第28話

──放課後、駅前のカラオケボックス。

異世界部のメンバーは、二部屋に分かれていた。

部屋A:カイ&ミレイ

部屋B:ユナ&ユウト

【語り層ログ:余白モード】

状態:因子干渉低下/感情共鳴強度:安定

備考:語りの進行一時停止中/選択焦点:遊戯的揺らぎ


部屋A:カイ&ミレイ

ミレイが、マイクを握りながら笑顔で言った。

「よーし、今日のミッションは“100点出すまで帰れない”チャレンジ!

カイくん、覚悟してね?」

カイは、剣の代わりにリモコンを握りながら、少しだけ目を伏せる。

「……俺、歌は得意じゃない。

でも、君が選んだなら――俺も、隣にいる」

ミレイは、くすっと笑いながら言う。

「それって、ちょっとだけ“選ばれた”ってことかな?」

【因子ログ:ミレイ】

魅了因子フレグランス・シフト

状態:香気拡張/感情誘導/選択焦点微揺れ


彼女の香気が、部屋の空気を柔らかく包み込む。

カイの因子が、微かに反応する。

【因子ログ:カイ】

防衛因子ブレイブ・リフレクター

状態:干渉遮断/感情反射/焦点未定


カイは、マイクを握りながら呟く。

「……俺の語りは、まだ保留中だ。

でも、君の声にだけは、反応してしまう」

ミレイは、照れ隠しのように高音を響かせる。

「じゃあ、100点出したら――ちょっとだけ、私の語りに入ってくれる?」

カイは、静かに頷いた。

「……その時は、俺が“選ぶ”」

そして、数曲後。ミレイが歌い終え、画面に98点が表示される。

「うわー、惜しい! マジで悔しいんだけどー!」

ミレイが悔しそうに顔をしかめる。その時、カイがマイクを手に、静かに立ち上がった。

「次、俺が歌う。100点、出す」

ミレイが目を丸くする。「え、カイくんが? マジで?」

カイは、ミレイの目を見つめ、まっすぐに言った。

「君が、俺の語りに入ってほしいなら――俺は、君の語りに入る。

100点出して、その答えにする」

彼の歌声は、決して上手いわけではなかった。けれど、その一音一音に、迷いを断ち切った「勇者」の覚悟と、「守る」という新たな選択が込められていた。歌い終えた瞬間、画面に**「100点」**の文字が輝く。

ミレイは、言葉を失った。その瞳には、驚きと、そして確かな喜びが宿る。

「カイくん……」

カイは、マイクを置き、ミレイの手をそっと取った。

「俺は、君を選ぶ。

君の語りに、俺の語りを重ねる」

その瞬間、二人の因子が激しく共鳴した。部室の空気が、温かい光に包まれる。

【因子融合ログ:カイ×ミレイ】

新因子:《ブレイブ・チャーム》

効果:感情共鳴強度+120/空間安定化+70/語り焦点確定

状態:融合完了/語り層への焦点設定


部屋B:ユナ&ユウト

ユナが、マイクを握りながら言った。

「お兄ちゃん、負けないからね。

私、100点出すまで絶対帰らないから!」

ユウトは、笑いながらリモコンを操作する。

「じゃあ、俺も本気出す。

君の選択に、ちゃんと応えるために」

【因子ログ:ユナ】

共鳴因子エモーション・リンク

状態:感情共鳴強度+80/因子融合補助/語り安定化


【因子ログ:ユウト】

保護因子ノクス・ガーディアン

状態:感情焦点安定化/空間防壁生成/共鳴補助モード


ふたりの歌声が、隣の部屋に微かに届く。

語り層が、静かに共鳴する。

ユナは、マイクを握りながら言った。

「ねえ、お兄ちゃん。

100点って、誰かに“選ばれる”ための数字じゃないよね?」

ユウトは、頷きながら言う。

「うん。

それは、誰かと“選び合う”ための声だ」

彼らの歌声は、安定した共鳴を保ちながら、互いの絆を深めていた。

ランドセルの少女は、屋上でノートに記録を続けながら、静かに呟いた。

「語りの余白は、終わりを告げた。

カイとミレイの選択が、語りの焦点を定めた。

これは、選ばれなかった者が、自ら“選ぶ”物語の始まり。

そして――その歌声が、語り層に新たな揺れを生む」【Narrative Core:焦点更新】

状態:語り層更新/選択焦点:カイ×ミレイへ移行

備考:因子融合による語り構造への影響を観測中


美作先生は、職員室で煎餅を噛み砕きながら、端末を見つめていた。

「……なるほど。これは予想外の『焦点決定』だ。

『選ばれなかった因子』が、自ら融合を選択するとは。

しかし、この新たな融合が、私の『プロトコル』にどう影響するか……」

彼の瞳には、研究者としての狂気と、新たなデータへの期待が宿っていた。

そして、誰もまだ知らない。

この“100点チャレンジ”が、異世界部の物語を、恋と記憶のラブコメから、選択と共鳴の群像SFへと変貌させる第三十六のステップだったことを――。

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