第12話


朝。

といっても、ジェニーが本来起こしに来るはずの時間帯だ。


「…セレスティナ様。朝食に陛下がお呼びですよ」

「え…朝食に?」

「はい」


いつも、もし呼ばれるとしても夕食だけだった。それが、まさか朝食もーー?

陛下にコートを返していなかったので、それも持っていくことにした。

ジェニーは一瞬私の顔を見たが、すぐに何もなかったかのように振る舞った。


「お待たせいたしました」


テーブルにつく前に、陛下にコートを渡す。


「あの、コートありがとうございました」

「…ああ。体調を崩さなくてよかった」


その瞬間、周りの使用人たちが目を丸くして驚く。

それもそうだーー残虐帝が、他人にコートを貸したのだから。しかも、優しい言葉遣い。


「セレスティナ」

「はい」

「今日はここに座れ」


いつもはお互い向き合うような席で、遠かったのだが、今日陛下が提案なさったのは陛下の横ーーつまり、1つテーブルのかどをを挟んで隣。


予想外すぎる展開に、その場にいた人は皆目をさらに丸くさせる。


(もしかして、陛下は熱があるのでは………!?)


朝食が運ばれ始めた。

私のもとには、ポタージュが運ばれてきた。


「以前ポタージュが好きだと言っていただろう?今日は体が冷えただろうし」


覚えていてくれた、なんて。

私は「ありがとうございます」と言いながら一口目を口に運ぶ。


あたたかさとおいしさが口いっぱいに広がる。

そしてこれはーー。


「これ、」


懐かしい味。

どうしてここで食べられるのだろうーー。


私は、思わず涙を流していた。

陛下が慌てている。


「どうした、大丈夫か?」

「…はい、大丈夫です…。なんだか、嬉しくて」


涙を拭う。


「お母様が作ってくれた味と、同じだったんです」

「…君の母上は」

「ずっと昔に、亡くなりました」


拭っても拭っても、涙が止まらない。この味はーー私に様々なことを思い出させるのだ。

母との思い出・記憶が、全部ーー。


「…そうか」


そう言って、陛下は私の涙が止まるのを、ずっと待っていてくれたーー。



カルミオンへ来て、3週間が経った。


ここ最近私はずっと幸せで充実な生活を送っている気がする。

朝は時々庭園を陛下とまわる。食事は毎食とても美味しい。昼は昔習ったことを復習するべく図書館へ赴き、本を読み耽ったり、あるいは陛下からいただいた仕事「書類の整理」をしたり。夜はふかふかのベッドで寝れる。


けれど、あの記憶は、いつになっても消えてはくれない。


(あぁ、今日も)


入浴の時間。この時間だけは、苦痛でしかないのだ。

ジェニーには、入浴だけはどうしても手伝わないでほしいと言っている。そのため、私は一人で入浴するのだがーー。


服を脱いだとき、いつも目の前にあるのは鏡ーー。

そして、そこにうつるのは、あざだらけの背中。


洗う時は泡でしみる。痛くて痛くてたまらない。

治るのはいつだろうかとずっと昔から待っているのに、上書きされていくせいで全く完治しない。


もし、この姿を陛下が見てしまったら。

きっと幻滅されるだろう。あるいは相応しくないと罵倒されるかもしれない。いずれにしても、追い出されるのがオチだ。

本当は一刻も早くそれを告げ、潔く出ていく方がいいのだろう。だらだらとここに居座るばかりでは、この場所に未練が残ってしまうから。


ーーけれど。

すでに未練が残っているといっても過言ではないーー私は、この生活を手放したくないのだ。


「なんて欲だらけなの」


このままではいけない、と思いつつも、嫌われたくない、という心が葛藤する。

皇帝に嫌われることを覚悟してきたはずなのにーー


ーーああ、そうか。


私は、皇帝陛下のことを少なからず、もっと知りたいと思ってしまうほどにーー気になっているのだ。








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