医療棟
医療棟の扉が静かに開くと、冷ややかな空気が頬を撫でた。
室内は白ではなく、淡い緑と琥珀色の光で満たされている。壁には生きた植物のような模様が流れ、かすかな香気が漂っていた。
中央のベッドにジョリンが横たわっていた。脚は薄い膜に覆われ、その下で淡い光が脈打っている。呼吸は落ち着き、先ほどの苦悶の表情は影を潜めていた。
「循環促進膜です」
傍らの医師が説明する。年配だが背筋が伸び、目は穏やかだった。
「損傷部位に適した温湿度と微弱電流を与え、組織再生を加速します。薬剤は内部の毛細管から直接供給されます」
アリスは思わず眉を上げた。
「……薬を飲ませるわけじゃないんですか」
「経口投与は全身に負荷を与えます。必要なのは局所的な修復ですから」
ノクティスでは、損傷にはまず全身投薬と固定が基本だった。回復は遅く、副作用も避けられない。それが、ここでは傷口に合わせて環境ごと作り替えている――発想そのものが違う。
ジョリンがうっすらと目を開け、かすれた声で言った。
「……痛み、ほとんどない」
脈拍も安定し、顔色に血の気が戻っているのが分かる。数時間前まで命の危機にあった人間とは思えなかった。
「外傷だけでなく、熱と灰による呼吸器の損耗もあります。こちらの装置で肺組織の保護も行っています」
医師が示したのは、ベッド脇の透明な柱。内部を泡のような粒が上下し、その気化した成分が静かに送られている。
アリスは深く息を吸った。肺に冷たい清涼感が広がり、疲労の膜が少し剥がれた気がした。
――こんなやり方があったなんて。
脳裏に、ノクティスの白い医療区画が浮かんだ。均質な光と同じ匂い、同じ処置。効率は高いが、環境を変えるという発想はなかった。
もしこの技術を取り入れられれば――熱傷や灰による損耗は劇的に減る。地下での生活も、外への進出も安全度が上がるはずだ。
アリスは確信した。
この国と繋がれば、単なる資源の交換以上の価値が生まれる。
それは命を守るための確かな道になる。
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