踊れ人狼捜査官-トウキョウ、大走査線、異状アリ。

雪風

第1話 容疑者リスト


電話が鳴る。午前6時。寝ぼけ眼で表示を見れば、もう上司からのメッセージだ。


「本日の容疑者名簿、届いたか?」


ベットから飛び起きた僕は、玄関ポストの中に入れられた白い封筒を掴む。封筒の中には、新たに作られた名簿。「東方共和国」公安省――通称“人狼捜査局”からの毎日の任務だ。そして僕の名は葛城、25歳。人狼審査官歴は3年目に入った。


名簿には顔写真、氏名、出身地、現住所、勤務先、血液型、推定身長、推定体重、直近の行動が細かく書かれている。まるで警察の捜査書類のようだが――しかしこれは、ただ人間の容疑者ではない。相手は“人狼”の疑いを持たれている。


僕がページをめくりながら、上司の簡潔な追記を読む。


「君の鋭察(インサイト)を頼む。人狼なら即座に処理だ。現場行動は自己判断。否、国家判断だ。」


その瞬間、トクン、と脈が跳ねた。いつも通りの朝のようでいて、胸の内には緊張が走る――今日も、どこかで人狼を“処理”しなければならない。


容疑者:辻田 諒(つじた りょう) 30歳

血液型:O型


身長:約180cm、体重80kg推定


出身地:東方共和国・北陸省


現住所:西部港区、海沿いのアパート(3LDK)


勤務先:航空貨物輸送会社・副操縦士担当


直近の行動:午前2時に羽田空港到着。翌日05時に“空き地へ向かう”との連絡あり。


なるほど。彼は空港を経由して“海の向こう”から入国した可能性がある。衛生検査もすり抜けた人狼が貨物船や飛行機で潜伏し、入国するというケースは過去にもある。「水際作戦」は重要なのだ。


僕はすでに出発の準備をしていた。公安式スーツの下に軽装の防護服、そしてハンドガン――だが、人間用ではなく、特殊銀弾仕様だ。火薬の量も少なく銀弾は人間には無害だが、人狼にとっては致命的となる。「処理」が必要であれば、適切な対応を取らねばならない。


空港のロビー。貨物用シャトルから現れたのは、辻田だった。操縦士の帽子と制服姿。無表情。だけど、物音一つ立てず、足取りは獣めいて鋭く、どこか人間離れしている。僕は遠巻きに尾行を開始する。


名簿通り、彼は空港内の係員専用通用口を通り抜け、裏の倉庫へ向かった。僕は侵入はせず、建物の影から観察していた。倉庫の扉が開き、薄暗い光に照らされた彼が中へ入る。物流会社の裏口、荷積み場へ通じているようだった。


そのまま暗がりから見ていると、彼がスマートフォンを取り出し、誰かにメッセージを送信している。内容は確認できないが、短く「完了」とだけ表示された瞬間、彼の瞳が一瞬青く光ったように見えた。


近年スマートフォンの普及が広まるようになったことで、人狼についてある特徴が判明された。それは人狼の瞳はスマートフォンなどから発せられるブルーライトの光を反射するということだ。そのため、暗闇の中でブルーライトの光を人狼の目に当てると、青く光るという特徴があった。


しかし暗闇の中ではスマホの光は若干青みかかっている。意識を相当研ぎ澄ませて見たが、もしかしたら目の錯覚かもしれない。しかし、身体が冷たく引き締まる感覚があった。人狼審査官としての直感が、「おそらく黒、つまり“人狼”の可能性がある」と告げていた。


すぐさま上司へ連絡する。


「辻田。この者、青目反応あり。裏倉庫で不審な動き。処理対象の可能性あり。次の指示を。」


ほどなく返ってきたのは短文だった。


「容疑極めて濃厚。即時現場突入。状況判断してその場で処理指令出す。」


息を飲む。ついに現場の判断権が僕にある。冷静に、しかし鋭く行動せねば。荷積み場の出入り口がわずかに空いたタイミングを狙い、僕は倉庫内へ滑り込む。


次の瞬間、明かりがぼうっと点いた。裏倉庫の床には、輸送用木箱、軽トラックの荷台、そして辻田が立っていた。彼は振り返り、異質な落ち着きで僕の姿を見つめる。


その視線は、人間のものではなかった。


--To be continued--

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