第10話 熊の獣人族・ハモンズ

 運搬作業を終えたとほぼ同時に、ハモンズさんが戻ってきた。


「おっ、昼前に終わらせられるとは驚いたねぇ」

「こちらも勉強になったよ。実に有意義な時間だった」

「か、体も鍛えられたしね」

「だっはっはっ! ユーダイはヘトヘトじゃねぇか!」


 楽しそうに笑うハモンズさんの背後には、彼が切り落としたと思われる木が。その大きさはとても人間ひとりで運べるようなものではない。さすがは熊の獣人族といったところか。

 

 しかし、オルティスさんもそうだけど、体力面では異世界の人々にかないそうにないと痛感させられたよ。


「たくさん働いたから腹減ったろ? 昼飯も食っていけよ」

「そ、そんな、いいんですか?」

「おう。気にすんなって」


 朝食までいただいて昼食まで……ハモンズさんは気にするなと言ってくれているけど、なんだかもらいっぱなしで悪いな。

 ――そうだ。


「あの、俺からひとつ提案があるんですが」

「提案? なんだ?」

「夕食は俺にも作らせてください」


 さすがにこのままでは現代日本から来た異世界人として情けない。

 ここで少しは凄いところを見せておかないとな。


 今回オルティスさんに披露するはずだった、とっておき――だけど、親切にしてくれたハモンズさんや村の人たちとにも味わってもらいたい逸品だ。


 おまけにここは林業の村。

 先ほどの作業中、木材とするために倉庫の外へ置かれた伐採されたばかりの木を見て、この辺りに生えているのがもしかしたら常緑樹である可能性が高いと睨んでいた。


 だったら、こいつの出番だろう。

 俺が取り出したのは――燻製器だ。


 何を隠そう、こいつこそ常連となっているアウトドアショップで店員の木下くんからオススメされた逸品。

 

 当然ながら、ただ器具を用意してきただけじゃない。

 この日のために食材の味付けも済ませ、冷蔵庫でしっかり乾燥させてきたのだ。

 きちんと食材にも手を抜かずこだわっているのである。


「なんだ、この道具は。一体何に使うんだ?」

「まあ、見ているといい。きっと我々が想像もしない料理を振舞ってくれるはずだ」


 なぜかオルティスさんは自慢げに説明していた。

 あと、何気に料理のハードルが上がっているのも気になる。

 ちなみに、今回はベーコンをやろうと思っているんだけど、こいつの調理時間には五時間ちょっとかかるので今から仕掛けてちょうど夕食時に完成する予定になっている。


 かなりの長時間になるが、これにはわけがあった。


 今日、俺は……この世界で一泊しようと考えている。

 木材の運搬作業中にオルティスさんがモンスター除けの結界魔法を使えると知って決断したのだ。

 使えないかもしれないから持ってこようか最後まで悩んだ燻製器だけど、まさかこんなちゃんとした村が近くにあるなんて。


 これもまた想定外に嬉しい事実であった。

 おかげで安心して異世界キャンプを楽しめる。

 昼食だが、カゼノ村の郷土料理をいただくことに。


 いろんな食材で出汁をとった薄茶色のスープに村で育てた野菜や、この森で狩った動物の肉を入れて煮込んでいる。

 味はコンソメスープに近いかな。


 ある程度の料理が揃い始めると、何やら視線を感じる。

 よく見ると、村の子どもたちが集まっていた。


 どうやらあの子たちの中には村人以外の人を見るのは初めてという者もいるらしく、最初は警戒していたが、会話を重ねることで徐々に打ち解け、最終的にはみんなも一緒になって食事の時間を楽しんだ。


 その後、俺はカゼノ村の子どもたちに自分が小さい頃やっていた遊びをいくつか教える。


 例えば草相撲。

 森のど真ん中にあるカゼノ村には、さまざまな植物が生えている。

 そいつを利用し、どの植物が一番強いのか決めないかと提案してみたら、子どもたちはすぐに乗ってきた。


 こういう勝負事って好きだからなぁ、子どもは。

 ルールを教えると、みんなあっという間に夢中となった。

 草相撲は単純にパワーがあればいいというわけではないので、男の子も女の子も強そうな葉っぱを厳選しては勝負を挑んでいく。


 すっかりのめり込んだ子どもたちとは一旦別れて、俺は大人たちのトークへと参戦。

 話題となっていたのはハモンズさんの出身地についてだった。


「ハモンズ、この村ではどうやら君だけが獣人族のようだが、もしや出身は別の場所か?」

「まあな。知っているかどうか分からねぇが、俺の生まれはここからずっと北にある白銀の里ってところだ」

「何っ? 白銀の里だって?」


 食事をしていたオルティスさんの手が止まる。


「あそこは他種族との接触を固く禁じていると聞いたことがあるな」

「詳しいな。その通りだ」

「えっ? じゃあ、どうしてこのカゼノ村に?」


 何気なく聞き返してしまったが、もしかしたらあまり触れられたくなかった話題かもしれない。

 俺の暮らしていた世界とは何もかもが違うからな。

 しかし、そんな俺の心配を嘲笑うかのように、ハモンズさんは明るく答えてくれた。


「オルティスの言った通り、俺の生まれた白銀の里は他種族との交流を禁じていたんだが……俺は狭い里だけじゃなく、もっと広い世界を見てみたいと思ったんだ。もう二十年以上前の話だがな」


 懐かしむように語るハモンズさん。

 実は彼がこのカゼノ村にやってきたのは今から三年ほど前で、それ以前は冒険者として世界各地のダンジョンをめぐっていたという。


「獣人族は人間よりも身体能力が高い傾向にあるからな。俺の場合も、パワーに関しては誰にも負けないって自信があるぜ」


 それからハモンズさんは冒険者時代の話をしてくれたのだが、しばらくするとオルティスさんが真剣な表情で質問を投げかける。


「先ほどから君の話を聞いていてもしやと思ったのだが……拳のみで巨岩を砕くことから【剛腕】と呼ばれていた冒険者ではないか?」

「なんだよ。やっぱり俺のこと知っていたんじゃないか」

「いや、私が知っているのはその異名と、強者であるという評判くらいだ」


 冒険者ではないオルティスさんでも知っているって、何気に凄くないか?


「ひょっとして……ハモンズさんって有名な冒険者なんですか?」

「世界をまたにかける一流の冒険者であり、攻略したダンジョンの数では世界でも五指に入る実力者だったと聞く」

「えぇっ!?」


 とんでもない実績じゃないか、それ。

 ハモンズさんってそんな凄い冒険者だったのか。

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