第10章:反撃のプレリュードと、手作りのスープ

 高橋さん――健人さんの言葉に、私は折れかけていた心をもう一度、立て直すことができた。

「私、続けます。逃げるのは、やめます」

 翌日、彼の部屋でそう宣言すると、彼は心から安心したように、ふわりと微笑んだ。

「……よかった。なら、やり返しましょう。正々堂々と」


 その日から、私たちの関係は、また新しいステージへと進んだ。

 会社では先輩と後輩。家に帰れば、VTuber活動の危機を乗り越えるための「共犯者」。二つの顔を持つ二人の、反撃計画が始まった。


 健人さんの行動は、早かった。

「猫宮ミヤの過去の配信アーカイブを全て確認しました。彼女が他のVTuberに対して、今回と同様の手法でマウントを取ったり、炎上を煽ったりした事例が複数見つかりました」


 彼のノートパソコンには、問題発言の動画クリップや、それを裏付けるネット上の証言などが、時系列順に完璧にファイリングされていた。その手際の良さと分析能力は、まさに仕事のできる男そのもの。氷の貴公子、恐るべし。


「これだけの証拠があれば、彼女が意図的にあなたを貶めようとしたことを、第三者にも客観的に示すことができます」

「すごい……」

「あとは、あなたの言葉で、ファンに真実を伝えるだけです」


 彼は、私に復帰配信をすることを提案した。

「相手を一方的に非難するのではなく、あなたの誠実さを示す場にしましょう。ファンは、あなたの口から直接、あなたの想いが聞きたいはずです」

「私の、想い……」


 私は、復帰配信で何を伝えるべきか、必死で考えた。ファンへの感謝、心配をかけたことへのお詫び、そして、これからも活動を続けていくという決意。

 私が台本を書いていると、健人さんは「あなたの言葉で伝えるのが一番です」と言って、ただ静かに見守ってくれた。彼のその信頼が、私に勇気をくれた。


 会社と自宅を行き来する、不思議な日々。

 日中は、他の社員の目を盗んで、アイコンタクトで進捗を確認しあう。夜は、私の部屋に健人さんがやってきて、二人で夜遅くまで反撃の準備を進める。

 このドキドキする共犯関係が、辛い状況のはずなのに、どこか心地よかった。


 復帰配信の前夜。

 健人さんは、タッパーに入ったスープと、ハーブティーの入った水筒を持って私の部屋を訪れた。

「明日のために。喉に良い、生姜スープです。俺が作りました」

「えっ、手作り!?」


 驚いて受け取ると、まだ温かい。一口飲んでみると、生姜のピリッとした辛さと、野菜の優しい甘みが体に染み渡る、すごく美味しいスープだった。

「健人さんって、料理もできるんですね……」

「まあ、人並みには」


 分析能力はプロ級で、ピンチの時にはナイトみたいに助けてくれて、その上、料理までできるなんて。完璧超人すぎる。

 私は思わず、笑ってしまった。


「健こんとさんって、私といる時、なんだか別人みたいですね。会社では、あんなに怖いくらいクールなのに」

 私の言葉に、健人さんはスープを飲む手を止め、少しだけ寂しそうに目を伏せた。

 そして、顔を上げて、まっすぐ私を見つめて言った。


「……あなたといる時が、本当の俺なんです」


 その真剣な瞳に、心臓が大きく跳ねる。

 顔が熱い。スープのせいだけじゃない。

 反撃のプレリュードは、甘くて、温かい味がした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る