこに行くにもずっと一緒だった。クラス自体は同じになることは少なかったけど。今日も同じ大学のオープンキャンパスに行くし、もはや幼馴染というよりも姉妹って言った方がしっくりくるかもしれない。


「もー、遅いよ玲!」

「ごめんごめん、虫よけスプレーだけするからもうちょい待って」

「メイクは全くしないのに虫よけだけはがっつりするんだね……」

「だって小さい頃に蜂に刺されて病院に救急搬送されてからトラウマなんだもん。蚊に刺されたらありえんぐらい腫れるし、そのあとのこと考えたらめんどくさくても虫よけだけはちゃんとしとこってなるじゃん。」

「蜂対策するなら夏場に上下黒やめなよ……」


 二人でそんなに変わり映えしない、いつもみたいに学校の愚痴とか年相応の恋バナとかをしながら私の家から徒歩約二十五分の距離にある目当ての大学まで進んでいく。誰が気になる、とか。学校のあの校則が意味わからない、だとか。つい最近話した内容を繰り返すように話して。


 そんなこんなしているとあっという間に目当ての大学に到着した。私の希望学部は教育学部で香奈のお目当ては……


「あれ、そういえば香奈ってどこの学部目的で来たの?」

「言ってなかったっけ?」

「うん。」

「私は理学部希望だよ。この大学の理学部、植物学科があるんだって。だからそこに進もうかなって。」


 同じ学校に通うことになっても授業はまた離れることになる。それを自覚したとたんほんの少しだけ寂しい気持ちになったけれど、これはお互いの将来のためだからこればっかりは仕方ない。


 受付を済ませて一旦香奈と解散する。さくっと教育学部を見学して夏休みの課題にもなってる見学レポート書いて。ただ人が多い所はちょっと苦手だから早い所見学しよう。




 思ってたんと違う。本当に思ってたんと違った。教育学部って学校の先生になるために上手な人への伝え方的な勉強するところだと思ってたけどめちゃくちゃ論理的な話してたし授業見学でやってた内容二割も理解できてない。学校の先生ってなりたい職業ランキングに結構な確率で入ってるけど実はとんでもなく難しい職業なんじゃないかと今更思い始めた。


 若干後悔しつつ、理学部に見学に行った香奈と合流することを今の優先事項にして、見学レポートに関しては一度頭の片隅に追いやることにする。


 理学部がある棟に着くと教育学部ほどではないけれどそれなりの人数で活気づいていた。遠目で観察しつつ、無謀だと思いながら目視で香奈を探していく。

 うん、無謀。やめよう。


 理学部の植物学科って言ってた気がするから温室かどっかにでもいると目星をつけてビニールハウスの方に歩いた、その時だった。急にクラっとして貧血かな、って思った瞬間知らない場所に立ってた。


 本当に、何が起きたのか理解できない。温室の近くにいたし、蜂に刺されてアナフィラキシーショックを起こして、今度こそ救急搬送でも間に合わなかった。筋書きとして辻褄が合うのはそれくらい。周りに沢山花も咲いてるから本当に三途の川を渡ったか渡る手前かの二択。

 短い人生だったな、と余韻に浸っていると不意に風が頬を撫でた。驚いて風が吹いてきた方向を見ると見慣れた少女、幼馴染の香奈が真っ白でゆったりとしたワンピースに身を包んでいた。


「香奈……?」

「ああ、やっと来てくれたね。玲。」

「いや、ここ死後の世界でしょ?花咲いてるし、川流れてるし。」

「……覚えて、ないの?」


 香奈が心底悲しそうな目で私を見つめる。こんなところ、知らない。というかこんなファンタジー感満載の場所を忘れるわけがない。そんな風に狼狽している私を見かねたのかゆっくりと香奈が口を開いた。


「ここにまた来ようねって約束したじゃん。何にもない場所だったのに、お花が沢山咲いたら、また来ようねって。玲が言ったんだよ?だから、私頑張ったの。いっぱいいっぱいお花を植えて、いつ来てくれるのかなって。ずぅっと待ってたのに、玲は来てくれないから会いに行ったの。」


 香奈は何を言っているんだろう。私は本当に


 知ら、ない


 知ら、ない。はず


 どうしてこんなに心臓の音がはっきり聞こえるんだろう。

 どうしてこんなに呼吸が浅くなっているんだろう。

 どうしてこんなに覚えがあるんだろう。


「……花、植えたらいいのに。」

「……うん。玲がそう言った。だから、待ってた。もうあのなんにもないつまらない場所じゃない。シロツメグサにルリハコベ、アサガオ、オミナエシ、梅にエンドウ、スズラン。現実世界では咲く季節も、香りも、色も違う。そんなちぐはぐのお花達が咲き乱れるこの場所で、またいつか……玲がまた来てくれる前に約束、守らなきゃって。」


 なんにもない、芝生のようにぴっちり緑で覆いつくされた地面。

 そこに佇む私とそう大差なく見える年齢の小さな女の子。

 その子が着ていたのは、目の前にいる香奈と同じワンピース。


 小さい頃、蜂に刺されて意識が戻る前に見た夢。


「本当に来てくれてよかった。あんなこと言ったけど、また来てくれて。」

「あんなこと……?」

「上下黒、やめなよって。でももう関係ないよね、ずぅっと一緒だもんね。もう離さない。この世界で二人で暮らすの。ずぅっと、ずぅっと!」


 狂喜、そう表すのがふさわしいように香奈は笑い続けた。

 ずっと、友達だと思っていた香奈は人間じゃなかった。

 でももう、元の世界には帰れない。香奈と、約束したから。

 香奈はシロツメクサを摘んで手際よく花冠を作って私にかぶせてきた。

 そして、アサガオの蔓を小指にお互いの指に絡めて


「約束、守ってくれてありがとう」


 とだけ言って、私の腕を引いて花が咲き乱れるこの場所を一緒に駆け抜ける

 パッと散る花弁に構うことなく。







―――――次のニュースです。先月末、△×大学のオープンキャンパスに行った後、行方不明となっている○○市の高校三年生の女子生徒の捜索が続けられています。

女子生徒の保護者は、一人でいる時も誰かと話しているようなそぶりを見せていたと証言しており――――――――

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紡いで、結んで、一本線。 花月 零 @Rei_Kaduki

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