第5話



---沈黙の右腕と、研究者の眼差し


「さて、ユウトくん。君の“異世界での役割”も、ぜひ聞かせてほしいな」


美作裏先生は、煎餅を口に運びながら、穏やかな笑顔でそう言った。

その声は柔らかく、空気を和ませるように響いていた。

けれど、その視線は――冷たかった。


部室の空気が、再び張り詰める。


ユウトは、沈黙を保っていた。

椅子に深く腰掛け、腕を組み、誰とも目を合わせない。

その姿は、まるで“語ること”を拒絶しているようだった。


ユナは、兄の横顔をちらりと見た。

かつては優しくて、少し天然で、妹思いだった兄。

今は、まるで別人のように冷たく、そして――危うい。


(……お兄ちゃん、何を考えてるの?)


カイは、ユウトの瞳に宿る敵意を感じ取り、無意識に背筋を伸ばした。

ミレイは、空気の重さに耐えきれず、スマホをいじるふりをしながら小さく呟いた。


「マジヤバいんだけど……この空気、重すぎじゃね?」


その時だった。


美作先生が、何気ない口調で、しかし明確な意図を込めて言った。


「君は、“魔王の右腕”だったんだよね? ヴァル=ノクス=レイ……だったかな?」


その言葉が、ユウトの中の何かを刺激した。


彼の瞳が、鋭く光った。

空気が、ピリついた。

指先が、わずかに震えた。


(……この男、何者だ)


ユウトの中で、抑えていた衝動が、わずかに漏れ出す。

それは、魔王因子――かつて世界を滅ぼす力の片鱗。


美作先生は、その反応を見逃さなかった。

煎餅を口に運ぶ手を止めず、ただ、瞳の奥で確信する。


(……やはり、君の中に“因子”は残っている)


部員たちが語った“役割”――魔王、勇者、姫。

それらは、美作先生の脳内で、異世界研究のデータと結びついていく。

魔王因子、勇者因子、王族因子。

それぞれが、彼の研究を次の段階へと押し上げる。


だが――真の焦点は、ユウトだった。


彼が語るか、語らないか。

それが、この異世界部の“真の目的”を左右する。


「……俺は、語る必要はない。俺の役割は、ユナを守ること。それだけだ」


ユウトの声は低く、冷たく、そして――揺るぎなかった。


その言葉に、ユナの胸がざわついた。

守られているはずなのに、どこか“縛られている”ような感覚。


美作先生は、微笑んだ。


「なるほど。君の“守る”という意志も、立派な役割だ。――研究的にも、非常に興味深い」


その言葉の裏にある意図を、誰もまだ知らない。

この部活が、ただの“記憶の共有”ではなく――

異世界の因子を再構築する実験場であることを。


そして、ユウトの沈黙が、物語の鍵を握っていることを――。


異世界部の活動中、部室のドアが静かに開く。


「お邪魔します。見学ってことで、ちょっとだけ」


そこに立っていたのは、1年生のカナ。

カイの妹で、普段は明るくて人懐っこい――はずだった。


「カナ? どうしたんだ、こんなとこに」


カイが驚いた声を上げるが、カナは微笑みながら答える。


「兄さんが最近、変なことばっかしてるから。ちょっと、様子見にね」


その瞳は、笑っているようで――鋭く、冷たい。


ユナは、その視線に一瞬だけ身を強張らせる。

ミレイは「妹ちゃん、かわい~」と軽く流すが、カナは彼女にも一瞥を向ける。


(……姫ミレイア。記憶が戻ってるなら、情報価値は高い)


そして、美作先生が、カナの存在に気づく。


「おや、君は……なるほど。君も“因子”を持っているようだね」


その言葉に、カナの瞳がわずかに動いた。


「……先生。あなたの“研究”には、興味があります。ですが、兄さんに危害を加えるなら――排除します」


その瞬間、部室の空気が変わった。


カナは、ただの妹ではなかった。

彼女は、異世界の情報戦を生き抜いた“白鴉”。

そして今、異世界部の中で、最も冷静で危険な存在となる。


---瞑想と、因子の目覚め


「さあ、異世界部の初活動だ。今日は、君たちの“記憶”を少しだけ掘り起こしてみよう」


美作裏先生は、いつも通りの穏やかな笑顔で、机の上に一組のカードを並べた。

それは、異世界の風景や象徴が描かれた、独自のタロットカード。

魔王城、聖剣、炎の姫、黒い月――どれも、どこか既視感を誘う絵柄だった。


「これは、異世界の情景を模した“記憶誘導カード”だ。瞑想によって、君たちの中に眠る因子を刺激する。――さあ、目を閉じて」


部員たちは、半信半疑ながらも、カードを手に取り、目を閉じた。


ユナは、兄ユウトの隣で、そっと息を吐いた。

手にしたカードには、玉座に座る魔王の姿。

その瞳は、どこか自分に似ていた。


(……私が、魔王だった……?)


瞼の裏に、炎の城が浮かぶ。

兵士たちが跪き、兄――ヴァル=ノクス=レイが、冷静に命令を下している。

その姿は、今のユウトと重なっていた。


(お兄ちゃん……本当に、あの人なの?)


カイは、聖剣のカードを手にしていた。

目を閉じると、剣を掲げる自分の姿が浮かぶ。

仲間たちの期待。

魔王との対峙。

そして――ミレイアの手を離した瞬間。


(……俺は、守れなかった)


ミレイは、炎の姫のカードを見つめながら、そっと目を閉じた。

ドレスの裾を翻し、舞踏会で笑う自分。

カイの隣で、幸せそうに微笑む自分。

そして、城が崩れ、彼の背中が遠ざかる。


(マジで映画みたい……でも、これって……本当に“あたし”だったの?)


部室は、静寂に包まれていた。

それぞれが、記憶の断片を追体験していた。


ただ一人――ユウトを除いて。


彼は、カードに触れようともしなかった。

目も閉じず、ユナの隣で、周囲を警戒し続けていた。


美作先生は、そんなユウトに、ふと一枚のカードを差し出した。


「これは、“魔王の玉座”だ。君の妹が、かつて座っていた場所。――君は、どう思う?」


その言葉に、ユウトの瞳がわずかに揺れた。

カードに描かれた玉座の背後には、黒い影――魔王の右腕の姿が、ぼんやりと描かれていた。


「……俺は、語る必要はない」


ユウトはそう言いながらも、カードから目を離せなかった。

その瞬間――彼の瞳の奥で、微かな赤い光が瞬いた。


美作先生は、それを見逃さなかった。


(……魔王因子。やはり、君の中に残っている)


彼の瞳の奥に、冷たい光が宿る。

部員たちの瞑想は、ただの“記憶の共有”ではなかった。

それは、美作先生の研究を進めるための、巧妙な実験だった。


そして、ユウトの“拒絶”こそが――

この物語の、最も危うい鍵となる。



---顕現の始まりと、観察者の覚醒


部室の空気が、静かに、しかし確実に変わり始めていた。


瞑想という名の活動。

異世界の情景が描かれたカード。

部員たちが目を閉じ、記憶の断片を追体験する中――


美作裏先生は、誰にも気づかれないように、そっと目を細めた。


(……顕現は、始まった)


彼の脳内には、研究ログが自動的に走り出す。


> 【観察記録:第1回異世界部活動】

> - ユナ:魔王因子、反応あり。瞳孔収縮、指先の微震。

> - カイ:勇者因子、構えの再現。筋肉の記憶反射。

> - ミレイ:王族因子、温度感覚の再現。皮膚反応。

> - ユウト:魔王因子、抑制中。瞳の赤光、臨界接近。

> - カナ:未確定。観察中。


だが――その“観察中”のカナこそが、今、最も危険な存在だった。


部室の隅。

カナは、瞑想に参加するふりをしながら、目を閉じずに周囲を見渡していた。


(……この配置、意図的。カードの並びも、空気の流れも。これは、記憶の共有じゃない。実験だ)


彼女の瞳は、部室の隅に置かれた古びた機材、壁に貼られた奇妙な図形、そして――美作先生の手元の動きまで、すべてを捉えていた。


(先生は、何かを“測ってる”。それも、私たちの“反応”を)


そして、ユウト。


彼の指先が、わずかに震えていた。

瞳の奥に、赤い光が宿っていた。

それは、異世界で見た“魔王の右腕”の姿と、完全に一致していた。


(……ヴァル=ノクス=レイ。あの冷徹な副官が、兄さんの隣にいた)


記憶が、蘇る。

炎の城。

密命の夜。

ユウトの剣が、無言で敵を断つ姿。


カナの警戒心は、最高潮に達していた。


そして、彼女は静かに、しかし確かに言葉を発した。


「……排除します」


その瞬間、空気が変わった。


部室の温度が、わずかに下がったように感じられた。

カナの言葉には、異能の片鱗――情報干渉か、精神圧か、何かが宿っていた。


美作先生は、煎餅を口に運びながら、微笑んだ。


「君は、やはり“白鴉”だったか。――面白い」


その言葉に、カナの瞳が鋭く光った。


(……この男、知ってる。異世界で、因子研究をしていた“観測者”)


部室の空気は、もう“部活”のものではなかった。

それは、記憶と因子と異能が交錯する、実験場だった。


そして、カナの覚醒が――

この物語の、次なる局面を切り開く。


もちろん、春。ここはラブコメの核心にして、因子顕現の感情的トリガーが発動する瞬間。

ユナの問いが、ユウトの“守る”という言葉の裏にある独占欲を暴き、ラブコメ的な緊張とSF的な異能の兆候が同時に立ち上がる場面。

以下、ライトノベル風の文体で記載するね。


---それって、恋じゃないの?


前回の瞑想から数日。

都立桜ヶ丘高校、異世界部の空気は、どこか張り詰めていた。


誰もが、あの瞬間を忘れられずにいた。

ユナが、兄ユウトに向かって投げかけた、あの一言。


「それって、恋じゃないの?」


部室の空気は、凍ったままだった。

誰もが、冗談として流すには重すぎると感じていた。


ユウトは、それ以来、明確な返答を避けていた。

いつも通り、無口で冷静。

けれど、ユナの視線が向けられるたびに、彼の指先がわずかに震えるのを、カナは見逃していなかった。


(……兄さん。その“守る”って、ただの忠誠じゃない)


ユナもまた、兄の沈黙に戸惑っていた。

かつては、優しくて、少し天然で、妹思いだった兄。

今は、冷たくて、無口で、でも――時折、視線が熱すぎる。


放課後、部室の窓際。

ユナは、そっと問いかけた。


「ねえ、お兄ちゃん。異世界で、私を“守る”って言ってたよね。

でも、それって……命令じゃなくて、気持ちだったんじゃないの?」


ユウトは、答えなかった。

ただ、窓の外を見つめていた。


けれど、その瞬間――部室の空気が、わずかに揺れた。


ユナの髪が、風もないのにふわりと浮いた。

机の上のカードが、カタリと震えた。


カナが、すぐに反応した。


「……異能の兆候。兄さん、感情が因子を刺激してる」


ユウトの瞳が、わずかに赤く光った。

それは、魔王因子の顕現。

かつて、魔王の右腕として、世界を支配する力を振るった者の――独占欲の残滓。


「俺は……守るだけだ。誰にも、渡さない」


その言葉に、ユナの心臓が跳ねた。

それは、恋の告白ではなかった。

でも、恋よりも強くて、重くて、危うい感情だった。


ミレイが、空気を読まずに口を挟んだ。


「え、ちょっと待って。それ、マジでヤバくない? てか、独占って……恋より重くね?」


カイは、黙っていた。

けれど、彼の視線は、ユウトの背中に向けられていた。

勇者としての本能が、魔王因子の顕現に反応していた。


美作先生は、煎餅を口に運びながら、静かに記録を取っていた。


> 【観察記録:ユウト】

> - 感情刺激による因子活性化。

> - 顕現タイプ:精神干渉/空間圧制。

> - トリガー:恋愛的問いかけ。

> - 状態:臨界接近。


部室の空気は、もう“部活”のものではなかった。

それは、恋と記憶と因子が交錯する、感情の実験場だった。


そして、ユナの問いが――

この物語の、次なる扉を開いた。


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