第10話


ここへ来て、まもなく二週間が経とうとしている。


クレア邸にいたときは、朝早くから起きていたため、ここでもその習慣はなおせず(というか癖になっている)、早く起きては城の庭園や温室ををまわるのが日課となった。

いつ見ても飽きない。

それにーーここには、マーガレットが咲いているのだ。マーガレットは、寒い場所が苦手なはずなのに。


「ふふ、温室だったら咲けるのね」


マーガレットを見ると、母を思い出す。それは私にとって、いつでもどこでも、癒しの時間だった。


朝早く起きているのについては、ジェニーにはもうとっくにバレているが、彼女は見過ごしてくれている。


ある日、私はいつも通り庭園を散歩していた。

色々な花を見てまわって、私は知らない花も沢山見つけた。


「これは…なんていう花かしら?」


すごく綺麗で、思わず見惚れてしまうーーとそのとき。


「その花が好きなのか?」


後ろから声がして、ばっと振り向く。


「こ、皇帝陛下…!?」


まさか、こんな朝方にいらっしゃるなんて。


「も、申し訳ございません!」


陛下の朝の大切な時間。それを庭園で過ごしていたとなればーー。


「なぜ謝る?」

「なぜって……陛下の、大事な朝の時間を邪魔してしまったので……」


陛下は、私の隣にすっと腰を下ろした。


「邪魔ではない。それより、この花が気になるのか?」

「え…?」


良かったと安堵しつつも、なぜ気になっていたことがバレたのか不思議でしかない。


「お前が食い入るようにこの花を見つめていたからな」


え。

は、恥ずかしい……。

そんなに態度に出てしまうのかと、恥ずかしさで俯いてしまう。


「この花は、ボタンという」

「ボタン…?」

「ああ。遠い東の国から渡ってきたんだ。ここは寒いから、わりと長い期間見られる」

「…陛下も、この花がお好きで?」


彼はぴたっと止まって、それからふっと笑った。


「そうかもしれないな」


そして彼は、もう一度すっと立ち上がった。

私も慌ててそれに倣う。


「あの、陛下」

「ん?」

「陛下は、いつもここにいらっしゃるのですか…?」


恐る恐る聞いてみると、彼はこくりと頷いた。


「毎日というわけではないがーーあの温室によく行く」

「温室がお好きなのですか?」

「好きというよりは…」


そこで陛下はぴたっと口を閉ざした。

どうしたのだろう、いけないことでも聞いてしまったかと、私は内心焦る。


「…なんでもない」


彼は前を向いて、歩き出した。

私は、ほんの少し緊張がほぐれたのか、もう少し彼と話してみたいと思った。


「ついていってもいいですか、?」

「好きにしろ」


思いの外許可が降りたので、私はもう一度振り返ってボタンを見つめながら、どことなく陛下に似ていると思った。


あの美しさが、陛下のような高貴さを思わせるのだろうか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る