蛇との取り引き *
「嫉妬したか?」
鏡を前に押し黙る巫女に、大蛇(オロチ)がニヤリと笑いながら問う。
赤い縦長の瞳が、薄暗い地下の部屋で妖しく光った。
巫女は一瞬息を呑み、慌てて否定した。
「そんなコトがある筈ありません」
彼女の声は動揺が滲んでいた。大蛇の言葉は、彼女の心に潜む鬼への複雑な感情を揺さぶる。
「まぁ怒るなよ。もう少し鏡を見てみたらどうだ?」
「?何を見ろと…──」
大蛇は軽薄な口調で促し、巫女の視線を天哭ノ鏡へと導いた。
彼女は躊躇いながらも、鏡の輝く表面に目を向ける。
瞬間、鏡に映し出されたのは都(ミヤコ)の様子だった。
「これは……?」
だが、そこは彼女が知る華やかな都ではなかった。
瓦礫が散乱し、かつての堂々たる門は崩れ、朱塗りの柱は黒く焼け焦げている。町屋の屋根は半ば落ち、道には折れた車輪が転がり、風に舞う灰が空を濁らせていた。
都は、まるで戦乱の爪痕に蹂躙された廃墟と化していたのだ。
「どうして町がこの様な惨状にっ…?」
「町だけじゃないかもよ?」
鏡の場面が揺らぎ、今度は近くの里の光景が映し出された。
村からは農家の娘たちが手に縄をかけられ、うなだれて列をなしている。馬に跨った武士たちが、冷たい目で彼女らを監視しながらどこかへ連行していた。
民家からは、母親にしがみつく子どもの泣き声が響き、引き離される親子の悲鳴が空気を切り裂く。里の道端には、打ち捨てられた農具や割れた水瓶が散らばり、かつての穏やかな暮らしの痕跡は踏みにじられていた。
「いったい何が映されているのですか!?」
巫女の声は震え、混乱が色濃く滲む。
「大きな戦があったのですか? 都は? 帝(ミカド)は無事なのですか!?」
大蛇は可笑しそうに笑い、彼女の動揺を愉しんで説明してやる。
「あんたが鬼に囚われてから、都は
「そんなっ……そんなわけありません」
巫女は首を振った。彼女が鬼に囚われたのは、ほんのひと月前のことだ。
そんな短い間に、都が攻め滅ぼされているだなんて。
「知ってるだろ? あんたらの住む人界と、ここ境界じゃあ、時間の流れが違う」
大蛇の瞳が嘲るように光る。
「人界では、もう一年以上が経っている」
巫女の顔から血の気が引いた。
「ではっ…都の周りに住む人々はどうなったのですか!?」
「戦だぞ? 王のマントが別の
大蛇の口調は相変わらず軽かったが、その言葉は冷たく彼女の心に突き刺さった。
鏡に映る里の光景が、彼女の胸を締め付ける。子どもの泣き声、焼け落ちた家々、連行される人々の絶望的な表情──それらが、彼女の決意を強く揺さぶった。
(急いで帰らなければ…!)
鏡を前に、巫女は選択を迫られた。境界を抜け出し、一刻も早く人界へ戻らなければならない。
その為には──?
抜け出す方法を模索し、彼女が躊躇いを見せた時である
「俺が助けてあげようか?」
「……っ」
背後から、音もなく忍び寄る大蛇(オロチ)の声。湿った、まとわりつくような声が彼女の耳を這った。
彼はゆっくりと近づき、巫女の首筋を指で撫でた。邪悪な笑みを、青白い顔に浮かべて。
「人界へあんたを送ってやる」
「そ、そんな事ができるのですか?」
巫女の声には警戒が滲む。
大蛇は余裕の態度で答えた。
「この境界の結界は、人間の出入りを禁ずるものだ。俺たちモノノ怪には影響しない」
そう話す相手の提案に、巫女は目を細めた。
(このモノノ怪の目的が掴めない)
彼女が疑念を抱いていると、大蛇の指が、彼女の首筋をゆっくりと這う。
「その代わり……あんたの身体を味見させなよ」
「……!?」
その言葉に、巫女の身体が硬直する。彼女は瞬時に身をひるがえし、彼の手から逃れた。
恐ろしかった。
「ふざけた事を言わないで!」
「おいおい、喰わせろって意味じゃないぜ?」
大蛇は彼女の反応を可笑しそうに笑った。
同時に、じろりと全身を流し見る。巫女は思わず着物の合わせを掴んだ。
「鬼王が執着してるその身体……遊びたくなるのもわかるだろ?」
「……っ」
穢される。
巫女は即座に逃げ出した。
石階段を駆け上がり、冷たい空気を切り裂くように走る。
「きゃっ…!?」
だが、階段を上りきったところで、足元にヌルリとした感触が絡みつき、彼女はうつ伏せに倒れた。
片足を見ると、銀色の鱗を持つ蛇が巻き付いている。
ズルッ.....
「ひっ…」
「話の途中で逃げるなよ」
ゆっくりと後を追ってきた大蛇が、横たわる彼女の隣に腰を下ろした。
「人界が心配だろう? ちゃんと送り届けてやるから」
「そんな戯言っ…信じられません!」
「ハハハッ、悲しいね。なら誓いを立ててやってもいい」
「誓いを…!?」
大蛇の赤い瞳が、彼女をじっと見つめる。巫女も思わず見つめ返した。
「そんな…っ、本気なのですか?」
「当然だろう。俺たちモノノ怪は嘘をつかない──…人間と違ってな」
「……っ」
巫女の身体が震えた。
悔しさとおぞましさで、涙が頬を伝う。
彼女は唇を噛み、目を閉じた。
(わたしは……っ)
人界の惨状、都の崩壊、子どもの泣き声が脳裏に焼き付き、彼女の心を締め付ける。
(わたしは帰らなければっ…苦しんでいる人たちのところへ…!)
「…っ…わかり、ました」
声は震え、涙がこぼれた。
「誓いを立てなさい。わたしを必ず、人界に……都へ、戻すと」
「ああ……いいぜ?誓おう。取り引き成立だ」
大蛇の声が低く響き、瞬間、一匹、また二匹と蛇が増える。
銀色の鱗が光り、ヌルリと着物の中へ潜り込む。
冷たく滑る感触が巫女の肌を這うと、彼女の身体がビクンと震え、恐怖と嫌悪が胸を締め付けた。
「長い時間はかけないさ。鬼王が戻るまでに終わらせる。でなきゃ俺の首が飛ぶんでね」
大蛇はうつ伏せの巫女をひっくり返し、着物を乱暴に乱していく。
「…っ…あー、なんだコレ、すごい痕(アト)だな」
「く、ぅ…//」
「身体中吸い付かれて真っ赤に充血している……!いったい何したら、あの鬼王に、こんな独占欲むき出しに襲われるんだよ」
そして、びっしりと刻まれた赤い痕を目にした大蛇が、興味しんしんで揶揄う。
その視線を遮りたくて胸の前で腕を組むと、一匹の蛇が彼女の両腕に絡みつき、頭の上で強く拘束した。
「んじゃあ…まずは妖気を注いで……ん? どうした? 唇を噛み締めて」
大蛇の声は嘲るように響く。
巫女は口付けを拒んで唇を固く閉じ、目を閉じていた。
大蛇は低く笑い、そんな彼女の顔に息を吹きかけた。
「強情だな……なら別の口から注いでやるけど、いいのか?」
「…ッッ」
身体が硬直し、悲鳴が出そうになるのを必死にこらえる。
大蛇の赤い目が、彼女の肌を貪るように見つめた。
「ああ…良い匂い焚きあげてるなぁ。ククク…緊張してるのか? 汗が…滲んでいるぞ」
小馬鹿にする大蛇の舌がそこを這う。
(ああ……酷い、こんな……っ)
彼女は羞恥に耐えるために固く目を閉じ、声を上げまいと唇を噛み、爪を掌に食い込ませた。
だが、妖気を含んだ舌の動きは、彼女の抵抗を徐々に溶かしていく。
「どうだ……イイか?」
(嫌だ…感じたくない…!)
心で強く拒むが、身体はそれを裏切り甘く反応する。
身体を這う蛇の冷たい鱗までもが、肌を敏感にさせ、彼女の意識を揺さぶるのだ。彼女の腰が無意識に動き、抑えきれぬ喘ぎが漏れ出ようとする。
(嫌だ…!)
「‥‥ッ‥ぁぁ」
────バチッ!!
しかし、大蛇への屈服を強く拒んだその瞬間、彼女の腹の奥で不可思議な音が鳴り響いた。
「───ッ‥あ!?」
大蛇(オロチ)は慌てて舌をおさめ、舌打ちした。
「チッ…鬼王め……こんなトコにも結界を張ったな」
「ハァッ‥‥ハァッ‥‥!?」
「あんたの中に鬼王の術がかかってる。他の何者かがあんたを犯せば、そいつを消し炭にする術だ」
「そんな…の、…わたし は、知らな……っ」
巫女は息を呑んだ。彼女自身も知らぬ間に、そんな結界を張られていたらしい。
「忌々しいもんだ」
「‥‥あ、あの人が‥‥そんな術 を、わたしに‥‥‥?」
大蛇の赤い瞳が、苛立ちと嘲笑を混ぜて彼女を見下ろす。
「安心するのは早いんじゃないか? 直接飲み干すのが無理なんなら……たっぷり垂れ流してもらわないとなあ」
「‥ァッ‥‥//」
ビクンと大きく反応した彼女が息を呑む。
それは蕩けるような快感だった。恐ろしく直接的で、甘く、同時に耐え難い。
必死で腰を引くが男の顔は離れない。巫女は両手で頭をおさえて引き剥がそうとしたが、蛇が腕を縛り上げてしまった。
巫女は抵抗できなくなる。
「逃すわけないだろ?……今のあんたは俺の餌だ……」
耐えきれずに巫女の身体が震え、抑えていた声があっという間に漏れ出した。
「んっ…あっ、あっ♡ だ、め……!」
少しも快感を逃せなくて、なすすべなく喰われるしかない。
《 今のあんたは俺の餌だ 》
まさに、蛇の舌に翻弄されるまま蜜を溢れさせる、そんな存在に成り果てた。
彼女の喘ぎ声が、主人のいない屋敷に響く。
「極上の蜜だっ…!…それにこの霊気、力が…みなぎる…!」
「‥やっ‥やめてください!‥‥やめてえ‥‥!」
「もっと……もっとだ…ッッ……!」
大蛇の声が満足げに響く。彼女は容赦なく追い詰められて、声を抑えきれず、甘く跳ねる喘ぎが部屋を満たす。
(あ、あああ…!耐えっ…られない…!)
気が狂いそうになりながら、巫女は胸の内で叫んだ。快楽の波に飲み込まれ、彼女の意識は朦朧としていく。
目尻に溢れる涙が、絶え間なく頬を流れ落ちる。
(……………たすけ、て)
その涙が、冷たい床板に落ち、静かに染みを作る。
何度彼女が気をやっても、非情な快楽に引き戻される彼女の責苦は終わることがなかった。
───……
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