外交局の扉

 白いアーチを抜けると、冷ややかな静謐が広がった。

 室内は淡い青光に満たされ、壁面には幾何学模様が深く刻まれている。奥の円卓に、背筋をまっすぐ伸ばして座る人物がいた。淡い金髪を短く刈り、視線はまっすぐにこちらへ。


「ノクティスの皆さん、ようこそソリヴァールへ」

 声は低く、抑制された響きだった。セリンが一歩前に出て名乗ると、ローワンはわずかに頷く。


 互いの現状を確認した後、セリンは切り出した。

「我々は、地下資源の一部と技術的支援の交換を提案します。外の環境情報を共有し、双方の安全圏を広げることが目的です」


 ローワンは卓上の端末に軽く触れながら、短く問い返す。

「その資源――具体的には?」

「耐熱金属、封鎖区域から回収した機械部品、未処理の燃料鉱」

「どれも入手困難ではありますが……我々は既に代替資源を確保しています」


 セリンは食い下がる。

「ですが、外の環境データは有効なはずです。放射・熱波・胞子の移動……」

「確かに価値はあるでしょう。しかし、その情報を得るために外交経路を開く必要はありません。我々は自前の観測網を持っています」


 アリスはローワンの口調に、わずかな棘を感じた。必要以上に冷ややかではないが、距離を置くための壁が言葉の裏にある。


 沈黙の後、ローワンがはっきりと告げる。

「現時点では、ソリヴァールにとって明確な利益は見えません」

 そして少しだけ声を和らげる。「治療は行います。仲間は医療棟へ搬送済みです。必要な処置が終わり次第、お帰りいただきます」


 セリンは一瞬だけ息を呑み、しかし反論を飲み込む。

 今はジョリンの命を繋ぐことが先決――そう判断したのだろう。


 ローワンは立ち上がり、出口を示す。

「案内をつけます。必要な物資は医療棟で」


 扉が閉まる音が、やけに遠く響いた。

 交渉は終わったわけではないが、この場で勝ち目はなかった。

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