第12話
◇
朝。
といっても、ジェニーが本来起こしに来るはずの時間帯だ。
「…セレスティナ様。朝食に陛下がお呼びですよ」
「え…朝食に?」
「はい」
いつも、もし呼ばれるとしても夕食だけだった。それが、まさか朝食もーー?
陛下にコートを返していなかったので、それも持っていくことにした。
ジェニーは一瞬私の顔を見たが、すぐに何もなかったかのように振る舞った。
「お待たせいたしました」
テーブルにつく前に、陛下にコートを渡す。
「あの、コートありがとうございました」
「…ああ。体調を崩さなくてよかった」
その瞬間、周りの使用人たちが目を丸くして驚く。
それもそうだーー残虐帝が、他人にコートを貸したのだから。しかも、優しい言葉遣い。
「セレスティナ」
「はい」
「今日はここに座れ」
いつもはお互い向き合うような席で、遠かったのだが、今日陛下が提案なさったのは陛下の横ーーつまり、1つテーブルの
予想外すぎる展開に、その場にいた人は皆目をさらに丸くさせる。
(もしかして、陛下は熱があるのでは………!?)
朝食が運ばれ始めた。
私のもとには、ポタージュが運ばれてきた。
「以前ポタージュが好きだと言っていただろう?今日は体が冷えただろうし」
覚えていてくれた、なんて。
私は「ありがとうございます」と言いながら一口目を口に運ぶ。
あたたかさとおいしさが口いっぱいに広がる。
そしてこれはーー。
「これ、」
懐かしい味。
どうしてここで食べられるのだろうーー。
私は、思わず涙を流していた。
陛下が慌てている。
「どうした、大丈夫か?」
「…はい、大丈夫です…。なんだか、嬉しくて」
涙を拭う。
「お母様が作ってくれた味と、同じだったんです」
「…君の母上は」
「ずっと昔に、亡くなりました」
拭っても拭っても、涙が止まらない。この味はーー私に様々なことを思い出させるのだ。
母との思い出・記憶が、全部ーー。
「…そうか」
そう言って、陛下は私の涙が止まるのを、ずっと待っていてくれたーー。
◇
カルミオンへ来て、3週間が経った。
ここ最近私はずっと幸せで充実な生活を送っている気がする。
朝は時々庭園を陛下とまわる。食事は毎食とても美味しい。昼は昔習ったことを復習するべく図書館へ赴き、本を読み耽ったり、あるいは陛下からいただいた仕事「書類の整理」をしたり。夜はふかふかのベッドで寝れる。
けれど、あの記憶は、いつになっても消えてはくれない。
(あぁ、今日も)
入浴の時間。この時間だけは、苦痛でしかないのだ。
ジェニーには、入浴だけはどうしても手伝わないでほしいと言っている。そのため、私は一人で入浴するのだがーー。
服を脱いだとき、いつも目の前にあるのは鏡ーー。
そして、そこにうつるのは、あざだらけの背中。
洗う時は泡でしみる。痛くて痛くてたまらない。
治るのはいつだろうかとずっと昔から待っているのに、上書きされていくせいで全く完治しない。
もし、この姿を陛下が見てしまったら。
きっと幻滅されるだろう。あるいは相応しくないと罵倒されるかもしれない。いずれにしても、追い出されるのがオチだ。
本当は一刻も早くそれを告げ、潔く出ていく方がいいのだろう。だらだらとここに居座るばかりでは、この場所に未練が残ってしまうから。
ーーけれど。
すでに未練が残っているといっても過言ではないーー私は、この生活を手放したくないのだ。
「なんて欲だらけなの」
このままではいけない、と思いつつも、嫌われたくない、という心が葛藤する。
皇帝に嫌われることを覚悟してきたはずなのにーー
ーーああ、そうか。
私は、皇帝陛下のことを少なからず、もっと知りたいと思ってしまうほどにーー気になっているのだ。
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