第10話
◆
ここへ来て、まもなく二週間が経とうとしている。
クレア邸にいたときは、朝早くから起きていたため、ここでもその習慣はなおせず(というか癖になっている)、早く起きては城の庭園や温室ををまわるのが日課となった。
いつ見ても飽きない。
それにーーここには、マーガレットが咲いているのだ。マーガレットは、寒い場所が苦手なはずなのに。
「ふふ、温室だったら咲けるのね」
マーガレットを見ると、母を思い出す。それは私にとって、いつでもどこでも、癒しの時間だった。
朝早く起きているのについては、ジェニーにはもうとっくにバレているが、彼女は見過ごしてくれている。
ある日、私はいつも通り庭園を散歩していた。
色々な花を見てまわって、私は知らない花も沢山見つけた。
「これは…なんていう花かしら?」
すごく綺麗で、思わず見惚れてしまうーーとそのとき。
「その花が好きなのか?」
後ろから声がして、ばっと振り向く。
「こ、皇帝陛下…!?」
まさか、こんな朝方にいらっしゃるなんて。
「も、申し訳ございません!」
陛下の朝の大切な時間。それを庭園で過ごしていたとなればーー。
「なぜ謝る?」
「なぜって……陛下の、大事な朝の時間を邪魔してしまったので……」
陛下は、私の隣にすっと腰を下ろした。
「邪魔ではない。それより、この花が気になるのか?」
「え…?」
良かったと安堵しつつも、なぜ気になっていたことがバレたのか不思議でしかない。
「お前が食い入るようにこの花を見つめていたからな」
え。
は、恥ずかしい……。
そんなに態度に出てしまうのかと、恥ずかしさで俯いてしまう。
「この花は、ボタンという」
「ボタン…?」
「ああ。遠い東の国から渡ってきたんだ。ここは寒いから、わりと長い期間見られる」
「…陛下も、この花がお好きで?」
彼はぴたっと止まって、それからふっと笑った。
「そうかもしれないな」
そして彼は、もう一度すっと立ち上がった。
私も慌ててそれに倣う。
「あの、陛下」
「ん?」
「陛下は、いつもここにいらっしゃるのですか…?」
恐る恐る聞いてみると、彼はこくりと頷いた。
「毎日というわけではないがーーあの温室によく行く」
「温室がお好きなのですか?」
「好きというよりは…」
そこで陛下はぴたっと口を閉ざした。
どうしたのだろう、いけないことでも聞いてしまったかと、私は内心焦る。
「…なんでもない」
彼は前を向いて、歩き出した。
私は、ほんの少し緊張がほぐれたのか、もう少し彼と話してみたいと思った。
「ついていってもいいですか、?」
「好きにしろ」
思いの外許可が降りたので、私はもう一度振り返ってボタンを見つめながら、どことなく陛下に似ていると思った。
あの美しさが、陛下のような高貴さを思わせるのだろうか。
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