第10話:おばあちゃんの温もり

さくらには、もうひとつ、心の安全地帯があった。


それは、受話器の向こうから聞こえる、

おばあちゃんの声。


安心して話せるから、

そのときには変な声も聞こえない。


「でね、おばあちゃん。今日ね、学校でね…」


さくらは夢中で、今日の出来事を話し始める。


おばあちゃんは、いつも優しい声で、最後まで聞いてくれる。


「そうかい。

 さくらちゃんは本当に、頑張り屋さんだね」


その言葉が、耳に心地よく響く。

さくらは、この時間が大好きだった。


「それでね、おばあちゃん、私ね、ポテトっていう友達ができたの!

 とっても可愛いの!お目々がまんまるなんだよ」


「ポテトがね、『さくらちゃんは強いよ』って言ってくれるの!」


嬉しそうに話し続けるさくらに、

おばあちゃんは微笑みを含んだ声で言った。


「そうかい、新しいお友達ができてよかったね。

 ポテトと仲良くするんだよ」


受話器から流れるその声は、

さくらの心を温かく包み込む大切な存在だった。



体育の授業が終わり、教室に戻る。


友達のミオが、自分の机で筆箱の整理をしていた。


キラキラ光るユニコーンのペンが目に入り、

さくらは思わず見とれてしまう。


(かわいい……ほしいな。

 でも、お母さんは、絶対に買ってくれない)


羨望が胸を刺した、その瞬間。

頭の中に黒い霧が立ち込め、あの悍ましい声が響く。


《あれは、お前のものだ。あいつが盗んだに違いない》


声は大きくなり、心臓を鷲掴みにする。


気づけば、ミオのペンに手が伸びかけていた。


(だめだ……!)


脳裏に、小さな友達の姿が浮かぶ。


(そうだ、ポテトの魔法……!)


さくらは固く目を閉じ、

頭の中でまん丸なフグを思い浮かべる。


息を吸い、そのフグをどんどん大きく膨らませる。

悪い声が、膨らんだフグに押し出されていく――。


「ふくらんで、消えちゃえ!」


心の中で力強く唱えると、

フグが黒い霧をすべて巻き込み、ポンッ!と弾けた。


そっと目を開けると、世界は色を取り戻していた。


「あれ……?」


頭の中は静まり返り、

ミオが嬉しそうにペンを眺めている姿がはっきり見えた。


「さくらちゃん、どうしたの?」


不思議そうに首を傾げるミオに、

さくらは慌てて首を横に振る。


「ううん、何でもない!そのペン、すっごく可愛いね」


自分でも驚くほど、自然に笑顔と声が出た。


「でしょ!この前、お母さんと買い物に行った時に見つけたの。

 さくらちゃんも使ってみる?」


「え、いいの? ……ありがとう!」


少し照れくさいけれど、はっきりと伝えられた。


「ありがとう」という言葉が、

こんなに温かいなんて知らなかった。


ミオは嬉しそうに頷き、

二人は笑顔でペンをやり取りした。



家に帰ると、一目散にポテトの水槽へ向かう。


「ポテト、ありがとう!

魔法のおかげで悪い声が消えたよ!

それにね、『ありがとう』ってちゃんと言えた!」


息を切らしながら報告するさくらに、

ポテトは誇らしげにヒレを揺らした。


「やったね、さくらちゃん!

 自分の力で魔法を使いこなしたんだね。

 えらいよ!」


「君の『ありがとう』は、相手の心も温かくする、

 不思議な効果があるんだよ」


さくらは力強く頷いた。胸の中が、

達成感でいっぱいになっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る