境界線上の二律背反~壱~ 三毛猫の謎
結城悠木
第1話 三毛猫はいますか? 1
境界線上の二律背反~壱~ 三毛猫の謎 表紙
https://kakuyomu.jp/users/yukiyuki_/news/16818792438123056402
1―1
「三毛猫はいますか?」
神奈川県南部、三浦半島の付け根に建つ横須賀市立衣笠(きぬがさ)東小学校。校庭から聞こえる喧騒。
悠(ゆう)は用務員室のドアをノックする。
「すみません! 三毛猫…ッ!」
カシャッと鍵の開く硬い金属音、用務員の神田(かんだ)がドアから顔を覗かせる。
「また君か。三毛猫はいないんだよ。」
神田は不愉快そうな表情で、しかしそれでも努めて優しく笑む。
「うーん…おかしいなぁ。わかりました。」
悠はペコッと頭を下げると、ずり落ちた大きめの眼鏡を人差し指で持ち上げる。
教室へ向かい、パタパタと走る悠は小学四年生にしては小さく、運動があまり得意ではなかった。
「おい悠!」
グラウンドから呼ぶ陽介(ようすけ)の声に立ち止まる。
「また用務員室かよお前。」
「うん、二組の平田が三毛猫を見たって。」
「お前ってそんなに猫好きだったっけ?」
色白の悠とは対照的に、真っ黒に日焼けをした陽介は右腕にサッカーボールを抱えている。
「え? ああ、まぁ嫌いじゃないよ。」
「最近ずっと猫探してんじゃん。」
「三毛猫だよ。」
「ふぅん。それで婆ちゃんどうよ?」
悠の両親はすでに他界、彼は衣笠駅近くに住む祖母の家で育てられている。
「うん、治ったみたい。今日は朝からスムージー作ってたよ。」
「スヌーピー? 婆ちゃんは犬が好きなんだっけ?」
「いや…うん。まあいいや、とにかく元気になったよ。おばさんにお礼言いに行かないと。」
「あ? いや、うちのババアはいいんだよ、飯作るの趣味なんだから。」
陽介の父親も他界しており、彼の家庭は母親だけの所謂、片親家庭「シングルマザ―」だった。
「それよりお前、運動会は何に出るか決まったのか? 明後日から合同練習らしいぞ。」
彼らの通う衣笠東小学校では毎年六月の第二土曜日に運動会が行われる。小学四年生にしては体の大きい陽介は、運動が非常に得意で再来週の運動会を心待ちにしていた。
「ああ、汐入(しおいり)中央(ちゅうおう)との合同運動会だね。僕は余興のダンスと騎馬戦だけだよ。陽介は?」
この地域は十年前の隕石落下事故の影響で住民が少なく、その中でも比較的児童数の多いこの衣笠東小学校と、一学年二十人ほどしかいない汐入中央小学校とが、今年から合同運動会を行うことに決まった。
「俺はハードルとリレーと棒倒しと騎馬戦と、あと何だっけな。」
「出過ぎだよ。」
悠はあきれたという表情を陽介に向ける。。
「それよりさ、後半終わったら一緒に帰ろうぜ。」
陽介はそう言うと右腕に抱えているサッカーボールを突き出して見せる。
「うん、じゃあ二組の教室で待ってるよ。」
「おう!」
悠はダッシュでグラウンドへ戻る陽介の背中を見送ると、今度はゆっくりと四年二組のある校舎へと歩いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます