無言の再会

 訓練区画の扉が開くと、乾いた空気が肌を刺した。

 外交班と技術者班の合同訓練は、任務前に必ず行われるという。目的は、異なる職能同士が実際の環境でどう連携するかを試すこと。


 金属製の床を踏みしめ、装備支給所の列に並ぶ。順番が近づくにつれ、金属片を打つような微かな音が耳に届いた。

 顔を上げた瞬間、視界の先に立つ人物が目に入る。

 無駄のない動きで装備を整え、淡々と次の者へ手渡していく。


 ——エラン。


 前回会ったときの、あの部屋の静けさと緑の苔の色が脳裏に浮かぶ。

 だが、ここは公式の場だ。彼女の表情は他の技術者と同じく抑制されている。ただ、視線が一瞬だけ柔らかくなった気がした。


 訓練はすぐに始まった。

 「外部構造物点検——制限時間十五分」

 教官の短い指示と同時に、外交班と技術者班がペアを組まされる。アリスの隣に立ったのは、やはりエランだった。


 点検用の装置を抱え、狭い通路を進む。天井から降る冷気と人工的な風が体温を奪っていく。

 「左、二十度。そこ、固定が甘い」

 エランの指示は短く、迷いがない。アリスは言われた通りに動き、金具を締め直す。呼吸が荒くなっても、時間は待ってくれない。


 次は閉鎖空間からの迅速な脱出訓練。非常灯だけの暗い区画で、通路の崩落を想定した障害物を突破する。埃が喉に張りつき、汗が視界を滲ませる。

 (これが、本当に外に出たときの一部なのか……)

 息を整えながら、外の世界がただの“危険”では済まないことを、体が理解していく。


 制限時間ぎりぎりで出口を抜けると、冷却用の風が全身を包んだ。息が白く散り、胸の鼓動が耳の奥で響く。


 装備返却の列に並ぶ。アリスの番になったとき、エランは無言で装備を受け取り、ふと小声で言った。

 「……また会ったね」


 返事はしなかった。ほんのわずか、視線を合わせただけ。

 その瞬間、脳裏に再び苔の緑が灯る。


 廊下を離れるとき、遠くでエランの声が聞こえた。言葉はわからない。

 だが、なぜか足を止めてしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る