第13話 大切

 「くっ、よけられた」


 戦闘中に弱気が出たことで動きに迷いが生じてしまったんだ。

 中途半端な攻撃をさけられた私は毒棘の攻撃を受けてしまった。腹の裏側にある熱湯がかかっていない毒棘でだ。


 「きゃあ」

 

 分かっていても悲鳴が抑えられない痛みが私を襲う。

 〈後9回で見えざる防壁ぼうへき霧散むさんします〉と警告が頭の中で鳴り響いた。 


 へっ、防御力が増えている。

 三回減るのが一回に減っている。

 〈神代さん〉のローブを着ているせいだわ。


 「〈大村さん〉大丈夫か?」


 「平気よ。 まだまだ戦えるわ」


 逆に考えるとローブを着ていない〈神代さん〉の防御力はゼロってことだ。

 パンツ一枚だから見た目どおりではあるけど、そんなの一発でやられてしまうじゃない。


 〈神代さん〉は熱湯魔法を放ちながら、イラ蛾の幼虫から逃げているところだ。

 ただ熱湯魔法がすごくショボい。チョロチョロとわずかな量が杖から出ているだけじゃない。

 魔法の連発は出来ない仕様なんだね。〈一本桜〉の精よ、セコいよ。


 「やらせない」


 私はもう一度自分に気合を入れ直して、化け物の中に飛び込んでいく。

 このままでは〈神代さん〉がやられると思ったからだ。イラ蛾の幼虫はまだ半分も倒せていない。


 私は夢中で剣を振るった。

 もう弱気にはならない。

 自分を信じて決して動きを止めない。


 ふぅ、三分の二は倒せたと思う。必死にやれば出来るじゃん、私。


 〈神代さん〉は必死に木の洞の中を走り回っている。もう熱湯魔法は一滴も出ないのだろう。


 酷使こくした腕がジンジンとしびれてきたが、私は剣を振るうのを止めない。

 後8匹くらいかな。でも油断大敵だ気を引き締めていこう。


 イラ蛾の幼虫は熱湯魔法の効果から回復しつつあるんだ。動きが徐々に早くなり毒棘も固さを取り戻してとても危険な化け物に戻りつつある。


 〈神代さん〉がハァハァと荒い息を吐きなんとか逃げているのが見える。

 裸の体には大量の汗が流れているわ。

 お願いよ、走るのを諦めないで。

 もう少しだけ私を待っててよ。


 重くなった体を引きずるように私は奮闘する。疲れたと弱音を吐いている場合じゃない。

 残り2匹まで数を減らしたのだから、私はすごく頑張ったと思う。


 だけど。

 うっ、吐きそうなほど疲れてしまった。

 バクンバクンと心臓が大きく跳ねるので壊れてしまいそうだ。

 すごく苦しいし怖くもなる。

 腕がもう上がらないし、足は棒のようになり動いてくれそうにない。


 少しだけでも休ませてよ、私は心から願ってしまう。

 あぁ、思うだけじゃなく私は現実に休んでいたんだ。

 膝に手をつき立ち止まっていればそれは休憩と同じだ。


 私の心はこんなにも弱いんだ。


 「ぎゃあー」


 〈神代さん〉の悲鳴が聞こえた。

 くっ、やってしまった。

 私が休憩したせいだ。

 邪魔者なしに〈神代さん〉を襲うすきを私が作ってしまったんだ。


 同時に走る体力がとうとうきたのかも知れない。


 「待ってて、今行くわ」


 私は最後の気力を振り絞り〈神代さん〉の元へ走る。お願いだから、間に合ってよ。


 今にもイラ蛾の幼虫がおおいかぶさるとしているんだ。

 〈神代さん〉に死が迫っているのを嗅ぎとった世界が薄黒くなっているじゃない。 


 ふざけるな!

 〈神代さん〉は大切な人なんだよ。


 怒りのエネルギーを得た私は〈神代さん〉を刺し殺そうとしているイラ蛾の幼虫を真っ二つに叩き切った。ピクピクと断末魔の痙攣をしている。


 ふぅ、間に合って良かった。


 〈神代さん〉はうつ伏せに倒れて動けないようだ。背後からお尻を刺されたらしい。パンツに大きな穴が空いているのでそこを刺されたことが分かる。


 私は〈神代さん〉のパンツをずり下げ毒棘に刺された場所に吸いつこうとした。


 一瞬、男性のお尻を吸うなんてどうなんだと思った。

 したことはもちろん無いし、私もされたことが無いはずだ。そんな記憶は持っていない。


 だけど直ぐにそんな事がどうした。どうでも良いと思い直す。


 私はバカじゃないの。目の前に苦しんでいる人がいるのよ。

 お前も〈神代さん〉に吸ってもらったことがあるじゃないの。


 一瞬だけでもクソな考えをしたことを恥じろ。


 顔が真っ赤になった私は〈神代さん〉のお尻に思い切り吸いついた。

 顔が赤くなったのは恥ずかしいからだ。

 でも〈神代さん〉のお尻を吸うのが恥ずかしいわけじゃない。

 自分の考えが恥だ、と思ったんたんだ。


 大きな音を立てて私は〈神代さん〉のお尻をチューチューと吸った。


 〈神代さん〉のお尻は私の唾液まみれになったけど、そんなことはどうでも良いでしょう。

 〈神代さん〉の腰に強く抱きついて吸っていたから、私の手が〈神代さん〉のデリケートな部分に触っていたかも知れない。

 だってパンツをはいていないんだもん。


 私は必死だったから、そんな事は特に気にしていなかった。手に感じる感触は無視してたんだ。

 だってそんな場合じゃないでしょう。


 七色の花火みたいにイラ蛾の幼虫が霧散して、私は自分のアパートへ戻っていく。

 七色の光の中で〈神代さん〉が「ありがとう」って言ったのが聞こえた。

 小さな声だけど私の耳はそれをしっかりと聞いたんだ。


 どうしてか私の瞳から涙が零れて止まらない。

 あぁ、本当に良かった。

 だけどほんと疲れたな。

 もう動けないや。


 「きゃあ」


 それなのにしっかりと握っていた物を見て私は跳び上がってしまった。

 30cmは確実に跳んだと思う。驚愕の事実が判明したんだ。


 私は〈神代さん〉のパンツを持ってきている。

 ギュッと手に握っているわ。

 

 これ。


 どうしたら良いのよ。

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