灼熱の狭路

 出発から半日。車列は灰色の平野を抜け、狭く切り立った峡谷の入口に差しかかっていた。

 ここはかつて地熱発電施設が密集していた地域だ。崩れかけた外壁や高架配管が頭上を横切り、鉄骨は赤錆びて波打っている。足元の地面はところどころ黒く変色し、古い地熱噴出口が口を開けていた。


「センサー、温度急上昇」先頭車両のキアナが短く告げる。

 次いで警告音が車内に満ち、表示パネルの数値が赤く染まった。外気温はすでに四十度を超え、硫黄系ガス濃度も上昇している。車内換気は最小限に切り替えられ、冷却装置が唸りを上げた。


「速度を落とすな。止まれば終わりだ」ローワンの声が低く響く。

 二両目のアリスは窓越しに峡谷の上部を見上げた。崩れかけた配管の一部が、熱気に揺らめいている。金属が膨張し、今にも外れて落ちてきそうだった。


 途中、前方に巨大な鋼材の塊が道を塞いでいるのが見えた。かつての施設の一部だろう。

 ローワンはすぐ通信を飛ばす。「二両目、セリンとラエラ、降りて確認。持ち上げるのは無理でも、押し出せれば通れる」

 外に出た瞬間、熱気が肌を刺す。呼吸器越しでも、硫黄の臭いが喉を焼いた。二人は短い掛け声で呼吸を合わせ、工具と身体で障害物を押し動かしていく。地面は熱で揺らぎ、足裏から伝わる温度が危険域に近づいていた。


「ガス濃度、さらに上昇!」エランの声が無線越しに焦りを帯びる。

 後方からは、崩れかけた配管の接合部がきしむ音が聞こえた。わずかに遅れれば、頭上から数百キロの鉄塊が降ってくる。


「全員乗れ! 今すぐだ!」ローワンの指示に、二人は最後の力で障害物を押し切り、飛び乗った。

 車両は加速し、間一髪で崩れ落ちる鋼材をかわす。落下した配管が地面を叩き、熱せられた蒸気が白く噴き上がった。


 峡谷を抜けた時、アリスは胸の奥の冷たい感覚に気づいた。外界の脅威は生物や武器だけではない。

 インフラの残骸、環境変動、そしてそれらが絡み合った罠のような地形――。これらは輸送路の命綱を容易に断ち切る。


 ローワンは短く息を吐き、後方を一瞥して言った。

「このルートは次は使えない。帰国したら、迂回案と安全施設の設計を急げ」

 アリスは頷きながら、頭の中で帰国後の作業予定を組み立てていた。輸送ルートの再構築は、もはや選択肢ではなく必須だ。


 灼熱の峡路を抜けた先、灰色の地平線の向こうに、まだ長い帰路が待っていた。

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Noctys @LowHolly

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