第16話 ささやかだが、大きな願い
かつての”蒔き人”の騎士である、集落を束ねる”親方”と”赤鬼”の情報によって、この国は、隣国の同時多発の略奪行為によって、王族が国を捨てて亡命してしまい、瓦解した事が分かった。
王族については『亡命先で、毒殺された』との情報もあったが、真偽を確かめようとする者は、この国にはもう居なかった。
多くの住民が略奪行為の犠牲となり、女達や幼い子供は連れ去られて行った。
家を焼かれ、集落を焼かれ、男達は多くが物言わぬ躯となった。
それでも、逃げ延びた者達は居た。
妻や子を守り、渓流の奥の洞や、山奥の炭焼き小屋に潜んで、どうにか生き延びた者達がいた。
だが、人の心は荒み切っていた。
生き残った妻や幼い娘や子供を狙う同胞と、父親は戦わねばならなくなった。
少ない食料を奪う為に、殺し合う事態が頻発した。
王家の子飼いの多くの貴族達や、兵士や騎士が暴徒化する中で、かつて”蒔き人”の候補として選ばれながら、適性がない為に騎士となった者達が、立ち上がったのだ。
彼等”蒔き人”の騎士は、誰よりも食料の大切さを知っていた。
富や財宝があっても、食料が無ければ人は生きられない。獣を狩り尽くしてしまっては、飢える事になる。作物を育てなければ、飢えは無くならない。
彼等は、血眼になって残った”種”を探した。
焼け落ちた廃屋の中から、焼け残った”種”を探して回った。
収穫されずに忘れられていた、小さな芋や、落ちた豆を拾って回った。
食料を奪おうとする有象無象の衆と戦い、かつて王家の騎士仲間であった者達と戦い、かつての兵士と戦い、次代の”種”を守る努力を続けたのだ。
野草を刈り、花の球根を掘り、毒のある作物から毒を抜いて、あらゆる食物の食べ方を、生き残りたいと教えを乞いに来た者達に教えていった。
そこには、自然と人が集まり、ささやかな集落を形成し始めた。
その集落の民を守る為に、”蒔き人”の騎士は戦った。
”蒔き人”の騎士が守る集落は、各地に出来上がっていった。
町から離れ、畑作に向いた土地に、そんな集落を構えた。
『春になったら、老師達”蒔き人”が、種を持って、必ずどこかに現れる筈だ。』
そう信じて、”蒔き人”の騎士達は、老師がどの方角の集落に現れてもいいように、連絡を取り合った。
そして、遂に、老師とおぼしい老人が現れた。
しかし、再起不能になる程痛めつけられた住民が残され、集落に運びこまれて来た事態に、”運び人”の騎士は、絶句した。
『これ程の容赦無い行いを、老師にさせるには、それなりの理由があった筈だ。』
”親方”と言われて、頼りにされていた自分が、恥ずかしかった。
生き残った住人に、よくよく話を聞いた所、まだ幼い”蒔き人”の弟子に危害が及ぶ可能性があったと分かった。
『あの老師であれば、こうするしかなかった。』
そう思った。
錆びた農機具に刺されれば、助からない。あの武器に傷付けられた者が、苦しまずに死ねる訳がないのだ。傷の奥から膿み、酷い痛みを伴って、数日から数週間かけて苦しみ抜いて死んでいくのだ。
作物を耕すべき道具を、人に向けて、武器として使ったのだ。
『老師は、悲しかっただろうな。』
『あそこに居た住民は、皆同罪だ。私も含めて。』
”親方”と呼ばれて、何かを間違ってしまっていたのだ。
あの時の住民は、人里離れた場所で、赤鬼がとどめを刺した。
壊れた肩の骨が治る事はない。その痛みの激しさから、早く開放してやる方が本人の為であった。
砕けた膝の関節の出血が、脚全体を腫れさせていて、その血が腐れば、数日後に苦しみながら死ぬ事になる。今のうちにその痛みから解放してやるのが、本人の為であった。
腹を深く刺された者は言うに及ばず。真っ先に、赤鬼がとどめを刺した。
1人、生き残った者が、怨嗟の言葉を並べ立てた。
赤鬼が『どんなに農機具が大切か』、自分達が行った行為の間違いの数々を正しても、聞こうとしなかった。受け入れなかった。
親方と赤鬼は、彼を追放した。
『自分も間違っていたかも知れない』と思えない者に、救いはないのだ。
誰しもが、失敗する。間違いを犯す。
失敗した後で、学び、考え、より良い方向に進んで行く事が大切なのだ。
これは、老師から授けられた教えだ。
考える事。学ぶ事。より良い方法に向かって進む事。
そして、何よりも大事なことは、”生きる”こと。
その日、片腕の”蒔き人”の騎士は、老師と若い弟弟子を、集落に近い、ある場所に案内した。
そこには、ささやかながら、耕された畑があった。
きれいに整えられた畑のあちこちから、小さな芽が、地面の土を割って顔を出していた。
「すばらしい!!」
老師は、心から喜びの想いを叫んだ。
「種を、色々持って来たんだ。少し時期が遅くなったが、我らが蒔くんだ。大丈夫!ちゃんと育つ!」
老師は、畑の各畝の間を、踊るように歩く。
出て来た芽に、”まじない”を掛けているのだ。
「波差!多羅! お前達も、早く願え!」
この春、11才になったばかりの2人の”蒔き人”は、師匠の真似をしながら、畝の間を踊るように歩いて回った。
波差には、背に負って持って来た”種”の数々が、喜んでいるのが、背中ごしでも感じられた。
「今夜、種を水に浸して、目を覚まさせよう。そして、明日、蒔こう!!」
「いいな!」
多羅も笑顔で同意した。
嬉しそうな、2人の笑い声が、風に乗って、集落の住人の元に届いた。
春の風が、集落全体を吹き抜けていった。
希望の”種”が芽吹く日は、もうすぐそこまで来ていた。
老師の背中 於とも @tom-5
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