第3話 本好きの仲間


「―――って怒られちゃってね」

「そりゃ怒るでしょ」


 リディアは、友人のキャサリン・スペンサーの家の客間でお茶をご馳走になりながら、婚約破棄騒動に始まる、ここ半月ほどの出来事をキャサリンに話していた。


「でも正直、しばらく社交には出たくないわ」

「注目の的だもんね。こういうときに寄ってくる男は、碌でもないのが多いから気を付けてね」

「嫌なこと言わないでよ」

「紹介できる男性がいれば良いんだけど……みんな婚約済みなのよね」

「だよね……」


 同じ年頃で同じ家格の知り合いの男性は皆、結婚しているか婚約している。リディアは、今から頑張って社交しても良い縁談は見つからないような気がしてきた。

 栗色の髪に緑色の眼のリディアは、なかなかの美人だが、ちょうど釣り合う家格の同年代のフリーの男性が少ないのだ。婚活は諦めて家庭教師の求人を探すべきだろうか……。

 落ち込むリディアに、キャサリンは数冊の本を渡す。


「これでも読んで、元気出して」

 最近、令嬢の間で流行しているロマンス小説である。2人は本好き仲間であり、こうしてお互いの本を貸し借りしているのだ。


「ありがとう。この本の続き気になっていたの。駆け落ちした2人が新大陸行きの船に乗って逃げるところで終わっていたから」

 リディアは、本を1冊取って、『新大陸より愛をこめて(第2巻)』というタイトルを確かめてからそう言い、何かを思いついたのかはっと息を呑んだ。

「新大陸……私、新大陸に行こうかしら」


 友人のトンデモな発言に、キャサリンはお茶を吹き出しそうになった。

「なんて!?」

「だって、新大陸には男性が多くて女性が少ないって聞いたわ。新大陸でなら私も結婚相手を見つけられるんじゃないかしら」


 キャサリンはナプキンで口を拭うと、友人に向かってこう言った。

「新大陸なめんな」


 新大陸が発見されてから数世紀が経つが、開拓は遅々として進まず、王国は生活の苦しい人々を半ば強制的に船に乗せては新大陸に送っていた。確かに男女比は圧倒的に男性が多いが、それは女性には厳しい環境だからである。決して、苦労知らずのご令嬢が婚活のために行って良い場所ではない。


*****


 思いつきで発言して怒られたリディアは、友人とのお茶会を終えると家に帰った。

 彼女は着替えると自室にこもり、借りてきた本を読んだ。


「は~、まさか新大陸に逃げた2人を元婚約者が追ってくるなんて……」


 リディアは栞を挟んでから本を閉じた。

 この物語は、侯爵令息のヒーローと庶民のヒロインとの身分違いの恋物語である。侯爵令息には公爵令嬢の婚約者がいたが、ヒロインと恋に落ちて駆け落ちし、手に手を取って新大陸に逃げるところで第1巻は終了していた。続きを読むと、新大陸で開拓しながら暮らしていた2人の元に元婚約者の公爵令嬢がやってきた。そこまで読んで、リディアは先を読むのが辛くなった。


(だって、公爵令嬢が可哀そうすぎて……)


 公爵令嬢は、2人の仲を引き裂く悪役令嬢として描かれていた。たしかに2人にとっては邪魔者だろうけど、そもそも婚約者がいるのに浮気した侯爵令息が悪いのに……。すっかり公爵令嬢に感情移入したリディアは、これまでのように2人の恋を応援することができなくなっていることに気付いた。


(私も、アーネストとイザベラから見たら悪役令嬢だったのかな……)


 心を落ちつけてから、リディアは本の続きを読んだ。

 ヒーローとヒロインの愛の深さを見せつけられ、自分の入る隙はないことに気付かされた公爵令嬢。彼女はヒーローへの恋心を諦めて帰国する。帰国した公爵令嬢は、外聞を気にした父親によって領地に追いやられる。しかし公爵令嬢は、荒れた領地を見て一念発起。自分のドレスや宝石を売って金を作り、用水路を整備し、輪作を導入し、新しい産業を作って荒れた領地を蘇らせた。


(いつのまにか主人公交代しているし……)

 もはや新大陸の2人の描写はなくなり、公爵令嬢の領地改革内政物語になっていた。リディアは夢中になって本を読み進めた。いつのまにか、タイトルにもある新大陸の要素はどこかに行方不明になっていた。


 この全5巻からなる長編小説を2日間で読破した彼女は、

(公爵令嬢、しゅごい……)

語彙力を失っていた。


 とにかくすごい。行動力がすごい。発想力がすごい。精神力がすごい。


 新大陸まで追いかけた元婚約者に振られた公爵令嬢。彼女は高笑いし、

「私を振るなんて許さない。私があなたを振るのよ。これは婚約破棄の慰謝料よ」

と言って、金貨と宝石類の入った袋を投げつける。最初から彼女は、慣れない環境で困窮する2人を援助するつもりで追いかけてきたのだ。


 新大陸から王国に戻る船で船員たちの反乱が起き、無人島に置き去りにされた公爵令嬢。でも彼女は諦めない。無人島でサバイバルした後、筏を組んで自力で無人島を脱出して帰国する。


 帰国してからも彼女には次々に困難が降りかかる。そのたびに公爵令嬢は高笑いしながら困難を打ち払い、覇道を突き進む。

 お話は、すっかり初期の身分差ロマンス改め『公爵令嬢の大冒険』に変容してしまった。やがて物語終盤に入ると領地が災害に見舞われ、その年の作物の収穫が絶望的になる。そのとき彼女を助けたのは、新大陸で農場主として成功した元婚約者たちだ。かつての恩を返すべく、救援物資として大量のジャガイモが新大陸から送られてくる。


(あ、元婚約者たち、元気でやっていたのね。すっかり忘れていたわ。作者も忘れていたのでは……?)


 ジャガイモには元婚約者たちからの手紙が添えられていた。公爵令嬢の援助金で開拓を進めたこと、まだまだ大変なことも多いが農場経営が軌道に乗ったこと、女の子が産まれたので公爵令嬢の名前を付けたこと。そんなことが綴られた手紙は「新大陸より愛をこめて」の一文で締められており、ここでようやっと行方不明になっていたタイトルが回収された。


 公爵令嬢の手腕は王国中に知れ渡り、やがて国王から求婚され、王妃となって物語は終わる。


(う~ん、面白かったけど、ラストが微妙……王様って父親とほぼ同世代だし、側室や愛妾がいるし……でも王国で最高権力者になったってことで、ハッピーエンドで良いのかしら)


 長編小説を一気読みしたため、眼精疲労を感じたリディアは、目を閉じて目の周りをマッサージした。目と頭は疲れているが、気分は爽快だ。公爵令嬢からパワーを貰った気がする。


 婚約破棄以来、社交界に出ることが怖くなっていたリディアだが、この程度の困難、きっと公爵令嬢なら高笑いしながら陰口も嘲笑も跳ね返してしまうだろう。あんなに傍若無人に振る舞うことは自分には無理だが、彼女を見習ってもう少し頑張ってみようとリディアは思った。


(それに領地改革。公爵令嬢みたいに領地改革ができたら、お父様も家にいて良いと言ってくれるかも……)


 すっかり物語フィクションに影響されたリディア。彼女は、父親の書斎に入って領地関係の資料を読み漁り、領地改革計画書をまとめた。

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