輪廻-弍
琥珀色に変化した巫女の瞳が、静かに鬼を見つめ
長く艶やかな黒髪が、生成(キナリ)色へと染まっていく。
それから仰向けで浮いていた身体を起こし、凛として空中に立った。
「──…」
彼女の黒衣がふわりと巻き上がると、その裾から現れたのは
幻想的に長く伸びる──九本の白尾だった。
「巫女がっ…巫女が変化した……!?」
下から見上げる玉藻は、一連の現象に呆気にとられた。
彼女の肩を借りて立つ影尾(カゲオ)も、同じ反応である。
「巫女のあの姿は、" アレ " は、人間じゃない…!
そうだ、モノノ怪だ…!巫女の正体はモノノ怪だ」
影尾は目を大きく見開き、声を震わせる。
「しかもあの姿は…! オレたち狐族の最高位っ…。
千年生きた狐が修行の果てにたどり着き、神の遣いとして霊的な力を得たとされる存在…───」
・・・・
「天狐(テンコ)だ」
花街に集まるモノノ怪たちのざわめきが頂点に達した。
驚きに恐怖と畏怖が入り混じり、彼らは宙に浮く天狐の姿に圧倒される。
「天狐っ……だと……?」
壁に押さえつけられて巫女の姿を見れない大蛇(オロチ)も、周囲の声を聞いて耳を疑う。
「バカバカしい、天狐は天界にいるモノノ怪だ。それが何故っ…人間の巫女に化けていた……?──…まさ、か、待て
まさかこの気配……!八百年前の、あいつか?」
信じようとしない大蛇だが、頭上に浮遊する天狐の気配に、彼は覚えがあった。しかしそれこそ、ありえない。
「鬼界を追放された狐が今ごろになって戻るわけ…!」
大蛇は式鬼(シキ)の手を払いのけ、巫女の姿を目に入れた。
「──…!あいつは」
…そして確信する。
目の前で起きたこの現象は──まさに奇跡と呼ぶにふさわしかった。
しかし、動揺するモノノ怪たちを見下ろす巫女の目は、まだぼんやりと定まらないでいた。
そんな彼女は雑踏の輪の中に鬼の姿を見つけ……彼をじっと見つめた。
「……?」
「降りて来い」
鬼が彼女に命じる。
すると、彼女を包む光の泡がひとつひとつ離れていき、浮遊していた身体がゆっくりと降りてきた。
風をまとい鬼のもとへ降り立つ。
小さな裸足が地面にそっと触れた。
「わたしは………?」
巫女は真っ直ぐ鬼を見つめ、小首を傾げて言った。
「どうして……まだ生きているのでしょう……?」
鬼の心境などつゆ知らず、彼女の声は無垢で穏やかだ。
鬼は彼女のもとへ歩み寄り、両手でそっと触れた。
生成色の髪に指を通し、頬に触れる。
「……」
「あのっ…すみません。わたし、何がどうなっているのか検討が…」
巫女本人も戸惑っている様子だが、すべてを察した鬼は何も教えてやろうとしない。
ただ彼女の存在を噛みしめようと…触れた指を滑らせた。
体温が戻った彼女の頬は柔らかく、温かい。
巫女は長い睫毛をパチパチと瞬かせ鬼の顔を見上げていた。
「あの……?」
「……」
「もしかして、泣いて」
「黙れっ…」
「……っ」
ギュッ.....!
鬼は身を屈め、巫女を抱き締めた。
「今の俺の顔を見ることは……誰であろうと許さぬ……!」
銀色の髪に隠された裏で、鬼は唸るように言った。
彼の声は少し苦しそうに聞こえる。
抱きつかれた巫女は、置き場のない両腕を相手の肩に回した。
九つの尾が、まるで彼を守るようにそっと巻きつき、柔らかで温かな光を放つ。
そして──…幸せそうに目尻を緩め、巫女は微笑んだ。
───…
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