レスと神さま(仮) ②
しかし、ひょんなことからレスはこのコインの力を知った。
ある日、いつものようにいじめっ子のギルに虐められていた時のこと。
煙突掃除の仕事をしていることがばれてしまい、それをネタにからかわれていた。
「煙突掃除なんてよくやるな。それならどれだけ体が汚れても気にしないって事か!
きったない奴だな!!」
そういうとギルは腕を組み、小汚い物を見るような目でレスを睨み付けた。
「ちょうどいい。お前がどれだけ働けるか見せてみろよ。凄く働けてたら俺の子分にしてやる」 と、
何故か自慢げに鼻息を吹いた。子分になってもこっちは嬉しかない。
そう反論しようとしたのだが、レスが言葉を口に出す前に子分のエドとリックの双子に腕をつかまれ、
煙突に掛けてあるはしごの前に連れられてしまった。
はしごの前で乱暴に腕を放されると双子はレスの退路を断ち、上るように顎で示した。
しぶしぶレスは、はしごに手をかけ上り始めた。3分の1ほど上った辺りからギル達がニヤニヤし始めた。不思議に思い少し止まるとそれに気づいたギルが大声でまくし立てた。
「こっち見てんじゃねェよ煤被り!!とろすぎるぞ!さっさと上れ!!」
罵声を浴びせ、しっしと追い払う様にギルは手を振るが、
三人は相変わらず企み顔でレスの方を視ていた。
…気にしてもきりがない。レスは気持ちを切り替えて振り向くことなく上り続けた。
半分より少し手前。どうやら、今日の上空は風が強いらしい。
はしごを一つ上がるごとに風は吹き、ごうごうと耳を冷やし体を切り裂くように通り過ぎる。
いつにも増して揺れが酷い。確実に確実に、踏み外さないよう振り落とされないよう慎重に上る。
すると半分を過ぎた時、一段と強い風が吹いた。風ははしごを浮かし、慌ててレスは前に体重をかけてはしごが外れないように、必死に身を丸めた。2,3秒のことだっただろうか。
風が弱くなり、バクバクと胸打つ心臓に冷や汗を感じながらレスは深く深く呼吸をした。
――と、その時―― 風とは違う振動をしたから感じた。
次の瞬間、風ではしごがほんの少し浮いた時とは違い明らかに煙突からはしごは離れた。
一瞬の焦りを感じたさっきとは違い、恐怖が体の端まで突き抜ける。戦慄した。
背中は引っ張られ、足は宙に浮き、最後に残されていた手も汗で滑り離れた。
地上から15m。たった12歳の子どもが宙に放り出された。
地面に着くまではたった数秒のことだろう。しかし、レスにとってみれば刹那が長すぎた。
目に焼き付く景色は極彩色のように色濃く、パノラマのように端から端まで鮮明に刻み込まれ、
脳にこれが最後の記憶だと突きつけられた。
―死にたくない― 意識は一つに纏まっていた。
―死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない!!!!!!!―
縋るように、もがくように、一つの言葉を連呼していた。
引きつった喉から声は漏れもせず、脳内に反響する。
―死にたくない!! 死にたくない!!!!―
景色が歪む。雨が空へと流れる。背中に終着点を感じる。
―生きたい!!!!!!!!ー
瞬間、レスの胸が焼け世界は灰色と化した。
レスの胸は淡い紅玉のように輝き、痛みとなり胸を焼いた。
周囲はモノクロに染まり、風を切る音が消えたどころか全ての音が消えた。
レスは意識があった。意識はあったが体を動かすことはできなかった。
ただ、少しずつ少しずつ体にかかっていた強い重力と緊張で固まっていた体がほぐれていった。
力が抜けきると同時に、世界は色味を帯びていった。青、緑、黄色…そして赤。
全てが元の色に染まると同時に、レスは再び下へと引っ張られた。目を瞑る。
――ドンッッ。衝撃。痛い。…痛い?
レスはゆっくりと目を開いた。意識はある。
それどころか、背中はほんの少し痛いだけだった。
まるで、ベットから転がり落ちたくらいの少し息を呑むだけの衝撃…。
日常にたまにある、ちょっとしたアクシデントのような痛み。
生きていた。レスは驚いていたが、すぐ傍に立っていた3人組は女の子のように泣き叫んでいた。
ちらっと眺めてみると、いつも威張ってるギルが乙女のように唇に指を当て、双子は接着されたように抱き合っていた。3人とも気が動転しているようで、足が固まったまま喚き騒いでいた。
その姿を見てレスは呆れたのと同時に、落ち着いた。
…生きてる。 改めて仰向けになった状態で煙突を眺めると、
その存在は立ってみるよりも更に威圧的だった。この巨大な物体の半分から自分は落ちた。
そう考えると、ひしゃげた自分の姿が脳裏に浮かんだ。
嫌な想像をした瞬間、飛び起きた。意識があるだけじゃないことを確認したかった。
手を握り、足を立て、首を回す。…どうやら意識だけじゃなく体も無事なようだ。
レスが起きたことに3人は更に悲鳴を上げ、あげくにギルは気絶した。
…どうして生きているんだろう。
レスは疑問と共に、胸の中心が焼け焦げていることに気がついた。
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