エルフの冒険者が笑う世界に、魔王はもういない
霧島 高
第1章 冒険者ロイ
第1話 エルフとの出会い
「かつて世界は魔王に支配されていた。人間はすべて奴隷であり、すべては魔王のために存在した」
「だがある時のこと、神に選ばれし勇者たちが現れて、人間をその支配から解放した」
「勇者たちは人間の国を興し、それがいまの国々の起源である」
この世界に生まれたなら誰だって聞いことがあるだろう。もちろん僕だって聞いたことがある。教会に行けば誰でも聞ける話。
そして小さな子どもが悪戯をしたときは、その親はその子を叱りつけるときにこう言うのだ。
「そんなことばかりしていると、魔王がやってくるぞ」
魔王は倒されておらず、今も世界を再び支配しようとしている――これも教会の伝える逸話。
――だけど、そんな話はきっと僕には関係ない。
かつての勇者が興した国の一つ、大陸の東端に存在するフィブス王国でどこにでもいるような冒険者として日々暮らしている僕は、その日の昼下がり依頼報告のためギルドにやってきた。
冒険者ギルド、フィブス王都支部。その中はいつもどおりだった。
つまり――閑散としている。
正直なところ、ここの冒険者ギルドは人気がない。
冒険者は魔物討伐を好む。その素材が高く売れるからだ。
それに魔物を倒すこと自体が依頼となっていて、場合によって多額の報奨金が出る。
フィブス王国は国土の大半が森で、魔物は基本的に森に発生する。だから王国には魔物が多い。普通に考えれば、ギルドはもっと人気があっていい。
ところが、そうはなっていない。
なぜならフィブス王国は魔物の数が多すぎたから。
そのせいで冒険者では討伐が追い付かない。
ではどうするか。
冒険者がだめなら、軍隊しかない。
つまり王国軍自身がそれを討伐しているということ。大陸で最強といわれるフィブス王国軍には、魔物討伐専用の部隊すら存在し日々その職務を全うしている。
だから他国ならばあるはずの国家からの魔物討伐依頼が、フィブス王国の冒険者ギルドには存在しない。
そのためこのギルドで受けられる依頼は、地味なものが多い。街中の掃除依頼だったり、別の街への配達依頼だったり。
いいところで商人の護衛依頼があるぐらいだ。それだってそもそも屈強な王国軍の存在があるのだ。危険度が低く報酬も少ない。例外は他国への行商の供ぐらい。
でも僕にとって、この王国は都合がよかった。
なぜなら――。
「はい、ロイさん。お疲れ様です。無事依頼達成ですね。あとは、ええと、いつもどおりでいいです、よね?」
「ああ、はい、大丈夫です。依頼主さんのところには、直接持っていきますよ」
僕が得意なのは、森での採集だから。
――正直、戦うのは苦手だ。
――そして、パーティを組むのも苦手だ。
(早く持っていこう)
薬草は鮮度が命。といっても、人間ならだれでも使える魔法を使えば、鮮度を保つことはできるので、そんなに急ぎではないけれど。
そう、魔法。
世界には
これも、小さなころにみんな教えられることだ。
そして、人間はみんな魔法が使える。誰もが使える簡単な魔法。生活魔法と呼ばれているそれは小さな火を起こしたり、コップ一杯分の水を生み出したり、そよ風を吹かしたり、小さな光を灯したり、植物が枯れるのを少しの間防いだりと多種多様だ。
効果は大したことはない。小さな火は薪を用意しないとすぐに消える。水も一日に何度も生み出せるわけじゃない。風は涼しくなるほどじゃないし、光は足元を薄く照らせるぐらいの小さなもの。鮮度を保つのだって限度がある。
でもこの魔法のおかげで便利に暮らせる。僕だって薬草がすぐに枯れてしまったら、冒険者としてやっていけない。
そんなことを考えながら、馴染みの錬金術師の店へ向かうためギルドを出ようとした。採取した薬草はギルド経由で届けてもらうこともできるけど、僕はいつも直接もっていくことにしている。
そう思ってギルドのカウンターを離れ、併設されている酒場を抜けて出口に向かっているときだった。
「おぬしに話がある」
声をかけられた。
(えっ?)
そんなことはありえないはずだ。
(僕がこんな場所で、誰かに話しかけられるなんて)
僕は驚きのあまり立ち尽くした。ああ、でも。僕じゃない別の誰かに向けてかも――。
「聞いておるか、そこの」
でも、やっぱり呼ばれているのは僕らしい。
恐る恐る僕は声がしたほうを振り向いた。
――誰もいない?
「こっちじゃ」
声は目線よりも下のほうから聞こえてきた。
視線を少しおろす。
そこに彼女はいた。
「何を驚いておる」
そこにいたのは小柄な少女だった。童顔といっていいかわいらしい顔に、ふんわりとした煌めく銀髪。透き通るような白い肌。そして特徴的なのは、その少しとがった耳。
つまりエルフだ。
(――初めて見た)
それこそ御伽噺の存在だ。もちろん実在しているのは知っている。滅多に見かけることのない、人間以外の種族。
「おぬしに少し話がある。そこに座るがよい」
「え? あの……?」
「よいから座れ」
「は、はい」
何とも言えない圧を感じ、僕はそれに従う。
近くにあったテーブルを囲む椅子の一つに、若干戸惑いを覚えながら座る。食事の最中だったのだろう、食べかけの料理が並んでいた。
そして向かいの席には、満足そうな表情で彼女も座った。
「そんなに緊張せんでよい。なにも取って食おうというわけではないからの」
少女は、かかかっ、と笑い、テーブルに肘をつく。冗談のつもりだろうか。
「あの、それで。いったい、話というのはいったい……?」
声をかけられたことに心当たりはない。あたりまえだけど、彼女とは初対面だ。
だけど、少し思い出した。
(僕がギルドに戻ってきたときには、気づかなかった)
閑散としたギルドの酒場で、エルフが食事を取っていたら普通気が付くだろう。しかもテーブルの隣を通ったはずだ。
料理の様子からしてさっき来たばかりというわけでもない。
「まあその前に、わしも食事の途中じゃ。おぬしも何か注文せい。ああ、支払なら気にするな、おごってやるぞ」
「いや、でも――」
「素直に聞いておけ。おぬしにとってはわしは大先輩、というわけじゃ。そのわしが声をかけたのに、おごらないわけにはいくまい。わしの沽券にもかかわるでな」
とりあえず、ここは従っておくしかない。
「わかりました。えと……ありがとうございます」
僕がそう答えると彼女は店員を呼び、適当に料理と飲み物を追加で注文する。
その様子を僕は現実感なく眺めていたと思う。
「わしの名はアイリナーシャ。いわぬでもわかると思うが、冒険者じゃ」
「……僕はロイです。その一応確認なんですけど、アイリナーシャさんは、エルフ、ですよね」
「うむ。だからといってそう畏まらんでいい」
「そのアイリナーシャさんは――」
「わしのことはナーシャと呼ぶのじゃ」
「えっと、ナーシャさ」
「ナーシャじゃ」
「……ナーシャ。あの、僕何かしましたか?」
そのエルフは根負けした僕に、にこりと笑いかけた。
「まあ、そう警戒するでない。少しおぬしに頼みがあるだけじゃ」
「頼み?」
彼女の穏やかな調子からトラブルではないとは思うが、僕は少し緊張する。
だけどそれと同時、ふと思いついたことがある。
(エルフの冒険者? アイリナーシャ? それって……)
僕は彼女のことを知っている。いや、冒険者なら一度は聞いたことがあるはず。
Sランク冒険者。その二つ名は、
「『剛拳』」
気が付いた時には、そう呟いていた。
「ふむ、試してもよいぞ」
握りこぶしをつくり、前に突き出す彼女。
見た目には、まったく似つかわしくないはずなのに、
「……遠慮します」
きらりと悪戯っぽく笑う彼女の瞳に、僕は本能的な恐ろしさを感じた。
「なんじゃ、つまらんのう」
はぁやれやれ、といった感じで首を振るアイリナーシャ。
彼女のその姿は誰かに似ているようで、
「ともかく、話を続けるかの」
でも、気のせいだと思った。
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