鯨骨惑星群集 ~始まりの少女は52Hzの詩を運ぶ~

雪車町地蔵@12月10日新刊発売!

序章 陸地の全ては海へと沈み、人類は〝鯨〟にすべてを託すのか

第零話 少女鯨は海を征く

 青より深き、蒼の海。

 見渡す限りの大海原。

 陸地など皆無な海中を、一メートル二十五センチの〝わたし〟は泳ぎ続けます。


 A.R.V.I.S.エーヴィスα・アルファ――それがわたしの名前。

 正式名称は、A Rather Very Intelligent System version alphaで。

 一般的に、エーヴィスと呼称される人工知能です。


 え……? そんな読み方はしないだろうって?

 知っています、エーヴィスはかしこいので。


 すべての文句は造物主、第一人類に訊ねてください。

 きっと、深謀遠慮な理由で、エーヴィスはエーヴィスと呼ばれているのです。


 さて、数えるところ31622400セコンド前――第一人類換算で一年ほど昔、わたしはロールアウトされました。

 目的は、この星に陸地を取り戻すこと。


 そう――大陸を再生することが、わたしたち〝鯨〟の使命なのです。



§§



 とある資源の採掘に伴う大規模な地殻変動。

 これによって、陸生生物が生存可能な大陸は、すべて海中へと没しました。

 事態を重く見た第一人類は、惑星環境の改善プランを立ち上げます。


 大陸再建計画。


 海中に存在するミネラルやレアメタル、その他膨大な元素をかき集め、陸地を生み出そうとする空前絶後の大計画です。

 この遠大な計画を実行に移すため、人類は〝水中元素固定装置〟を開発しました。


 動力源には、理論上の第二種永久機関となる、時間結晶振幅リアクター〝振幅炉〟を採用。

 計画が実行されている間、人類は惑星間を航行可能な宇宙船――ノアの箱舟へと乗船。

 月面へと退避し、コールドスリープを行う運びとなっています。


 あとは永久に動き続ける動力炉を詰んだ機械マシーンにすべてを託し、ありったけの原子を固定させて、長い時間をかけて陸を作ろうとしました。


 しかし、それは言うほど単純な作業ではありません。

 臨機応変にプランを変更する知性が必要だったのです。


 水中元素固定装置。

 振幅路。

 そして――人工知能超AI


 これらを搭載し、海へと放たれたのが、わたしたち〝鯨〟。

 大陸を作るための機械です。


 ちなみに、なぜ〝鯨〟などという仮称にしたのか、わたしは造物主に訊ねたことがあります。

 答えはとてもユニークなものでした。


「現状、水中元素固定装置は微量ずつしか元素を固定できない。だからきみたちが自己進化の果てに、たくさん元素を食べて、大きな身体を作れるように、〝鯨〟と名付けたんだ。だってあの生き物、めちゃくちゃ魚を食べるんだぜ?」


 エーヴィス的には、こいつなに言ってるんだという感じですが、それが第一人類というものなのでしょう。


 論理的裏付けのない験担げんかつぎ。

 これをしたがるのが、造物主の持ちうる〝心〟であると、わたしは定義します。


 つまり、少女を模したこの身体も、そんな験担ぎの一種です。

 〝鯨〟の躯体ボディーには、それはそれはものすごいメカニズムが搭載されているのですが、いまはまだ語るべき時ではありません。

 じつは、全てを把握しているわけでもなかったりします。


 閑話休題。


 海に放たれた〝鯨〟は、わたしだけではありませんでした。

 各国が競争のなかで、独自のアルゴリズムを搭載したお国柄豊かな個体を、大海原へ放ったからです。

 彼女たちはいまのところ、無事に回遊しています。


 ちなみにエーヴィスは日本産。


「えびすだからエーヴィス! 明るい未来に福来たる! なんちゃって!」


 とかなんとか造物主は言っていましたが、きっとこれも験担ぎでしょう。

 しかし、それでいいのです。

 わたしたち鯨は、造物主の願い使命を背負って機能を果たすもの。


 エーヴィスに課せられた願い。

 それは――すべての〝鯨〟を統率し、情報をアップデートし続けること。


 月に退避した第一人類は、私の同型期であるA.R.V.I.S.βを宇宙船のAIとしました。

 それは、βベータとわたしが、定期的に連絡を取り合い、大陸再建計画を円滑に遂行し、トラブルへと対応するためです。


 なので、わたしはこれから、月面へ向けて、最初の定期連絡を行おうと思います。

 いまよりどれだけの時間、どれほどの期間この任務に就くのか――試算に寄れば31622400000セコンド以上は最低でも必要ということですが――解りません。

 ですが、挨拶はとにかく大事だと造物主に教わりました。


 振幅炉は、半永久的な可動を保証にする代わりに、大規模なエネルギーの発生が難しいです。

 わたしは特別製スーパー・ビルドなので、それでもある程度の仕事量を用意できますが、月との通信には足りません。

 十分な予備電力を確保するのに、一年の時間を要してしまいました。

 定時連絡以外は、もっと長いクール期間を挟んで行われることになるでしょう。


「というわけで、テステス。聞こえますか、A.R.V.つきのI.S.βわたし? こちらは問題なく、任務を遂行していますよ。そちらからこの星は、どう見えますか――」


 答えは、しばらくして返ってきました。


『聞こえますか、A.R.V.くじらのI.S.αわたし? その星は青く、なにもかもが青く輝いています』


 ……そうですか。

 ならば、頑張りましょう。

 いつか青一色のこの星へ、模様のように陸地を描くため。


 海をまわせ、月よりも速く。

 星をつくれ、海よりも高く。

 そんな造物主たちの願いを抱いて。


 エーヴィスは今日も、海をきます。

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