第7話 恩寵

「では、光魔術と時空魔術を確認しようと思います。この音訳は…」

 風魔術の第一段階を確認した後に橘花くんが続けた。ちなみに空気を出す【息吹ハラーテ】と、出した空気を動かす【操風モウェーテ】は微風を感じるだけで、両者の違いも分かり難かった。見えないしね。攻撃魔法としての威力も、四魔術の中では最も弱い。風魔術の本領発揮は、段階が上がってからだ。


「…サンクタルスとスパティアルスか。二つを併せた恩寵魔術はグラティアルス…恩寵のグレースの語源?…アルスはアートの語源で「技」かな。魔術士がアルティスタですしね。すると光はセイントの語源のサンクトゥスで「聖なる技」、時空はスペースのスパティウムで「空間の技」かな?」


 なるほど。英語はラテン語が語源のことも多いから、発音だけからでも、ある程度は意味の想像が付く。【魔法学】の知識で「魔法関連は森人語を使うことが多い」となっているけれど、共通語と森人語の関係も同様なのだろう。


「本当にラテン語だと例えばアルス・サンクトゥスかと思いますので、ラテン語風に聞こえる神様の造語というのが正しいかな。まあ、せっかく漢字に翻訳してくれていますから、そちらを有難く使わせてもらいましょう。ええと、恩寵魔術と呼ばれているだけあって四元素の四魔術とは違いますね。特に時空魔術は…」

 橘花くんが不思議そうな顔をして、わたしに控え目な視線を向けてきた。


「真榊さん、僕の第一段階の【魔法学】だと高度な光魔術や時空魔術の情報は、それこそ魔法名だけなのですが…」

「そう? わたしの【魔法学:第二段階】では…そうね、四魔術と比べるとそもそも情報が少ないけれど、光は第七段階、時空は第五段階までで、それ以上は簡単な紹介だけ、という感じね」


 そう言われて頭の中を探ると、明らかな差があった。【魔法学】をとらなかった百桃は、砂魔術の第四段階の名前すら分からないから無駄ではない。でも20ポイントも消費した割には…という気がする。


「璃花、具体的にはどんな感じなの?」

「光魔術だと、道を究めれば手足を失っても再生できる、とか。時空魔術だと、自分が転移したり物を転送できる、とか。本当にその程度しか分からない」

「仮に分かっているのに隠されているとしたら、そのこと自体が重要な情報でしょうが。今、考えることでは無さそうですね。では、光魔術から使ってみます」


「第一段階が【発光ルケーテ】と【表癒クラウデ】、第二段階が【清浄エウェッレ】と【治癒キュラーテ】、第三段階が【解毒セリアカテ】と【深癒サナーテ】ですね。【発光】は簡単にお見せできますが…」


 橘花くんが杖を掲げると、先端の直ぐ先の空間がポウっと白く光った。治癒の系統は実際に傷を治さないといけないから、今日のところはお預けよね…あっ! 止める暇もなく、橘花くんが自分の手の甲を杖の持ち手側の角で切ってしまった。意外と深く切れたのか、たちまち血が溢れてきた。


「いやッ!」「「!!」」

 百桃が手を口に当てながら声を挙げる。橘花くんは出血よりも百桃の反応に慌てたけれど、直ぐに気を取り直して杖を傷に当てて「【表癒】」と呟いた。柔らかな白光が現れたと思った次の瞬間には、傷が跡形も無く消え失せていた。


「橘花くん! びっくりさせないで!」

 百桃が体を震わせて抗議する。彼女は大切に育てられたお嬢様だから。

「す、すみません、驚かせて…出た血は消えないですね。第二段階の【清浄】か」

 今度は薄青い光が杖から出て、忽ち血が消えた。


「これ以上はやめて? お願いだから…」

 わたしは釘を刺す。わたしだって、心臓が跳ねたのよ?

「…申し訳ない。ええと、光魔術は白光と青光の二系統がありますが…光の範囲が明瞭ですよね。純粋な光というよりも、質量のある粒子のような挙動をしていると感じます…真榊さん、魔具の治療道具もありますよね?」


「わたしの【魔具術】に拠ると、光魔法を定着させる「癒光」という魔具があって、傷に光を照らすことで治療できるみたいね。「癒光」は点け放しにしないと駄目だから、贅沢品らしいけれど」

「ああ、【医学】によると、「癒光」を当てながら傷を閉じるようですが、魔具では光が当たる表面しか治らないために深い傷では要注意とありますね…「点け放し」というのはどういうことですか?」


「魔具は魔石が付いた魔法陣が基本ね。最初に起動する時に杖使い…魔術士が例えば【治癒】を流すと同時に魔具士が【定着フィギテ】して使えるようになるけれど、原則として魔石の魔力が切れるまで動かし続けるの。一旦切ってしまったり魔石を使い切ったりしたら、魔術士と魔具士が再起動する必要があるから。魔石の魔力が無くなる前に魔術士が魔力を追加するか、魔石を二つ接続して順番に交換するの」


「…この世界の魔具って、ファンタジーの錬金術とは全く違うのね」

「百桃、残念なことに。魔具士は魔術士の下請けという感じなのよね。…話が逸れたね。あの、続けてくれる?」

「…では。時空魔術は、またかなり独特ですね。第一段階が【軽量レワーテ】と【拡張インフラテ】、第二が【加重グラワーテ】と【圧縮コンプリメ】、第三が【遅延タルダーテ】と【加速アクセレラ】。新しく得た知識では、例えば【軽量】は「大地の枷から逃れること適う」ですが、真榊さんの第二段階の【魔法学】の知識でも同じですよね?」


「うん。【拡張】だと「虚空を散じること適う」ね。魔法書の記述がこうなっているということよね?」

「恐らく。重力も空間も時間も弄るなんて、とても信じられませんが…」

「そこは、剣と魔法の世界に転生してきた時点で、今更よね!」

「璃花、それを言ったら、お仕舞いだよ…」

 百桃が溜息と共に呟く。わたしも自分で言っておいて恥ずかしくなった。


 橘花くんは微笑みながら足元に転がっていた拳大の石を拾い、百桃に渡す。

「念のため、両手で持ってください。まず、軽くしますよ…【軽量】」

 杖の先端を石に当てると、ほんの一瞬、石がブレたような気がした。

「あ、確かにすごく軽くなった!」

「次は第二段階魔術で重くします…【加重】」

「重さが元に戻って…今度はうんと重くなった。すごいね!」


「百桃、まさかとは思うけれど、演技じゃないよね」

 わたしは冗談半分で尋ねる。

「勿論よ。今度は璃花が試したら?」

 百桃も冗談と分かっているという笑顔で返してきた。

「では、真榊さん、この枯葉を…片手で一枚ずつ、軸の先を持って立てるように持ってください…そうそう」


 わたしは橘花くんが渡してきた二枚の枯葉を指示通りに持つ。緊張してしまう。

「まず右手から。拡張します…【拡張】」

 一瞬ブレたかと思ったら、茶色い葉が爆発するように四方に飛び散った。

「次に、こちらの葉を圧縮します…【圧縮】」

 今度は中心に吸い込まれるようにグシャっと潰れた。百桃が恐る恐る口を開く。


「橘花くん、これって…生物にも効くのなら、時空魔術は最強よね…」

「低段階では非生物に対してだけのようです。生物の定義が気になりますが。対象が大きくなるほど魔力消費も増えますし、短時間しか使えませんから」

 高段階になると、広範囲になって、生き物にも使えるのよね。これは使い方によっては…魔法書に詳しく書けないのも当然のような…三人とも自然と目顔を交わす。顔に書いてあることが分かるって、このことね。


「そ、それは兎も角、時空魔術と魔具術を合わせると、ファンタジー定番のあの超便利な道具が作れます!」

 わたしは不安を振り払うように宣言した。

「そうですね。いわゆるマジックバッグ…この世界では「魔法袋」か」

「そう言われれば、時空魔術でマジックバッグ、作れそうよね!」

 百桃が嬉しそうに天使の美貌を咲き綻ばす。


 「魔法袋」は動かし続ける道具なのだから、この世界の魔具の性質に沿っている。時空魔術士が【軽量】【拡張】【遅延】を魔法陣に流すのと同時に魔具士が【定着】すれば起動する。魔石の魔力が切れる前に交換する必要があるため、本体価格だけでなくランニングコストも高い…でも、幸い三人とも魔法を使える。


 「魔法袋」の魔石が切れる前に、魔力を魔石に補充すればいい。時空魔術士の橘花くんが一番効率良く補充できるけれど、わたしや百桃だって可能だ。転生して初めて魔具術の実態が分かったときは正直、ガッカリした。でも「魔法袋」を作れるとしたら…出所は秘匿しないと…選んだ甲斐があったというものよね? 時空魔術士と魔具士が揃ったのは偶然だけれど、わたしは自分を褒めてあげたい!

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