第14話 邂逅
街道の埃っぽい風の舞う一角で、のんびりと座って、老師と波差と多羅は、炒った豆をサカナに、水で喉を潤していた。
「それにしても、誰も通らんな。」
老師が言った。
「必ず襲われるんだから、こんな道は、避けて行くでしょうね。襲って欲しくてわざわざやって来た僕等が変わり者なんですよ。」
いつになく、辛辣に波差が言う。
ちょっと離れた場所から、こちらの様子を伺っている(見張っているらしい)1人の髭面の痩せた男が、炒り豆を物欲しそうに眺めて、喉を鳴らしている姿が可哀そうな風情だった。
大事な食料なので、気軽に分けてやるつもりは無い。
もしかしたら、老師一向にとってこれが最期の食事になるかも知れないのだから。
波差も多羅も、味わって、しっかり噛んで、飲み下した。
気楽に構えているのは、老師だけだ。
一番弱い波差は、考えに考えていた。
乱闘にでもなれば、自分は足手纏いだから。
『”種”だけは、何としても託したい。いきなりの格闘になる事が、最も避けたい事態だ。穏便に話し合える事を、願おう。』
波差は、真剣に願った。
道の先から、物々しい一団が、ゆっくりと歩いて来るのが、立ち昇る砂埃で分かった。どうやら、大人数でやって来たらしい。
見張り役の男が、ほっとしたように立ち上がった。
老師は、器の中の水を、おいしそうに飲み干した。そして、服の裾で丁寧に拭き上げてから、革袋の中の定位置に押し込んだ。
波差と多羅も、師匠に習って、最後になるかも知れない水を、味わって飲んだ。
それぞれが、大切に背負って来た、”種”が入った革袋を、体に密着するように負い直した。激しい動きをしても荷が負担にならないように、脇の紐をしっかりと締め込んだ。
身支度が整ってから、老師が先頭に立ち、次に多羅が老師の背に添った。そして、波差を守るように、賊の視線から波差を隠した。
賊の一団は、悠に20人は居るようだった。ゆったりと隙なく歩きながら、間合いを取って老師達一行をゆったりと捕り囲んだ。
多勢に無勢の余裕の構えだ。
賊の中の1人が
「えらく綺麗なあんちゃんを連れてるじゃないか。」
波差を見ながら、そう言った。
「この見た目なら、良い客が付く。そいつを渡せば、お前等は見逃してやってもいいぜ。」
賊の中から、卑下た笑いが起こった。
その嘲笑に、多羅が歯を食いしばった。波差は無表情を貫いた。
「今は女が少なくてな。見目がいいなら男でも十分稼げるぜ。若いと尚いい。」
賊の皆がやいやいと同意しながら、いやらしい笑い声をあげる。
賊の中で、笑っていないのは、頭と思われる大柄の隻手の男と、その脇に控えた赤毛が特徴的な大太刀を腰に携えた大男だけだった。
「その手の下品な戯言を、儂の大事な弟子の耳には入れんでもらえんかな。」
老師は、不機嫌をあからさまに表に出して言った。
「おお、おお、爺さんが偉そうに。弟子ときたか!」
尚も賊達が侮蔑の態度を露わに示して、嘲笑をやめなかった。
その様子に、波差は穏便に済みそうに無い事を悟った。
多羅が一歩、足を後ろに引いた。
「多羅!!悪い癖が出ておるぞ!!」
老師がそう、弟子をたしなめた時には、身近に居た軽口を叩いていた賊の体が、道の脇に吹き飛んでいた。
老師が目にも留まらぬ速さで、蹴りを見舞っていたのだ。
賊達は、何が起こったのか理解出来ずに、ポカンと飛ばされて伸びた奴を見ている。
老師の足元に、今になって土埃が舞った。
やおら、取り囲んだ賊達が身構え始めた。
目くばせを交わし、間合いを詰めるタイミングを計り始めた。
多羅が波差から一歩離れた。万が一にも、自分が波差に怪我をさせない為に間を取ったのだ。波差も、いつでも動けるように、両手の力を抜いた。
老師は、なんの構えも取らず、だらりと全身の緊張を抜いた。
『うわ~。師匠、本気で怒ってる。』
波差と多羅は、師匠の背中から立ち昇る怒気を見た。
賊達が、一斉に飛び掛かろうと、地を蹴る瞬間。
「待て!!」
雷のように激しい声が、発せられた。
隻手の、賊達の頭の”親方”と呼ばれている者から発せられた声だった。
賊一同は、弾かれたように動きを止めた。親方のこの怒りの声は、皆を震え上がらせるのだ。
『親方が、自ら制裁を加えてくれるんだ!』
賊達の顔に、喜色が浮かんだ。
ゆっくりとこちらに向かって歩いて来る、親方の無表情に、賊達は内心の歓びを隠そうともしない。
親方のすぐ後ろの赤毛の大男”赤鬼”が、腰の大太刀を、鞘ごと利き腕と逆の手に持った。親方の歩調に合わせて、ゆっくりと歩いて行く。
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