魔女のかくしごと(仮)初稿
あいざわゆう
第1話 発端 1
「……ここにアルナ、魔女のアルナはいるか。少し所用がある」
そう言いながらラディアス城の後宮にある錬金術室の一つに足を踏み入れてきたのは、何片もの布を重ねた後宮騎士装束に身を包んだ一人の若い男であった。
基本男子禁制である(宦官以外は)後宮に於いて、入ってもいい男性は後宮騎士か御用聞きの商人か、それとも死体運び屋ぐらいのものだ。
錬金術室では動きやすく、作業しやすい装束を身にまとった若い女性たちが忙しく動き回ったり作業したりしていた。
熱い熱気と様々な薬品などの臭いで充満した部屋は、後宮での薬物や物品の生産、強化などを毎日行っている。
様々なものを合成し、作り出す錬金炉が部屋の中央に何基か置かれ、壁沿いに、薬品や鉱物、そして様々な物品を合成し、作り出す素となる光り輝く
「なんだよ……。マナフォンあるのにわざわざ?」
という暗いゆっくりとした若い少女の声がして、影が動き、男の方へと近づいた。
影が人の形になる。
銀の長髪の、紫の目の少女だった。顔は煤などで汚れている。が、よく見ればとても美しい顔であった。
他の錬金術師の魔女同様の動きやすく、作業しやすい、錬金術師装束の彼女は、その大きな双眼を細めて、
「なんですか、ラケン様」
となじるように応えた。
ちらと見ただけでは女性と見間違えるようなこともある紫の長い髪を綺麗にまとめた風貌で背高の男子、ラケンは、
「後宮の病院で急ぎの用がある。患者を見てもらいたい」
単刀直入にそう言ってきた。
アルナは即座に感じた。ああまた厄介事だ、これは、と。けれども、自分に指名とはただの厄介事じゃないな。さらにそう思ったので、彼女はすぐに、
「患者? わたしに?」
と返す。少し不平そうな表情を見せながら。
美形の男は重要なことだ、というような真剣な顔で、こう告げる。
「そうだ。錬金術や魔法に詳しいお前の腕と知識を見込んで、後宮のアレーデ妃たちの『病気』を治してほしい。報酬は月六ヶ月分と禁書庫から好きな本を読ませる権利だ。時間がない。さあ、行くぞ」
「……!」
そこでアルナは考え込む仕草をする。
アレーデ妃。後宮の中でも皇帝ラティナ八世の覚え麗しい妃だ。最近男子が生まれ、後宮での勢力は一番強い妃だ。
その彼女に何かがあったのか。ラケンの『病気』という語句の強め方が気になっていた。
それに、報酬だ。六ヶ月分の給料と禁書の権利。ここまでするのは、ただ事じゃない。事態が迫っているということだ。
ふふん、ラケンのやつめ、慌てているな。じゃ、乗ってやりますか。この商談に。
そう思うと、突然ぱあっと明るい表情になっては、
「……行きます行きますゥ! そこまで賞与をいただけるなんてっ! じゃあ、準備しますねっ!」
弾かれたように走り出し、自分の机に置いてある魔杖や道具などを取りに向かう。
ラケンは、
「相変わらずがめついやつだ……。が、乗ってくれたか。時折拗ねるからな。あいつは」
そうため息を吐いては、肩を撫で下ろした。
アルナが自分の机で自分の背ほどある魔杖や荷物などを取っていると、隣から、
「アルナー? お出かけー?」
と若い女性の声がした。アルナが見ると、黒髪、黒目、橙色の肌の女性が自分の机で作業をしていた。
「うん、シズカ。ちょっとラケン様に呼ばれて宮中病院へ」
アルナにシズカと呼ばれた魔女の錬金術師は、
「病院へ? 何があったの?」
と返す。
シズカとは、アルナが生まれ故郷のサレッドから親の言いなりになるのが嫌でラディアスに家出し、そこで宮廷のスカウトという名の人さらいに後宮へ奴隷に近しい身分で放り込まれて以来の同僚であり、錬金術室の他の魔女や他の部門の女子たちとともに、楽しい(?)生活を送っていた。
アルナは黒髪の魔女に少し暗めの口調で、
「なんかアレーデ妃の具合が悪いとかだってさ……」
そう応えると、
「そう、なんだ……」
そう言うと作業をしていた手を止める。
わずかに、左手の薬指にあるものが光った。
その光を知らずに、アルナは暗めの口調を続けながら、
「じゃ、いつものようにあたしの分の作業はこいつにやらせるから」
そう言うと、装束のポケットから何かを取り出す。
手のひらに収まる程度の大きさのそれは、輝きを持った
アルナはそれに力を込めて握る。身体の中にある何かを注ぐように。
すると、クリスタルが青白く光りだした。
光を確認すると、アルナはクリスタルを空中に置くように離した。
クリスタルはそのまま空中に浮き、そのまま光を強めていく。
その光は大きくなり、やがて人の形を取った。
光はやがて弱くなり、代わりに人の輪郭が浮かび上がる。
光が消えた後そこにいたのは。
アルナやシズカたちと同様の錬金術師装束を来た、ブラウンの髪の一人の少女であった。
「じゃ、ヨックル。いつものように作業よろしく。指示は室長などに聞いといて。あとあたしが宮中病院へ出かけること、室長に言っておいて」
そうアルナがヨックルに命令すると、
「わっかりました御主人様ー! じゃ、ちゃっちゃとやっちゃいますねー!」
まるで子どものような様子で部屋の奥の方へと駆け出していった。
彼女はクリスタルの従者。ボーディアット大陸にかつていたとされる謎の伝説的大魔道士マイルデンモウデンによって開発された、人間の意識や身体、記憶などの複製体をクリスタルに収めたものだ。使用者が魔力を注入することで(一時的に)実体化し、戦ったり作業などを行うものである
もともとは戦闘用として、かつての英雄や勇者たちが封入されていたが、時代が進むに連れ民間にも広まり、現代では様々な職業が存在し、日々の生活に使われていた。
今ではマナボットやゴーレムなどとともに、ラティナ帝国の自動化社会の一端をになっていた。
アルナのような魔女や魔道士であれば、ヨックルのようなクリスタルの従者を多数所有しているのは、あたり前のことである。
ヨックルが室長の方へ向かったのをアルナは確認してこう思う。
これでよしっと。ヨックルはあたしよりも働いてくれるからな。
そう胸をなでおろす。見た目よりも大きな双丘を収めた錬金術師装束が揺れた。
それから彼女はシズカに向きなおり、
「じゃ、行ってくるわ」
そう言うと大きな球状のクリスタルがいくつも付いた魔杖を手にし、荷物を入れたリュックやポーチ、アイスラテの入った魔法の水筒などを身につけると、彼女に手を振って、錬金術室の入口で待つラケンの元へと向かった。
「行ってらっしゃい」
シズカは手を振り返して応えた。
それから、小さく笑った。
寂しそうな、しかしどこか嬉しそうな笑顔だった。
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