第11話
皇帝陛下の足はすごく早い。
追いつくだけでも息が荒れる。
もともとずっとクレア邸にいて、たまに街に買い物に行っていただけだったので、体力はあまりないのかもしれない。
毎日家事で動いていたような気もするが。
そういえば陛下はどこへ行くのだろうーー。
「あの、へい……くしゅんっ」
くしゃみ。
それも、陛下の前で。
恥ずかしさと申し訳なさといたたまれなさで、思わず俯いて「申し訳ありません」と言う。それしかできない。穴があったら入りたい気分だ。
そんな視界に、陛下の足元が入った。
思わず顔を上げると、すぐ目の前に陛下がいてーー
ばさっと肩にかけられたのは、陛下が羽織っていたコートだ。
「あ、あの」
「着ていろ」
「ですが、陛下が風邪をひいてしまいます……!!」
ただでさえカルミオンは北に位置しているというのに、今は冬なのだ。
「俺は大丈夫だ。このままだとお前の方が風邪を引く」
「ですがっ……」
「いいから大人しく着ていろ」
本当に、彼は「残虐帝」と呼ばれるような人なのだろうか。
不器用だけれど、どこか優しいような気がしてーー。
「ありがとう、ございます」
陛下のコートは、すでにあたたかかった。
◇
俺は、何をしているんだ。
いつものように庭園に来てみれば、一人小さく花をじっと見つめているのだ。
いつのまにか俺は声をかけていた。
彼女が見ていたのは、ボタンだった。
ボタンは、姉上が綺麗だと言って、父上にお願いして取り寄せた花だ。よっぽど気に入っていたらしく、姉上は、亡くなる直前までボタンを大事そうに世話していた。
その花を、セレスティナが好きだと言った。
ーー陛下もお好きで?
そう言われた時、確かにそうなのかもしれないと気づいた。
その後、まさかついてくるとは夢に思わなかったが、断る理由がないのでとりあえずそのままにしていた。寒そうだったからコートをかけると、とても嬉しそうに微笑んでお礼を言われた。
温室についてからは、彼女はまだあまりまわったことがなかったのか、楽しそうに花を見ていた。
なんとなくーー小動物みたいだと思えてきた。
まるで、うさぎみたいだ。
ふとそんな考えが頭をよぎり、慌てて首を横に振る。
なぜこんなことを思ってしまうのか。
「セレスティナ」
「はい」
「そろそろ戻ろう。風邪を引いてしまう」
彼女は、「わかりました……」と悲しそうにうなだれていた。
彼女を見るのは、すごく心地が良い。表情の変化がまるでわかりやすい。
「…良ければ、明日も一緒にまわるか」
「い、いいんですか?」
「ああ」
彼女といるのは、不思議と嫌じゃない。むしろーーもっと一緒にいたいと思うくらい。
「その代わり、厚着で来い」
「は、はい」
明日が楽しみだ。
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