第4話 薄墨色の訪問者
『主よ、深い悲しみの中にある遺族たちの心に、どうか安らぎをお与えください。新たな一歩を踏み出す勇気を与えてください。その道のりに主の導きがありますよう、希望の光が降り注ぎますよう、この祈りを捧げます。クグロフ・ジェノワーズ、シャルロット・ジェノワーズが残した功績はこの街、この国に永遠に引き継がれる事でしょう、彼らの魂に安らぎを』
ドゥルセに一つだけあるブラックサンダー教会の牧師、グーゲルフプフが祈りの言葉を捧げる。
クグロフとシャルロットの葬儀が行われた。
泣きじゃくるクラフティを下唇を噛んで涙をこらえて抱きしめるオランジェット、そしてその二人を抱える様に抱きしめる家政婦のプリン、その顔は涙でメイクが落ちでドロドロになっている。
『はじめまして、ご挨拶させていただいてよろしいでしょうか』
身長185㎝ほどのスラリとした身体つきだが、筋肉が付くべきところについているのがスーツの上から理解できる。壁の様なその男は面長で、眉毛ともみあげが太く、彫りが深いので眼力が強く感じた。
『ジェノワーズさんの子供たちだね』
『あなたは?』プリンが恐る恐る尋ねる。
『私は海上保安官・危機対策チーム隊長のタケウチ・ココアです、君たちのお父さんとお母さんを救えなかったのは私です』
オランジェットとクラフティの前にゆっくり近寄ると、2人の前で土下座をしておでこを地面に押し付け『申し訳ありませんでしたーーーー!』と、周囲が驚くほどの大きな声で謝罪した。
『タケウチさん!立って…ねー、タケウチさん!…立ちなさいっ!!!!!』
『はいっ!』
プリンのとても通る声が、まるで条件反射の様にタケウチを起立させた。
『あなたは職務を全うさせた、仕方のない事だった、なのにこの子たちに謝罪に来た。いい?タケウチさん、助けられなかったと言う気持ちはわかりますけど、仕事上これから先あなたの人生にそう言う事はもっともっとあるでしょう、その度に背負うつもりですか?そんな事やめなさい、この子たちはあなたを恨まない、きっと誰もあなたを恨んでいないし恨まない。』
『そうでしょうか…』
『みんなあなたに感謝してるはずよ、背負った荷物を下ろしなさい』
オランジェットがクラフティを抱きしめたまま、プリンの手を離れてタケウチの前にゆっくりと出た。
『お父さんとお母さんを助けに行ってくれてありがとうございます。』
タケウチの両目からボロボロと涙がこぼれ落ちる。
子供の様に目をゴシゴシして涙を拭うが、その度に大量の涙が溢れ出す。
『2人の為に何かしてあげるのはダメでしょうか』
『それくらいならイイけど、おでこの泥を取ってからね』
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家に帰った3人は、2人が欠けた事実を噛みしめる様に黙り込む。
父と母の事を口に出す事は、決して許されない規則にでもなったように。
『はいどうぞ』
プリンがクラフティにホットミルク、オランジェットにはココア、自分にはエスプレッソを入れて3人で静かに飲んだ。
プリンが口を開く。
『オランジェット様、これから話すことをよく聞いて下さいますか』
『あ、うん』
『この先、あなたはご両親の残したものを引き継ぐことになります、莫大なお金もです。そうなると、あなたの周りに色々な人が現れることになります。紙を持ってきてここにサインをして欲しいと言う人も必ず現れます、でも決してサインをしてはいけません、いいですね?』
『わかった、でもなんで?』
『あなた達の大切なものを奪おうとする人間が必ず現れるからです』
『うん、わかった、絶対サインしない!絶対守る!』
『その気持ちが大事です。そしてもう一つ、契約のお話ですが、引き続きあなた達の家政婦としてこの家にいてもよろしいでしょうか』
『うむ、がんばりなさい』
『まぁオランジェット様ったら!うふふふふ』『あはははははは』
プリンは2人が心配なので住み込みを考えていた、もちろん自分の食事は自分の給料で賄うとして、家賃として少し払おうと考えていた。給料振込はクグロフとシャルロットに信頼してもらっていたので、色々な支払いと同じく、自分で自分の給料振込も今まで同様に、それを継続させてもらう事にした。
『さー!2人とも!お風呂に入りなさい!』
『プリンさんも一緒に入ろう!』
『プリンさん、クラフティと入ってくれない?』
『じゃぁ3人で入るわよっ!』『わーい!』『わーい!』
失意のどん底にいた2人、その心の痛みは計り知れない程だろうと必死に励ますプリンだったが、実際はプリンが励まされていたのかもしれない。
『強い子たちね…』
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翌朝、呼び鈴とノックがけたたましく鳴らされ、パタパタと玄関に向かうプリン。
扉の鍵を開けると同時にズカズカと入り込んできた男。
『さすが兄貴の家、俺の家の50倍はあるなぁ』
この男はビスコッティ・ジェノワーズ 26歳
クグロフの実の弟で、ストラクチャー・カンパニーに登録している職人ではあるが、F級なので全く仕事を貰えない。仕事を受け持つ職人のサポートで基礎工事などを受け持つ事で稼いでいる。ブクブクの身体つきで無精髭、ウェーブのかかった髪の毛は無造作に伸び、頭皮の脂でテカテカしている。見るからに不潔な男だ。
『なんですか?勝手に入らないで下さい、警察呼びますよ』
『兄の家に弟家族が遊びに来ただけで警察なんか来ないわ、馬鹿なの?』
ブロンディ・ジェノワーズ 25歳
ビスコッティの妻、旦那の稼ぎが少ないにも関わらず、自分のオシャレには借金をしてでも金をかけるが、端から見るとそれがオシャレとは程遠いセンス。メイクもド派手なストリップダンサーに見えるが、無職。
ハーシー・ジェノワーズ 8歳
眉毛がうすくて鋭い吊り目、典型的ないじめっ子で、嘘つき。
母親が直ぐに喧嘩相手の家に行くので、今では母親のブロンディを恐れるあまり、ハーシーに手出しする者が居ない無双状態だ。
『ママ、この家に住めるの?ハーシー嬉しい』
『ちょっと!住むってなんですか?お願いします、勝手に入らないで下さい、クグロフ様とシャルロット様の葬儀が先日終わったばかりなのですよ!』
『だから来たんだよ、お前は家政婦だな?今からクビだ、帰っていいぞ』
『そんな勝手な!』
『弟である俺たちがあいつらの面倒見るためにこの家に住むからよ、家の事は俺の嫁がやるから、あんた用なしだ、俺はリンゴの方が好きだけどな』
『私は家事なんかしないわぁ~爪が欠けたら困るもの、あ、それよりお金は?お金はどこにあるの?』
『なぁ家政婦、お金がないと面倒見れないからよ、金はどこだ、金庫とかあるんだろ?ん?どこなんだ?』
『旦那様は家にお金を置かない人です』
『嘘つかないでよおばさん、いいから教えな。あーあとで自分の物にしようとしてるんでしょう?たかが家政婦のクセに』
『ブロンディ、まぁ後からゆっくり探そうや、家政婦!出ていけ、クビだと言っただろう』
『できません!私にはこの子たちを守ります!それにたかがとは何ですか!私はプライド持ってこの仕事をしています!』
『その気持ちは素晴らしいけどな、兄弟が面倒見るって言ってんだ、他人が入る隙間はねぇんだよ、裁判するか?負けると分かってる裁判をよぉ!』
弁護士を目指す者として、裁判で勝ち目がない事はわかっていた、万が一はあるが長引くだろう、長い長い裁判を維持するお金がない。
自分の不甲斐なさ、無力さを感じたプリン。
オランジェットに静かに近づいてしゃがむと『オランジェット様、私が昨日言った事、絶対に忘れないで下さいね』と目をしっかり見て話した。
『プリンさんいなくなっちゃうの?』
『嫌だよプリンさん』
『大丈夫、いつでもそばにいるから、じゃ、また会う日まで、私って孤独恐怖症じゃないですか~ね?』
『うん、きっとだよ』
『きっとだよ』
2人をギュッと抱きしめて、プリンは一言静かに伝えた。
『きっとだよ』
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