沈んだ廃炉の沼

カーの亡骸は、苔と湿った根が覆い尽くす大木の根元に横たえられた。

 ここなら外気と直射を避けられ、しばらくは動物に荒らされることもないだろう。

 ノクティスの埋葬は火葬が基本だが、燃料を浪費することは許されない。外での任務中ならなおさらだ。

 エランが静かに膝をつき、カーの胸元に折り畳まれた布を置く。それは、出発前に整備班が作った隊章の試作品だった。


 誰も言葉を発しなかった。

 セリンの短い合図で、全員が再び歩き出す。背後で、森の影がゆっくりと彼を呑み込んでいった。


 地図にない迂回路を進むにつれ、木々の密度が変わっていった。

 幹は太く、葉は鈍い光沢を帯び、根が地面の上に隆起して網のように絡み合っている。

 やがて、木々の隙間から湿った光が差し込んだ。目の前に現れたのは、森の中心に広がる沼だった。


 水面は重油のように黒く濁り、わずかに虹色の光沢が漂っている。

 腐敗臭と金属の匂いが混ざり、呼吸器のフィルター越しでも胸がむかつく。

 岸辺には、かつての建造物の残骸らしき鉄骨が突き出ていた。錆び、溶け、歪んだそれは、地上の産業施設の亡霊のようだ。

 エランが低く呟く。「廃炉跡かもしれない……」


 足元の地面は沼の湿気で泥状になっており、一歩ごとに沈む。

 踏み外せば、有害な水面へと滑り落ちるだろう。

 その時だった。


 ジョリンの足首が、泥の下に隠れていた根に絡まった。

 反射的にバランスを崩し、肩の医療パックが沼に近づく。

 マーレンが腕を引き上げた瞬間、根が生き物のようにぎゅっと締まり、ジョリンの悲鳴が森に響いた。


 「切れ!」セリンが叫ぶ。

 アリスは腰の工具で根を断ち切ろうとするが、刃が弾かれる。

 根の表面は異様に硬く、どこか金属質だ。

 エランが懐から化学カッターを取り出し、数秒の火花の後、根は緩んだ。


 ジョリンは泥に片膝をつき、荒い呼吸を繰り返していた。

 「……歩ける」

 そう言ったが、その声はかすれていた。足首には深い痕が残り、すでに赤黒く変色している。


 「急ごう。この森は、長居すべき場所じゃない」セリンの声が低く響く。

 その言葉を裏付けるように、沼の奥から泡が立ち上り、鈍い音が響いた。

 何かが、そこに潜んでいる。


 隊は互いの距離を詰め、細い根の網の上を慎重に渡り始めた。

 背後で再び、あの低い唸り声が木々を揺らす。

 それは警告か、それとも別の意図か――誰にも分からなかった。

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