アイから始めるラブコメディ〜全肯定ヤンデレな君の、依存と幸せの境界線

空依明希

第1話 美少女に変質者って存在するの?

 高校入学式の朝。 俺、直枝なおえ明兎あきとは桜の妖精みたいな美少女変質者と出会った。


 ひとり暮らしを始めたばかりのマンションから一歩出ると、春の風が頬を撫でた。


 新生活の香りが、心に秘めた願いを再確認させてくれる。


 俺の願いは、空気ではなく「人」になること。 自分の意思を、はっきりと伝えられるようになりたい。


 周りに合わせてばかりだった中学時代。毎日言われる『あれ、直枝くんいたんだ?』に愛想笑いしながらも、俺の心は削れていった。


 だから高校ではもう、空気なんか読まない。


 嫌われても、正直に生きたい。それが許される居場所が――欲しかった。


 マンションから道路を渡ってすぐの桜並木の公園。


 そこで、俺は少女と出会う。


 一番大きな木の下で、まるで物語のヒロインのように彼女は微笑んだ。


「ここ、素敵な場所ですよね。新しい出会いを祝福するみたいに――桜も私達を見守ってくれているのかもしれません」


 柔らかく優しい、でもどこか棒読みな声。


 ハーフアップにされた長く艶やかな黒髪をすっとかきあげる、あざとい仕草。


 可憐でうさんくさい態度の少女は、俺と同じ学校の制服に身を包んでいた。


 明るいベージュのブレザーに丸首ブラウス。胸元で赤い大きなリボンが揺れる。


 赤チェックのスカートは短く、けれど足をタイツでカバーする鉄壁の清楚さと、猫のような瞳。


 中学時代も可愛い女子は居たが、この子は格が違う。


 立っているだけで全ての桜を引き立て役にしてしまう美少女が、なぜ俺みたいな空気の出来損ないに話しかけてきたのか。 


 春だから変な人が多くなるというけど、それか?


「私は若松わかまつ空良そらら青籠せいろう高校の1年生です」

「あ……、えっと、俺は直枝なおえ明兎あきと。同じ1年です」


 ……しまった。怪しい人相手にうっかり名前を教えてしまった。


「同じ学校ですね、嬉しい! この街に引っ越してきたばかりで、知り合いが居なくて……。……良ければ、一緒に行きませんか?」


 上目遣いに俺を見る。彼女は小柄だから身長差のせいだよな……?


 警戒心は消えない。けれど、可愛すぎる。断れるわけがないのよ。


「もちろん。えっと……若松さん、一緒に行こっか」

「はい! お近づきの印に、私のことはそららと呼んでください!」

「それじゃあ、そら――あ、スマホが……親からメッセージだ。確認だけするね」

「え!? あ……まって!」


 なぜか若松――じゃなくて、そららさんが慌てだすが、既にアプリは開かれ、メッセージの中身が飛び込んできた。


『入学おめでとう。空良ちゃんにはもう会えたかな? 母さんと空良ちゃんは3年以上メッセージを交換し合った友達です! 明兎はいつもギリギリ登校だって伝えたのに、1時間以上前から待っているみたいだから……会えてないならすぐ探しに行くこと!』


「……」

「あの……、あきと……じゃなくて、直枝くん……? どうかされましたか……?」


 恐る恐る俺の顔を覗き込むそらら――若松さんに、黙ってスマホの画面を見せた。


 途端に、若松さんの完璧に作られた表情が崩れる。青くなったり赤くなったり、まるで顔面信号機。


 一発芸のセンスが凄い。


「……えぁっ!? ……これはなんでしょう? 良く分からないなぁ、あははっ!」

「それ、俺の台詞」

「……以心伝心ですね。えへへ!」


 あざと可愛く笑う彼女の目は、あちこちを遊泳している。


 さっきまでの花も恥じらう美少女像は既に霧散し、そこには古来より春の名物と言われた、不審者が1名。


「1時間以上も前から、『桜も私達を見守ってくれてるのかもしれません』なんて言うために待ってたんだ?」

「うぅ……。せっかくロマンティックに決めたのに……恥ずかしくなってきたぁ……」


 ロマンティックと言うにはわざとらし過ぎる。顔が良いから許せたけど、俺なんかがやったら通報案件だ。


「……女優は無理だな。アイドルならいけるか」


 顔面信号機の美少女アイドル。逸材だ。ストーカーなのは……悔い改めて欲しい。


「私の将来を勝手に決めないでください。空良の夢はお嫁さんだってお義母様――じゃなくて、直枝くんのお母様に伝えてますから」

「お義母様と呼ばれる筋合いはないんだけど」


 その言葉を聞き流すように、彼女は景色を眺めながら「あ、かわいいねこちゃんが居る〜」とか呟いている。


 やっぱりわざとらしい。


「それで、どういうこと? 歩きながらでいいから、説明して」


 学校に向けて歩き出すと、彼女は手が触れそうな距離感で横に並ぶ。


「近くない……?」

「これが私の普通なので、早く慣れてくれると嬉しいです」


 人通りが増えると、視線が集まって落ち着かない。


 文化祭で木の役をやった時より目立っている。さすがはアイドル芸人だ。隣に居る人間の存在感まで上げるらしい。


「まず……私たちは初対面じゃないです。これを見てください」


 若松さんがバッグから取り出したのは、丁寧に畳まれたうさぎ柄の青いハンカチ。端に『なおえ あきと』と書かれている。


「これ、覚えてませんか?」


 俺を見る潤んだ瞳に、過去の面影を見る。それは、忘れ去っていた一目惚れの記憶。


「……もしかして、小6の時に公園のベンチで泣いてた子?」

「そうです! やっと、会えましたね……。あのときは、ありがとうございました!」


 小学校の帰り道でよく見かけた、顔だけ知ってる可愛い子。


 あの日なぜか泣いていたから、勇気を出してハンカチを渡した記憶がある。


 それからすぐに引っ越してしまって、会う機会もなく忘れていた。


「直枝くん制服だったから、小学校まで行ってみたんですけど会えなくて……。色々がんばってやっとみつけたのが、お義母様のSNSアカウントだったんですよ」

「……こっわ。小学生にしてストーカーの素質あるじゃん」

「失礼ですね。お義母様公認の純愛ですよ」

「孤立無援だこれ」


 うちの母は仕事柄か性格か、とにかく面倒見がいい。


 今回もなにか考えが有るとは思うけど……さすがにやり過ぎじゃない?


「というか、なんで俺に連絡してこなかったの? 親に言えばできたでしょ」

「それは……その。なんだか恥ずかしくって……」

「開口一番『出会いを祝福するみたいに~』って言う方が、絶対恥ずかしい」

「またいじる……。意地悪されたって、お義母様に言いつけますよ?」

「四面楚歌すぎる」


 仕送り無しとか普通にありそうだからやめてくれ。まだ今月分振り込まれてないのに。


「それはそれとして、ですね。今日は直枝くんにお願いがあったんです」

「出会って数分の人間にお願いとか、図太過ぎない?」

「出会って3年もの間、恥ずかしくて連絡できなかった繊細な乙女からのお願いです」


 赤信号の待ち時間、若松さんにじっと見つめられて、体温が上がる。


 顔が良すぎるとそれだけで威力がある。きっと俺みたいに『あれ? いたんだ?』とか言われることはないのだろう。


「……なにか変な事を考えてますか?」

外見至上主義ルッキズムの残酷さについて、憂いていただけだよ」

「はぁ。ルッキズムですか。そんなことより、今は私を見てルックね?」


 これが美少女ギャグか……。言われた通りに若松さんの顔を直視したら、眩しくて目が焼けそうだよ。


「それで、お願いってなに? 聞くだけ聞いとくよ」

「そうでした。実はですね……えへへ!」


 あざとく笑いながら、恥じらうように前髪に触れた。


 会ってからずっと頬が赤い気がするのは――彼女も緊張しているのかもしれない。


 テンションの高さも、変な言動もその裏返し。そう思えばちょっと……いや、だいぶ可愛いな。


 子供の頃にハンカチを渡しただけでここまでされる理由はわからないけど、悪い気はしない。


「直枝くんは、急に寂しくなったり、誰かに傍に居て欲しくなったりすることはありませんか?」


 信号は青。彼女は横断歩道を駆け足で渡ると、反対側の歩道で身を翻す。


「私はあります。きっと、私以外にも、たくさん居ると思うんです。だから――」


 にっこり笑うと、俺を求めるように両手を伸ばした。


「部活を一緒にしませんか? 直枝くんが私にしてくれたように――悩んでる人を全肯定していける……人に寄り添うことができる部活を」


 若松さんは、俺に向けていた両手を、大きく広げた。


 まるでこの世の全てを抱きしめようとするように。


「そして――新しい世界を創りましょう!」


 なにを言ってるのか、全然分からない。


 それでも主役のように笑う彼女は、ここが世界の中心だと言わんばかりに笑った。


 周りの視線全てが、スポットライトだと言うかのように。


 つまらない日常が、変わっていく。

 

 そんな予感がした。彼女となら、きっと。

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