第13話:閉ざされた心

家に連れ戻されたさくらは、

乱暴に自室の床へ突き飛ばされた。


ドアが乱暴に閉まり、

さくらは、母親と二人きりの空間に閉じ込められた。


頬に、燃えるような痛みが走った。

お母さんの平手だった。


「一体どういうつもり!

あの先生に何を吹き込まれたのよ!

お母さんに恥をかかせて、満足!?」


母親の甲高い声が、さくらの頭に突き刺さる。


「あなたが変な子だから! 普通じゃないから!

 お母さんがこんな惨めな思いをしなくちゃいけないのよ!」


母親は、手近にあったランドセルを掴むと、

力任せにさくらに投げつけた。


散らばる教科書や文房具さくらは身を固くして、じっと我慢した。


悍ましい声が頭に響く。

《ほら、言わんこっちゃない。結局、お前のせいなんだ》


(…私の、せい…)


さくらの心は、色のない空っぽの箱のようだった。

抵抗も、逃避も、もはや思い浮かばない。


お説教は延々と続いた。

母親はさくらを罵り、自分の不幸を嘆き、時には泣き崩れ、

そしてまた怒鳴り散らす。


感情の嵐を、一人で巻き起こしていた。


どれくらいの時間が経っただろうか。

母親の怒りのエネルギーが尽きたのか、

はあはあと肩で息をしながら、床に座り込むさくらを見下ろした。


すると突然、母親はその場に泣き崩れた。


「お母さんがいないと、さくらはダメでしょ…?」


「お母さんがいないと、さくらには誰もいないじゃない…。

 お母さんを嫌いにならないで…。お願い…」


(あぁ、何か言わないと。また、この人は怒り出す…)


さくらは、か細い声で絞り出した。


「…そんなことないよ、お母さん」


その言葉が引き金だった。


お母さんの表情が、再びみるみるうちに曇っていく。


母親への返答に、正解も不正解もない。


その時の、母親の感情だけが正解を決めるのだ。


「何よ、その言い方!

どうして私の気持ちがわからないの!

あんたのために、私がどれだけ…!」


母親は怒りに顔を歪め、

床に座るさくらの前に仁王立ちになると、その髪を鷲掴みにした。


「いっ…!」


ぐいっと力任せに頭を後ろに引っぱられる。


ベリッ、と頭皮が剥がれるような鈍い音がした。

痛みで目の奥がチカチカする。


乱暴に髪が解放され、さくらの体はぐらりと揺れる。


母親は、吐き捨てるように言った。


「…もういいわ。勝手にしなさい」


その声には、

怒りよりも深い疲労と絶望が滲んでいた。


乱暴にドアを閉めて出ていく。


階下から、

リビングのテレビがつく音が聞こえた。


嵐が何事もなかったかのように過ぎ去った後の、

不気味な静けさだけが残った。


さくらはゆっくりと体を起こし、水槽に目をやった。

ポテトが、心配そうにこちらを見ている。


「さくらちゃん…」


「私…、もう疲れた…」


さくらの声はひどく乾いていて、

何の感情も乗っていなかった。


「元気だして、さくらちゃん!」


ポテトは、必死にヒレを動かす。


「魔法、言えなかった。

 助けてって叫んだけど、ポテトの声は聞こえなかった。

 ふわふわの世界にも行けなかった…」


「ごめんね、さくらちゃん。僕の力が足りなかったんだ…」


ポテトの声は、悲しみに震えていた。


さくらは、ふらふらとベッドに倒れ込むと、

そのまま、ぴくりとも動かなくなった。


ポテトは、疲れ果てて眠るさくらを

水槽の中からじっと見つめていた。


このままでは、さくらちゃんが本当に壊れてしまう。

魔法だけでは、もう守りきれない。


ポテトは決意した。

さくらちゃんは、僕が助けるんだ。

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