【完結】×××しないと必殺技が出せない魔法少女

どってんかい

1. 魔法少女の憂鬱

 私は新人魔法少女【マジカルアゼリア】。魔法少女に憧れていた女の子。ただ願いが叶った今となっては複雑な気持ちがある。



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 魔法少女に好意的なのはただ漠然と小さい時に見ていたアニメの影響なのか、彼女たちが身近な存在だからなのだろうか。この現実世界でも色々な魔法少女が怪物や泥棒などをやっつけるのは日常茶飯事。誰しもがうっすらと彼女たちに憧れを持つのはごく自然なことなのかもしれない。


 しかし、私の憧れがはっきりしたのは思いがけない時だった。塾帰りに横断歩道を渡る時に周りをあんまり見なかったこともあり、迫ってくるトラックに気づかなかった。何か動画を見ていた気がするのでクラクションにも反応できていない。



「危ない!」



 この一言ののち、目の前に黒とピンクの疾風が私を持ち上げた。向かいの歩道に着くと、そっと地面に降ろしてこのように言った。



「渡る時はちゃんと前見ないとね」


「……はい」



 彼女の黒曜石のような瞳に吸い込まれるようだった。この魔法少女は【ミラクルビオラ】。あの件以来、ビオラに夢中になってしまい、一緒に戦うことを妄想していた。


 私が魔法少女になったのは、ある日、ビオラと鹿の怪獣が戦っていた時のこと。いつもなら、負けることはあり得ないのだけれどこの日は『敗北』の2文字がちらついてしまった。

 鹿が手を払うとビオラは道路に打ち付けられて見るに痛々しい状況だった。



「キミ……! ビオラを助けてくれないピカか?」


「私が……?」


「うん! キミには魔法少女としての素質があるピカ。キミなら強い魔法少女になれるピカ!!」


「ええ……」


「うだうだしている暇はないピカ! さあ、変身変身」



 国民的アニメの電気ねずみのような妖精がやってきた。この生物の名前は【ピカチャン】。このような見た目で幼気な少女を騙して戦わせているのだろう。

 どうやら私の選択権を奪われていて、変身用のコンパクトを投げてきた。見た目は玩具っぽい淡いブルーベリー色のハートがあしらわれたクリスタル状のもの。こんなので魔法少女になれると言われても……

 半信半疑でアニメの魔法少女のようにコンパクトを掲げてみると、案の定変身バンク的なものが始まった。あれは、身体が勝手に舞って笑いたい気分でもないのに笑わせられる。

 視聴者なんていないのにわざわざポーズを取ったりするのは理解に苦しむ。


 衣装は腋が出ていて手袋に後ろが長いスカートの中にホットパンツを履いている。色は白っぽいベージュを基調にしている感じでコンパクトの色はアクセントとしてあしらわれている。

 ビオラとは対照的な様子に思わずときめいてしまったが──まさか、魔法少女がこんな戦い方するなんて……



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 魔法少女になってからの私の人生は今日の天気のような曇天。しかも、このような天気の日に限って魔物が現れてビオラと一緒に戦わなければならない。



「はあ……っ」



 学校を出ていつもの家路を行く。

 家が見えると安心感があるが、家の前に魔物が突っ立っていたこともあるので油断はできない。



「遥、魔物が出たピカ! 早くビオラの所に行くピカ!」



 コンパクトが白く点滅しながらあいつの声がする。小さくため息を吐いても仕方がない。



「……うん」



 私がアゼリアであることが知れ渡ってしまうと身の危険があるため、変身する時は人目につかないようにと口酸っぱく言われている。ここは人通りが少ないから変身しても大丈夫なはず。



「よし、現場に急ぐんピカ!」



 空を飛んで数分移動すると、紫色の雲が立ち込めている場所が見えてきた。

 雲の下ではいつもの酷い光景が広がっている。いきなり3つの頭を持つキングギドラが公園に現れたら、誰だって怖いはず。

 敵の咆哮と微かに吐き出される炎が平和な公園を壊していく。嫌でも魔法少女が戦わなければ元に戻らない。



「アゼリア!」


「あれが噂に聞く魔法少女か」


「がんばれ! ビオラとアゼリア!」



 街の人の応援の声はありがたくもあり迷惑でもある。危険なのはもちろん、戦っている様子を見られるのが純粋に嫌だ。



「私は左と真ん中の頭を。アゼリアは右をお願い!」


「はい」



 30mほど飛んだのに敵の頭より低いが、急所の首に届くのはラッキー。



「「はあ──っ!!」」



 喉仏はキングギドラですら急所だったようで、小さな人間のキックに狼狽えている。息ぴったり合った蹴りは私の気持ちを昂らせた。




「もう1回やるよ!」



 小さく頷き、ビオラと動きを合わせて同じところを蹴る。

 敵は無防備なまま攻撃を受け入れて狼狽えてしまった。1つの首がこうなってしまうだけで他の首もへなへなになっており、これから何回か攻撃したら弱って倒れてしまう。



「ここで緩めるわけに行かないわよ!」


「はい!」


「ロゼッタキッス!!」



 ロゼッタキッスはビオラが使う中技。投げキッスをすると青白い閃光のようなものが出てきて、対象にぶつかると電撃のようにビリビリとショックを与える。

 光がなくなるとキングギドラは地面に横たわっていた。大きな身体をもぞもぞと動かしているので止めを刺していない。



「よし! いくよ!!」



 ここで私がロゼッタキッスと同程度の技を使えれば恥ずかしい思いをしなくていいのに……

 ビオラはあんな風にしないと戦えないのは恥ずかしくないのだろうか。少なくとも私は憧れの人と軽率にあんなことはしたくない。



「「シトラスエンゲージメント!! 届け、私たちの思い!!」」



 嫌だ。嫌なのだけれども、彼女と私の身体はぐんぐんと近づいてきている。普段ならうずうずしない場所がこういう時に反応するのは神様のいたずらだろうか。



「ごめんなさい……」



 せめて、ビオラに謝罪をしなければ精神が持たない。これが届いていようが届いていなかろうが罪悪感は薄まる。実は満更でもなかったらと考えたこともあるけど、それは自分の都合が良すぎる。

 目を瞑って少しすると柔らかいところが唇に当たった──キスだ。ただキスをしているだけではなく、私の一部は彼女の中に侵攻している。



「……今度は私の番だね」


「は、はい」



 艶やかなビオラの声に圧倒される。いつものことだけど、全く同じことをすると思うとドキドキしてくる。憧れの魔法少女が私の一部になるのに、どうやっても普通でいられない。



「行くよ」



 ほんのり温かい手が私の胸部に当たる。ビオラの癖だと言われればそれまでだけど、焦燥感とうずうず感をマシマシにするだけ。

 私の犠牲になった魔法少女の色欲がピークに達するといよいよ必殺技が放出される。



「「神秘の力! 取り戻せ! 光の世界!!」」



 こんなことをさせといて何が光の世界なのか。

 これで灰になってしまう魔物もどうかしている。なんで、白光りしたモンシロチョウのようなものが放出されるのだろうか。

 魔物に攻撃された街は被害者もすっかり魔物が出てくる前の様子になった。



「今日もすごいものを見せて頂きました……!」



 ファンは荒い息遣いをしながら頭を下げてきた。

 私としては同性だとしても気持ちが悪いので適当にあしらいたいところなのだけれど、ピカピカ言う妖精が『違法行為でもしない限りファンは大切にしろ』と言ってくる。

 路上でキスをして必殺技を出すのを黙認して、その上へんてこなファンが付いているのはおかしい。あいつ以外にマネジメント的なことをする人(?)がいるかは分からないけど、こんな不健全な状態を放置しているのは良いことじゃない。



「いつもありがとう。アゼリア。また今度ね」


「はっ、はい! こちらこそ……」



 魔法少女を辞めたい。けれども、戦い終わった後に『ありがとう』と言われることで私が浄化される。お礼を言われるなんて魔法少女としてはまだまだ半人前の証なのかも知れないけれど、憧れの存在にこのようなことを言われるなんてこの上ない。

 今日も魔法少女を辞めたい気持ちと続けたい気持ちの攻防をしながら終わっていく。

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