第11話

皇帝陛下の足はすごく早い。

追いつくだけでも息が荒れる。


もともとずっとクレア邸にいて、たまに街に買い物に行っていただけだったので、体力はあまりないのかもしれない。

毎日家事で動いていたような気もするが。


そういえば陛下はどこへ行くのだろうーー。


「あの、へい……くしゅんっ」


くしゃみ。

それも、陛下の前で。


恥ずかしさと申し訳なさといたたまれなさで、思わず俯いて「申し訳ありません」と言う。それしかできない。穴があったら入りたい気分だ。


そんな視界に、陛下の足元が入った。

思わず顔を上げると、すぐ目の前に陛下がいてーー


ばさっと肩にかけられたのは、陛下が羽織っていたコートだ。


「あ、あの」

「着ていろ」

「ですが、陛下が風邪をひいてしまいます……!!」


ただでさえカルミオンは北に位置しているというのに、今は冬なのだ。


「俺は大丈夫だ。このままだとお前の方が風邪を引く」

「ですがっ……」

「いいから大人しく着ていろ」


本当に、彼は「残虐帝」と呼ばれるような人なのだろうか。

不器用だけれど、どこか優しいような気がしてーー。


「ありがとう、ございます」


陛下のコートは、すでにあたたかかった。



俺は、何をしているんだ。


いつものように庭園に来てみれば、一人小さく花をじっと見つめているのだ。

いつのまにか俺は声をかけていた。


彼女が見ていたのは、ボタンだった。

ボタンは、姉上が綺麗だと言って、父上にお願いして取り寄せた花だ。よっぽど気に入っていたらしく、姉上は、亡くなる直前までボタンを大事そうに世話していた。


その花を、セレスティナが好きだと言った。


ーー陛下もお好きで?


そう言われた時、確かにそうなのかもしれないと気づいた。


その後、まさかついてくるとは夢に思わなかったが、断る理由がないのでとりあえずそのままにしていた。寒そうだったからコートをかけると、とても嬉しそうに微笑んでお礼を言われた。


温室についてからは、彼女はまだあまりまわったことがなかったのか、楽しそうに花を見ていた。

なんとなくーー小動物みたいだと思えてきた。


まるで、うさぎみたいだ。


ふとそんな考えが頭をよぎり、慌てて首を横に振る。

なぜこんなことを思ってしまうのか。


「セレスティナ」

「はい」

「そろそろ戻ろう。風邪を引いてしまう」


彼女は、「わかりました……」と悲しそうにうなだれていた。

彼女を見るのは、すごく心地が良い。表情の変化がまるでわかりやすい。


「…良ければ、明日も一緒にまわるか」

「い、いいんですか?」

「ああ」


彼女といるのは、不思議と嫌じゃない。むしろーーもっと一緒にいたいと思うくらい。


「その代わり、厚着で来い」

「は、はい」


明日が楽しみだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る