第10話:おばあちゃんの温もり
さくらには、もうひとつ、心の安全地帯があった。
それは、受話器の向こうから聞こえる、
おばあちゃんの声。
安心して話せるから、
そのときには変な声も聞こえない。
「でね、おばあちゃん。今日ね、学校でね…」
さくらは夢中で、今日の出来事を話し始める。
おばあちゃんは、いつも優しい声で、最後まで聞いてくれる。
「そうかい。
さくらちゃんは本当に、頑張り屋さんだね」
その言葉が、耳に心地よく響く。
さくらは、この時間が大好きだった。
「それでね、おばあちゃん、私ね、ポテトっていう友達ができたの!
とっても可愛いの!お目々がまんまるなんだよ」
「ポテトがね、『さくらちゃんは強いよ』って言ってくれるの!」
嬉しそうに話し続けるさくらに、
おばあちゃんは微笑みを含んだ声で言った。
「そうかい、新しいお友達ができてよかったね。
ポテトと仲良くするんだよ」
受話器から流れるその声は、
さくらの心を温かく包み込む大切な存在だった。
◇
体育の授業が終わり、教室に戻る。
友達のミオが、自分の机で筆箱の整理をしていた。
キラキラ光るユニコーンのペンが目に入り、
さくらは思わず見とれてしまう。
(かわいい……ほしいな。
でも、お母さんは、絶対に買ってくれない)
羨望が胸を刺した、その瞬間。
頭の中に黒い霧が立ち込め、あの悍ましい声が響く。
《あれは、お前のものだ。あいつが盗んだに違いない》
声は大きくなり、心臓を鷲掴みにする。
気づけば、ミオのペンに手が伸びかけていた。
(だめだ……!)
脳裏に、小さな友達の姿が浮かぶ。
(そうだ、ポテトの魔法……!)
さくらは固く目を閉じ、
頭の中でまん丸なフグを思い浮かべる。
息を吸い、そのフグをどんどん大きく膨らませる。
悪い声が、膨らんだフグに押し出されていく――。
「ふくらんで、消えちゃえ!」
心の中で力強く唱えると、
フグが黒い霧をすべて巻き込み、ポンッ!と弾けた。
そっと目を開けると、世界は色を取り戻していた。
「あれ……?」
頭の中は静まり返り、
ミオが嬉しそうにペンを眺めている姿がはっきり見えた。
「さくらちゃん、どうしたの?」
不思議そうに首を傾げるミオに、
さくらは慌てて首を横に振る。
「ううん、何でもない!そのペン、すっごく可愛いね」
自分でも驚くほど、自然に笑顔と声が出た。
「でしょ!この前、お母さんと買い物に行った時に見つけたの。
さくらちゃんも使ってみる?」
「え、いいの? ……ありがとう!」
少し照れくさいけれど、はっきりと伝えられた。
「ありがとう」という言葉が、
こんなに温かいなんて知らなかった。
ミオは嬉しそうに頷き、
二人は笑顔でペンをやり取りした。
◇
家に帰ると、一目散にポテトの水槽へ向かう。
「ポテト、ありがとう!
魔法のおかげで悪い声が消えたよ!
それにね、『ありがとう』ってちゃんと言えた!」
息を切らしながら報告するさくらに、
ポテトは誇らしげにヒレを揺らした。
「やったね、さくらちゃん!
自分の力で魔法を使いこなしたんだね。
えらいよ!」
「君の『ありがとう』は、相手の心も温かくする、
不思議な効果があるんだよ」
さくらは力強く頷いた。胸の中が、
達成感でいっぱいになっていた。
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