正直者の目隠し

 馬が歩き出す。

  

「あ、これ、先に返しておきます。ありがとうございました」


 差し出したのは憂炎の首飾り。名残惜しくないといえば嘘になるが、若樹に持つ資格はない。素直に本来の持ち主に手渡す。

 

「はい、確かに。ありがとうございます」

「いえいえこちらこそ! お陰でええ夢を見ることができました……!」

「それは何よりです。どんな夢を見たのですか?」

「そりゃあ勿論憂炎様の夢です〜! 一緒に遠乗りに行ったり買い物行ったりと、ほんま幸せでした……! ……その分、目が覚めたら憂炎様はもうおらんの思い出して泣きたくなりましたけどね……」

「実際泣いたのでは? 目が赤いですよ」

「あ……」


 す、と音操の指が若樹の目元に触れる。

 化粧で隠していたがその通り、目を覚まして夢だったのかと愕然としてちょっと泣いている。言い当てられたのと、覗き込むように近付いた整った顔にドクンと心臓が高鳴る。

 

「ん、んんっ!!」

「おっと。失礼しました」


 御者の大きな咳払い。第三者の存在を思い出し、かあ〜! と若樹の顔は熱を帯びる。同じく咳払いに反応して離れた音操は、何故か笑みを称えていた。


「ふふ、初心で可愛いらしい反応ですね」

「う、うら若い乙女に軽々しく触れてからかったらあきまへんよ、音操様! あたしじゃなかったら恋に落ちてまいますからね!」

「おや、若樹様は私ではご不満ですか?」

「まさか! 滅相もございません! 音操様に不満は一切ないんやけど、あたしの好みピッタリは憂炎様なんで!」

「そうですか」

「…………………………?」

 

 なんだか不自然を覚える。若樹の記憶では、音操は常に冷静沈着で滅多に笑わず、他人に対して壁を作るキャラだった。

 しかし眼の前の彼は、若樹に気を許した様子で、何がそんなに面白いのかニコニコ、ニコニコと嬉しそうに笑っている。

 

(……争いが終わって気が抜けたんかな?)

「……そろそろ都を出ますね。申し訳ないのですが、場所を知られたくないので若樹様には目隠しをして頂きます。ご容赦ください」

「あ、はい、全然構いません。一応あたしも目隠し持ってきてましたんで付けますね。二重に付けたらばっちり見えへんから、音操様も安心でしょ」

「わざわざ持ってきたのですか?」

「絶対バラさないって約束しましたやん。音操様も持ってくるかとは思ったんですが、あたしなりに誠意と努力もお見せしたいと思いまして」

「……貴女は、本当に、真っ直ぐな方なのですね……」

「はい? 何か言いました?」

「いえ、何も。では、こちらも失礼しますね」

 

 自ら持ってきた手拭いで目隠しをしていた若樹は、音操の声を聞き逃したが、音操は繰り返すことなく、若樹が施した目隠しの上から更に布を巻き付ける。

 

 結果、若樹の視界は僅かな明るさだけでほぼ真っ暗闇と化した。

 

 そんな中、居場所を悟られないようにか、それとも若樹が不安にならないようにか、音操は何かと話し掛けてくる。若樹はそれに応えつつも、視界の暗さと穏やかに揺れる幌馬車の振動に、睡眠不足で電車に乗っていた時を連想していた。

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