第7-1話 宮川先生は仲良くなりたい。

 宮川先生は私たちのクラスの英語教師だ。


 本名は宮川 智子(みやかわ ともこ)。

 日本人だけど、アメリカ生まれ、アメリカ育ち。

 アメリカンなダイナマイトボディとフレンドリー精神の帰国子女である。


「Oh、友理!Good afternoon、こんにちは」


 英語なまりの独特なイントネーションで挨拶しながら、私に手を振る宮川先生。


「やっぱり、慧のお友達って友理だったんですね?」

「……」


 宮川先生にニヤニヤしながら、天狐さんの顔を覗き込む。

 すると、プイッと顔を逸らす天狐さん。


「……ねえ、天狐さん。宮川先生とはどういう関係?天狐さんと同じ半妖さんなの?」

「慧、ワタシのこと教えてないんですか?」

「……教える必要がないから、教えていないだけよ」

「You're so mean、慧はいじわるです!せっかくワタシたちのこと知ってる秘密のお友達、とても貴重なのに!」


 宮川先生はメガネをクイッと上げて、私にニコリと笑みを作る。


「友理さん、ワタシ実は……Kei's cousin、慧の従姉なんです!改めて、よろしくお願いします!」

「え、ええ!?」


 天狐さんに従姉がいることは知っていたけど、まさかこんなに近くにいたなんて。


「天狐さん、マジで?」

「……ええ、残念ながらね」


 ――あれ?なんか嫌そう……?


 宮川先生が現れてから、終始ムスッとしっぱなしの天狐さん。

 すると、宮川先生はフグみたいに頬を膨らませる。


「もう、慧はどうして嫌がるんですか?ワタシはこんなにも慧を愛してるのに!」


 宮川先生は天狐さんをギュギューッと抱きしめる。

 顔にスイカみたいに大きな胸が押し付けられて、すぐ顔を真っ赤にさせる天狐さん。


「そういうところが嫌なの!もう、早く離れて!」

「I'm sad、悲しいです……ワタシは慧と仲良くしたいだけなのに……」


 天狐さんに逃げられて、宮川先生は肩を落とす。


「……そもそも、仕事はどうしたのよ?サボっていることがバレたらマズいんじゃないの?」


 天狐さんの問いに、これでもかと胸を張ってみせる宮川先生。

 

「Nno problem!問題ありません!ワタシ、分身の術使ってます!なので、今も分身がワタシのお仕事を――」

「うわっ!?宮川先生がおかしくなった!」

「宮川先生が壁に向かって歩き続けてる!しかも、すっごい笑顔!怖いんだけど!?」


 下の階から、奇行に走る宮川先生(分身)を見た生徒たちの阿鼻叫喚の声が響いてくる。

 すると、宮川先生の顔が途端に青ざめていく。


「Oh my god!?ヤバいです!分身がおかしくなっちゃってます!」

「……もしかしたら、寝てる間もずっとおかしなことをたりして?」

「ゾッとすること言わないでください!と、とりあえず今すぐ戻らないとヤバいことになるかもです!」


 そう言って、大慌てで屋上から飛び出していく宮川先生。

 宮川先生の姿がなくなって、しんと静まり返った屋上。

 そこに、天狐さんの重々しい溜息が響き渡る。


「……授業の時から思ってたけど、宮川先生って嵐みたいな人だよね」

「……一緒にいたら、あれが一生続くのよ。正直言って、地獄よ」


 今まで色々と苦労してきたのだろうか。

 天狐さんの言葉にはズッシリとした言葉の重みがあったのだった。


 ***


「……いい加減、帰って!仕事中でしょう?」

「今日のお仕事は分身でもできる簡単なお仕事なので、大丈夫です!前回みたいに壊れないよう分身も頑張って作りました!」

「……そういう問題じゃなくて!」


 数日後、いつものように屋上へ行くと、天狐さんと宮川先生が言い争っていた。


「Good afternoon。こんにちは、友理。さっきの授業ぶりですね!」

「ハ、ハロー……」

「化狩さんっ!」


 私を見るや、急いで駆け寄ってくる天狐さん。

 そして、そのまま私の背後に姿を隠す。


「お願い、あのバカ従姉をここから追い出して!」

「ええ、私が……?」


 私は別に天狐さんみたいに宮川先生が苦手ってわけじゃない。

 でも、宮川先生を説得するのってすごく面倒くさそうで、正直やりたくない。


「あれを追い出してくれたら、いつもより長くモフモフさせてあげるから!」

「オッケイ、任せて!」


 モフモフの時間が長くなるって聞いただけで、やる気は百点パーセント。

 作戦なんてないけど、とりあえず天狐さんにサムズアップを返しておく。


「……What's Mofumofu?モフモフとは何ですか?」


 私たちの会話を聞いていた宮川先生は「モフモフ」という聞き慣れない言葉に首を傾げる。


「……ふん、教えるわけないでしょう」

「じゃあ、交換条件です。教えてくれたら、すぐにここから帰ります」

「……それ、本当でしょうね?」

「Of course!当然です!」

「……」


 天狐さんは宮川先生を睨みつけながら、返答を考える。

 そして数秒後、天狐さんは私にポツリと呟く。


「……化狩さん、あの人に教えてあげて」

「ええ!?また私!?」

「モフモフのことはあなたの方が詳しいでしょう!」


 ――確かにそうだけど……。


 そんなに難しいことでもないんだから、自分で説明すればいいのに。


「仕方ないな。宮川先生、モフモフっていうのはですね……」


 私はモフモフについて説明を始める。


「It's wonderful!モフモフ、素晴らしいですね!ワタシたちしかできないコミュニケーション、最高過ぎます!」


 私の話を聞いて目をキラキラさせる宮川先生。


「友理!ワタシ、モフモフにすっごく興味あります!是非、ワタシにもモフモフしてください!」

「ええ!?いいんですか!?」


 これは願ってもない機会かもしれない。


 天狐さんと宮川先生は同じ化け狐の半妖さん。

 せっかくなら二人のモフモフ度合いの違いを比べてみたい。


「宮川先生、是非モフモフさせてくださ――」

「……」

「ひっ!?」


 突然、私のすぐ後ろから漂ってくる背筋が凍りつくかのような殺気。

 何故かショッピングモールでのことが脳裏に浮かぶ。


 恐る恐る視線を背後に向けると……。


 ――ヤバい!?天狐さんが怒ってるーっ!!


 天狐さんは氷点下の笑みを浮かべていた。

 しかも困ったことに、猫カフェの時より表情と目の温度差が大きくなっている気がする。


『あの人をモフモフしようものなら、自分がどうなるかちゃんと分かってるわよね?』


 と、視線だけで訴えてくる天狐さん。


 ――あはは……これはヤバいやつだ……。


 何が何でも宮川先生はモフモフしちゃいけない。

 モフモフしたら、私は天狐さんに殺される。

 そんな気がする。


「さあさあ、友理!Let's try Mofumofu!モフモフしましょう!」


 もうその気な宮川先生はポフンと狐の姿に。

 金色ふわふわな毛を揺らしながら、こっちに駆け寄ってくる。


 ――あは〜っ♡あのモフモフ〜♡天狐さんの毛に負けず劣らずのモフモフ具合じゃん♡たまらんな〜い♡♡モフモフ、したいな〜〜〜♡♡♡

 

「……ちょっと、約束と違うじゃない!モフモフのことを教えれば、帰るという話でしょう?」

「ええ〜、いいじゃないですか?A little。少しだけ、ね?」

「ダメ」

「……もう、仕方ないですね」


 名残惜しそうに溜息をつきながら、人間の姿に変身する宮川先生。


 ――ああ、宮川先生のモフモフが……。

 

 同時に心の中で崩れ落ちる私。


「確かに約束は大事ですね。ちゃんと守ります」


 宮川先生は私たちの横を通り過ぎて、屋上の出入り口へ。

 と、思った次の瞬間……。


「……捕まえました」


 宮川先生の手は天狐さんの腕を掴んでいた。


「なっ!?ちょっと、ふざけるじゃな――」


 天狐さんの声が不自然に途切れて、天狐さんの気配もふっと消える。

 慌てて振り向いた時には、天狐さんの姿はどこにもなくて、宮川先生だけがいた。


「……天狐さん?宮川先生、天狐さんに何したの?」

「Sorry。友理、ごめんなさい」


 ニコリと笑顔を浮かべながら、手で狐を作ってみせる。

 そして、宮川先生は冗談を言うみたいな調子でこう言った。


「慧はワタシが消しちゃいました」

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