徨(さまよ)う花の物語~現実的な異世界で懸命に生きる

紫瞳鸛

第一部 転生

第1章 ヴェイザ

第1話 薄明の世界

 気が付くと、曖昧な世界にいた。音が全く聞こえてこない。色も無いのに、暗くも明るくもない。果てしなく広がっているようで、狭いようでもある。まるで霧煙る薄明の中を漂っているよう…。ふと、体を動かそうと試みたものの、指ひとつ動かない。そもそも体が無いのね。わたしは、どうなってしまったの?


 わたし? わたしって誰だっけ…なまえ、名前は…そう、真榊璃花まさかきりか。思い出した。高校の修学旅行の帰りに飛行機に乗って…「近頃は公立でも飛行機を使えるのねえ」なんてママが感心していた。フライト中はずっと、のせいもあり意気消沈してしまった大親友の御酒花百桃みきはなももを慰めていた。


 頭の中だけは霧が晴れてきた。ここが何処なのかは分からない。でも不思議とこれだけは間違い無く、些かの疑問の余地なく理解できた。わたしは死んでしまったのだ…飛行機事故なのだろう。その瞬間の記憶は無いけれど。ママ、パパ、ごめんなさい。愛情をいっぱい注いで育ててもらったこと、心から感謝しているの…。


 明暗も濃淡も広狭も無い時空をひとり当所あてどなく漂っていた筈なのに、他にも何かが存在していることに気付いた。掴み処のない空間がそこだけ…濃くも明るくもなっていないのに、それでも時空が偏在して…光の玉のように感じるのだ。これが魂なのね。お互いに話せたりしないのかな…突然、頭の中に「声」が響く。


{そなたらの生は終わりを迎えた。しかし希みとあれば、我が世界で新たなる生を歩むことができる}


 ええ~! まさかの異世界転生? それでは、この「声」は神様?


{神かどうかは定義による。好きに判断すればよい。18公転周期…18歳を超えた者は魂だけが生まれ変わった。18歳に達しない者は記憶を保持したまま転生するか、新しき魂として生まれ変わるかを選べる}


 どうしても聞かずにいられない、不思議な力に満ちた「声」が語り始める。ええと、飛行機は貸し切りチャーター便だった。高二の三学期だから同級生はみんな転生で、先生方や乗務員の皆さんは生まれ変わりね…みんな転生を選ぶよね? あれ? 学年の人数より、かなり少ない気がする…。


{我が世界は、そなたらの世界と非常によく似通っている。移転が可能となった由である。そなたらとほぼ同じ人類種族が生を営んでいる。科学技術はそなたらの世界に劣るが、魔法技術が存在する。生態系はそなたらの世界よりも狂暴で、人類種族を好んで襲う魔物種族が居る}


 いわゆる「剣と魔法の世界」ってことね。あまりにもテンプレで笑ってしまう。あ、笑い声も出せないのだった。あの…神様? まさか、魔王と戦わせるための転生ではないでしょうね?


{魔王のような存在は居らぬ。我が望むのは、そなたらが新たなる世界で自らの才を恃みとして生き、子を生し、生を全うすることのみである}


 …「異世界のんびり」ですか。でも、「のんびり」で終わらないのが定番よね。神様の世界は大丈夫ですか?


{では、これより恩寵を与える}


 返事が無い…大丈夫ということだろうか。それにしても「恩寵」なんて言葉、初めて聞いた気がする。間違いなく神様だと思う。少なくとも、わたしの中では神様で決まり。そうと決まれば「恩寵」の中身よね。やっぱり転生にはチート能力が欠かせないもの。神様、よろしくお願いいたします!


{まず【言語】である。転生場所の言葉を理解できる。次に【構築】である。そなたらの生まれ持った素質に加え、これまでの生の結果を単純化し数値化した。それらを振り分け、新たなる生への備えとするが良い。更に【表示】である。自己の能力を表示できる。最後に【装備】である。衣服一式に多少の金銭を付ける}


 …こ、これで終わり? 厳しすぎない? ざわつく気配が沸き起こるのを感じた。それは言葉が通じるのは有難い。地球での勉強の成果やスポーツ経験は役に立たないだろうから編集できるのは嬉しい。ステータスも表示される方が断然いいし、裸一貫で放り出されたら堪らない。でも神様、もう少し何とかなりませんか?


 無言の抗議も空しく、それ以上は何も追加されずに目の前…頭の中?…にゲームでみるような表示が湧き出た。


【時空を渡る者】マサカキリカ(165)

【種族】普人

【天賦】―

【能力】―


 デフォルメされているのに自分だと分かる、裸の女の子が立っている。165ポイントでキャラメイクすればいいのね。本当にゲームみたい。RPGの経験があって助かった。以前、ほんの少しだけ百桃とプレイしたことがあったのだ。百桃が橘花菖たちばなしょうくんにお熱になったから、すっかりご無沙汰だけれどね。


 165ポイントって多い方なのかな? わたしは運動も苦手ではないし、百桃に付き合って橘花くんと一緒に勉強を…もとい、勉強を教えてもらっているから成績もかなり上位だし…。種族は他にもあったりするのだろうか。【種族】に意識を集中すると、選択肢と説明文が頭に浮かんでくる。


【普人】:【0】人族の約99%を占める。素質のある一部の者が魔法を使える。体力及び天寿は普人を基準とする。

【獣人】:【10】人族の約1%。素質のある極一部の者が魔法をひとつ使える。俊敏性と瞬発力があり、やや短命。

【鉱人】:【15】人族の約0.1%。魔法に耐性があり魔法を使えない。力強さと持続力に優れ、やや短命。

【森人】:【20】人族の約0.1%。魔法に適性があり全員が魔法をひとつ以上使える。体力にやや劣るが、やや長命。


 これはヒトにケモミミにドワーフにエルフね。出来過ぎという気もする。魔法が存在する世界なら【森人】が魅力的だ。でも極少数派という点が心配ね。試しに【森人】を選んでみると20ポイント減って、女の子のフォルムが少し縮んで全体にスリムになった。白肌で…金髪それとも銀髪? それに瞳の色は…紫?


【時空を渡る者】マサカキリカ(145)

【種族】森人

【天賦】【長命】(0)【美形】(0)【―魔法の素質】(0)

【能力】―


 なるほど【長命】で【美形】で【―魔法の素質】がひとつ付いてくるのが森人なのね。まさにエルフ。【天賦】は寿命や外見の他、魔法や戦闘などの、恐らくは生まれつきの素質。【能力】は後天的に得るスキルみたいなものだろう。後者にだけレベルがある。但しレベルは「段階」で表現するらしい。


 そして【美形】【魔法の素質】を普人で選ぶと、それぞれ10ポイント必要だ。【長命】は選べない。これから判断すると森人がお得よね。でも拙速は禁物。魔法の種類は…【火魔法】【水魔法】【風魔法】【砂魔法】の属性魔法に加えて、【光魔法】【時空魔法】が別枠になっている。更に【魔具術】なんていうのもある。


【魔具術の素質】(5)魔法を定着する技を巧みに操る素質


 何やら微妙な表現だけれど、錬金術だと思えばいいのよね? 地球の記憶を持ったままで転生するなら、便利な魔道具とか作れそうよね。これは要検討。でも、魔法が先かな。試しに…


【火魔法の素質】(0)火を操る魔法を使える素質

 を選んでみる。


【時空を渡る者】マサカキリカ(145)

【種族】森人

【天賦】【長命】(0)【美形】(0)【火魔法の素質】(0)

【能力】―


 ポイント消費なしで追加された。次に【火魔法】を意識すると【火魔術】が現れて5ポイント減って赤い段が浮き出た。増やそうと意識すると、更に5ポイント減って赤が二段になる。三段に増やすときには10ポイント減った。レベル1が5ポイント、レベル2も5ポイント、レベル3が10ポイントということね。


 更に赤い段を四段にしようとしたけれど、レベル4にならない。おかしいな。何かが足りない気がする…取り敢えず火魔法はそのままで、別の魔法を選んでみよう。【火魔法の素質】の隣に別の魔法を意識して…


【光魔法の素質】心身を癒す魔法を使える素質


 …これは、選ぼうとしても何故か選べない。【時空魔法の素質】は意識しようとするのも困難だった。


【水魔法の素質】(5)水を操る魔法を使える素質


 光魔法の代わりに【水魔法の素質】を選ぶと5ポイント減った。更に【水魔術】に5ポイントを消費すると青い段が現れた。レベルを上げていくと、やはり上げられるのはレベル3までで、4以上にはできない…と思っていたら、何故か【能力】で【魔法学】をチェックしなければいけないことが分かった。

  

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