第11話
――彼女は、すでにすべてを見ていた
都立桜ヶ丘高校・異世界部。
放課後の部室に、珍しい来訪者が現れた。
「失礼します。見学に来ました」
ドアの向こうに立っていたのは――
ランドセルを背負った、小柄な少女。
けれど、その瞳は、年齢にそぐわぬ深さを湛えていた。
「えっと……君、小学生?」
ユナが戸惑いながら尋ねると、少女は静かに頷いた。
「はい。小学六年生。理事長の娘です。
でも、異世界では――観察者でした。1万歳まで、生きていました」
部室が、静まり返る。
カイが、思わず椅子から立ち上がる。
「……観察者って、美作先生の論文に出てくる……?」
少女は、微笑んだ。
その笑みは、どこか“祝福”にも“警告”にも見えた。
「因子の共鳴は、恋だけじゃありません。
選択、記憶、そして――観察。
あなたたちは、今、因子の“交差点”にいます。
だから、見に来ました。最後の観察者として」
ユナは、言葉を失った。
その瞳の奥で、何かがざわめいた。
(この子……私たちより、ずっと“先”を見てる)
少女は、部室の中央に歩み寄る。
ランドセルから、小さなノートを取り出す。
「これは、私の記録です。
異世界で、因子がどう育ち、どう崩れたか。
あなたたちの“今”と、よく似ています」
カナが、タブレットを手に、静かに言った。
「……あなたの因子は、今も残ってるの?」
少女は、首を傾げた。
「わかりません。
でも、記録することは、まだできます。
だから、今日は――見学者として来ました。
観察者としてではなく、“未来の部員”として」
その言葉に、ユナの胸が、ふわりと震えた。
それは、因子の共鳴ではなかった。
ただ、“物語が続いていく”という予感。
そして、誰もまだ知らない。
この少女の記録が、異世界部の“未来”を左右する鍵になることを――。
「最後の観察者」を名乗る小学生の少女の登場は、異世界部の面々に大きな衝撃を与えた。彼女の持つ「異世界の記録」と、年齢にそぐわぬ超越した視線は、部室の空気を一変させる。美作先生は、その少女の存在すらも自身の「恋愛因子」研究の新たなデータとして捉え、静かに観察を続けていた。
少女は、部室の隅でランドセルから取り出したノートに何かを書き込みながら、部員たちを観察し始める。特に彼女の視線が集中したのは、ユナの隣で警戒心を露わにするユウトだった。ユナがカイと映画に行ったことで、ユウトの「独占欲因子」は臨界点に達しつつあった。彼の周囲には、目に見えない重苦しい空気が漂い、時折、彼の視線が鋭く光る。
異世界部の活動中、ユナが少し離れた場所でカイと楽しそうに話しているのを見た瞬間、ユウトの瞳の赤い光が強く瞬いた。その時、少女が静かにユウトの隣に歩み寄る。
「あなたの因子は、とても強いですね。特に、その『守りたい』という感情は、異世界で多くのものを崩壊させました」
少女は、ユウトの腕にそっと触れる。その指先から、まるで異世界の冷気が流れ込むかのように、ユウトの体が硬直した。彼の脳裏に、魔王の右腕として、感情のままに力を振るった異世界の記憶が鮮明にフラッシュバックする。
「やめろ……!」
ユウトの声が、部室に響き渡る。彼の周囲の空気が激しく歪み、机の上のペン立てが宙に浮き上がった。それは、彼の「魔王因子」が、ついに顕現し始めた証拠だった。ユナは、その異様な光景に恐怖で身をすくませ、カイは反射的にユナを庇うように前に出る。ミレイは「マジ、やばいって!」と叫びながら、スマホを落としてしまう。
「……ユナは、俺が守る。誰にも、渡さない……!」
ユウトの瞳は、もはやユナしか映していなかった。彼の「守る」という愛情は、完全に「縛る」独占欲へと変貌していた。少女は、その暴走を冷静な瞳で見つめながら、ノートに何かを書き加える。「記録完了。やはり、この世界でも同じ結末を辿るのか……」。
カナは、その一部始終をタブレット越しに記録していた。少女の介入がユウトの因子を刺激したこと、そしてユウトの力が現実世界に影響を与え始めたことに、彼女の「白鴉」としての警戒心は最高潮に達する。美作先生は、煎餅を頬張りながら、満足げに微笑んでいた。「素晴らしい。これこそが、私が求めていたデータだ」。
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