罰は甘狂おしく *


 屋敷の暗闇に閉じ込められた巫女姫は、あれから幾日も鬼の執拗な愛撫と妖気の侵食に晒されていた。


 彼女の身体はそのたびに熱に浮かされつつも、心の奥底にはまだ抵抗の炎を灯し続けた。


 鬼の黄金色の瞳に見つめられ、絡みつくような甘い言葉を囁かれるたび…彼女は己を保つために必死に祈りを捧げていたのだ。


(わたしは巫女っ……このような穢れに支配されるわけにはいかない)


 しかし、その祈りも虚しく、鬼の手が彼女の肌を這うたびに身体は裏切り者のように反応してしまう。快楽の波に飲み込まれそうになるたび、彼女は唇を噛み、涙を流して耐えしのんだ。



 ──此処は " 境界 "


 時の流れが人の世と異なるこの場所で、彼女はもう何日も飲まず食わずであったが、空腹は感じない。


 日が昇る、という概念すらない。当たり前のように外はいつも暗闇だ。


 朝は来ず、いつ終わるのかわからない陵辱の時間

 限界をむかえた身体が欲する深い眠り


 巫女はただそれを繰り返すのみだった。




 そしてある刻


「鬼の気配が…消えた……?」


 ふとした瞬間、これまで屋敷の周囲を固めていた鬼の妖気が消えていた。


 またとないチャンスだ。隙(スキ)を見計らい、巫女は決意を固める。


 屋敷の奥に隠されていた壊れた錫杖(シャクジョウ)の欠片を手に握り、裸足のまま部屋を抜け出した。


 暗闇の中、足音を殺しながら板張りを踏む。戸の隙間から外の冷たい風を感じた瞬間、彼女の胸にほんの僅かな希望が灯る。


(ここから、逃げなければ……!)


 戸を押し開けると、冷たい夜気が彼女の肌を刺した。


 月の光が薄く山頂を照らし、遠くに見える森が彼女を呼んでいるようだった。巫女は一瞬も躊躇せず、屋敷を後にして山の斜面を駆け下りた。


 蓬霊山(ホウレイヤマ)の森は深い霧に包まれ、木々の間を縫うように走る巫女の息は白く凍てついていた。足の裏は石や枝で切り裂かれ、血がにじんでいたが、彼女は止まらなかった。


 鬼が背後から迫ってくるような錯覚に襲われながらも……ただひたすらに逃げ続ける。


(まずは人の世へ戻り、穢れを清めて、再び鬼と対峙する)


 ザワッ....


「ハァッ……ハァッ……何故?結界が弱まらない…っ」


 しかし、どれだけ走っても景色は変わらない。森の奥へ進むほどに、空間が歪んでいるような感覚が強くなった。


 木々の配置が不自然に繰り返され、月は一向に動かず、空気は重く澱んでいる。巫女は立ち止まり、錫杖(シャクジョウ)の欠片を握り潰すほど力を込めた。


(この山全体にまで鬼の結界が広がって……抜け出せなくなっている……!?)


 絶望が彼女の心を締め付けた。


 人の世と鬼の世が交錯するこの " 境界 " から抜け出すには、出口を隠す結界を破らなければならない。しかし鬼の結界は彼女の予想以上に広くあたりを支配していて、少しも弱まる気配がない。


「今のわたしの力ではっ……破れない」


 疲れ果てた身体が震え、膝が地面に崩れ落ちた



 ──その瞬刻、遠くから不気味な声が響く。



「ヒヒヒ……」


「──!?」



 巫女が顔を上げると、霧の向こうから複数の影が現れた。



 赤く光る目、鋭い爪。異形の姿をしたモノノ怪の群れ。


「あなた達…!」


 それ等は山に棲む低級なモノノ怪たちで、人の霊力を味わい、純粋な身体を穢すことに悦びを見出す下劣な存在だった。彼女の弱った気配を嗅ぎつけ、欲望にかられて群がってきたのだ。


「見ろよ、この女……清らかな匂いがする」


「ナンテ美味そうな身体だ!」


 モノノ怪たちはニタニタと笑みを浮かべ、舌なめずりをしながら彼女に近づいてきた。


「止まりなさい!」


 巫女は立ち上がり、壊れた錫杖を手に持つが、上手く霊力をあつかえない。


「邪(ヨコシマ)な気を持つ者よっ……!それよりわたしに近付くなら、神の御力で浄化します」


「ボロボロの武器でナニできるってんだ!脅しはきかねぇぞ」


「……っ」


「見りゃあ着物も脱げかけてんな?ナンダ?他の奴にヤラレた後かぁ?」


 舐めるように遠慮のない目が、乱れた服装の巫女を見て笑う。


 そのおぞましさに身体をすくめて固まっていると、あっという間に彼女は複数のモノノ怪に取り囲まれた。


(複数相手では勝ち目がない!)


 逃げるしかないと後ずさった瞬間、一匹が飛びかかり、鋭い爪が彼女の腕を切り裂いた。


「ううっ…!」


 血が飛び散り、痛みに顔を歪める。


「邪魔な服はひん剥け!丸裸だ!」


 囲まれた彼女に逃げ場はなく、次々と迫る異形の手が彼女の巫女服を掴み、引き裂こうとする。


「…っ…離してください!…離れて!」


「いい~悲鳴だ!いいぞぉ騒げ!もっと泣き叫べ!」


「やめっ…て」


 袴(ハカマ)をはいていない彼女がまとうのは、頼りない白襦袢の一枚のみ。衿を掴んで引っ張られると、華奢な肩と背中がモノノ怪たちの前にさらけ出された。


 服をおさえようとする手は、左右に立つモノノ怪がそれぞれ掴んで引っペがす。


「脚も掴んでひらかせろ!!」


 何かの祭りのように興奮して盛り上がる異形たち。


 身体の自由を奪われ…絶体絶命の瞬間、彼女は目を閉じ、最後の祈りを口にした。



(神よっ……どうか、あなた様の遣いたるこのわたしに、あなた様の御力の片端(カタハシ)を────どうか)





 神よ───





 ......





 その時だった。



「──グオオオッ!」



 轟音と共に、モノノ怪の一匹が吹き飛び、その躰が大樹に叩きつけられた。


 驚いた巫女が目を開けると、霧の中から白銀の長髪をなびかせた──黒衣の鬼が姿を現した。


 黄金の瞳が冷たく光り、その威圧感だけでモノノ怪たちが怯んで後退する。


 投げ捨てるように解放された巫女はその場に尻もちをついた。


「痴れ者が……俺の獲物に手を出すとはいい度胸だな」


「ヒィィッ…!!」


 鬼の声は低く、地響きのように森を震わせた。


「ナッ…!?ナッ…!?どうして鬼王サマがこのようなトコロに!?」


「ここここの女は…っ、たまたま見つけただけで!まさか貴方サマのものとは知らず!」


 狼狽えるモノノ怪たちが、鬼に向かって必死に弁明(ベンメイ)する。異様に曲がった腰をそれ以上にかがめて、両手を上げ、震える頭(コウベ)を垂れるものもいた。



「見逃してくだせぇ…見逃してくだせぇ…っ」


「──…」


「‥‥‥‥!」



 だが、無駄だった



 一瞬の時をおいて、鬼はモノノ怪たちに襲いかかった。


 鋭い爪が空を切り裂き、異形たちの身体を次々と引き裂いていく。骨がボキりと砕かれ、血と肉片が飛び散り、断末魔の叫びが森に響き渡った。


「……!」


 巫女は呆然とその光景を見つめていた。鬼の力は圧倒的で、数瞬のうちに妖怪の群れは全滅し、ただの肉塊へ変わってしまった。




 ドサッ...!



「‥‥ッッ‥」


「──…さて」


 血に濡れた鬼が振り返り、彼女を見下ろす。冷たくもどこか愉しげな笑みがその美麗な口元に浮かんでいた。


「お前……俺から逃げた結果がこれか。随分と無謀だな」


「っ‥‥!」


 巫女は恐怖と悔しさで唇を震わせた。助けられた事実に感謝するどころか、鬼への恐れが再びわき上がる。


 しかし、力尽きた身体は動かず、鬼が近づいてくるのをただ見ているしかなかった。


 鬼はそんな巫女を抱き上げ、再び屋敷へと連れ帰る。抵抗する力もない彼女は、鬼の腕の中でただ震えるだけだった。


 屋敷の戸が再び閉まり、暗闇が二人を包み込む。


 鬼は彼女を床に下ろすと、彼女の腕に刻まれた傷口に目を留めた。モノノ怪の爪に切り裂かれたそこからは、まだ鮮血が滲み出している。


「ほう……」


 鬼は目を細め、彼女の腕を掴んで引き寄せた。そして傷口に顔を近づけると、長い舌を這わせて血を舐め取った。赤い血が鬼の唇を濡らし、彼はその味を堪能するように目を閉じた。


「美味い……お前の血は霊力の香りがしてたまらんな」


「や……めて……」


 巫女は弱々しい声で拒絶したが、鬼は意に介さず、傷口を舌でなぞり続ける。濁りのない血の味と彼女の霊力が混じり合ったそれに、鬼の表情には恍惚とした色が浮かんだ。


「‥ぅ‥‥ぅぅ‥‥‥!」


 彼女の震える腕を掴んだまま、鬼は彼女を見下ろして嘲るように吐き捨てる。


「俺から逃げた罰を与えてやる…覚悟しろ」


「お、お願いです……もうやめて……」


 彼女の懇願も虚しく、鬼の手は容赦なく巫女服を剥ぎ取った。すでにボロボロだった布が引き裂かれ、冷たい空気に晒された肌が震える。


 鬼は彼女の両腕を頭上で押さえつけ、逃げられないように拘束した。


「離してくださいっ…!」


「お前は俺のモノだと言ったはずだ。それを軽んじた罰を、今からたっぷり味わわせてやる」


 鬼の黄金の瞳が暗闇で爛々と輝き、彼女の裸体を見下ろす。逃げたことへの怒りと、それを上回る欲望が彼の動きを支配していた。


「…っ…も、もう…耐えられぬのです」


「……フッ」


 巫女の華奢な身体が震え、涙が頬を伝う姿に、鬼は満足げに笑みを深めた。


「この身体に……俺がどれほど執着しているか教えてやる」


 逃げられない快楽で、鬼は巫女を責め立てた。


 巫女は必死に首を振って抵抗したが、鬼の動きは止まらない。


「謝れ、俺に。──そうすれば…許してやる」


 鬼の声は低く、愉悦に満ちていた。


 巫女の身体は熱くなり、妖気に侵されながらも快楽に屈しそうになる。彼女は涙を流し、震える声で抗った。


「いやぁ‥‥いや‥‥//

 わたし、は‥‥わたしは…謝ら、ない…!」


「強情だな。なら……もっと啼かせてやる」


「あああ‥‥//‥‥だめ」


 巫女が抵抗すればそれだけ……甘く激しく舐め溶かされる。


 快楽と屈辱が交錯し、意識が朦朧とする中でも、……それでも彼女は謝罪の言葉を拒んだ。


「言わ、ない…!あっ‥あなたに、などっ‥‥//」


「馬鹿め……お前が逃げた故に、こうなっているのだぞ?」


 巫女の身体は限界に近づき、声が甘く震え出す。それでも彼女は歯を食いしばり、最後の抵抗を試みた。


「わたしはっ‥負け ては、ならぬの、です‥‥//」


「クク……ハァ……どこまでも愛(ウ)い奴だ。

 ……だがもう、限界であろう?」


 その抵抗が鬼の劣情を煽り、執拗さを増幅させる。結果、恐ろしいほどの快楽の波が絶え間なく押し寄せ、巫女の意識が薄れていく。あいかわらず…この男が与えてくるのは、気が狂いそうな愉悦ばかりだ。


「俺はこのまま続けてやっても構わぬがな……。なにせお前の蜜の味は極上だ」


「あ、ああ‥‥‥ひっ」


 この責め苦に終わりはない。


(ずっと…っ…?…ずっと、こんなコト、続けられたら、わたし)


「もぅ‥♡ や、め‥‥」


「クッ……どうした?」


 この男に反抗したところで、勝てる未来がどこにも見えない。


 ついに耐えきれなくなった彼女は、涙と喘ぎに混じって小さな声で呟いた。



「もぅ、いや、許してぇ‥‥‥!」



「……」



「お許し‥‥っ‥‥ください……貴方から逃げて……ごめん、なさい……!」



「………ククク」



 彼女の懺悔(ザンゲ)を耳にいれてようやく、鬼は満足げに笑う。



「いい女だ。──…だが、罰はまだ終わらん」



 勝ち目なんてない、圧倒的な力が

 自分を支配しようとしている



「俺に溺れろっ……お前はもう逃げられない」



 鬼の言葉が耳元で響き、彼女の正常な思考が砕かれていく。身体は鬼のものとなり、心さえも侵されていくような──甘く恐ろしい感覚に襲われた。




 ──



 その後も鬼は巫女を責め続け、逃げた罰として何度も彼女を抱いた。


 時が止まっているかのようにいつまでも朝が来ない夜。彼女の身体は濃い妖気に染まり、それでも、彼女の瞳の奥には微かな光が残ったまま。


 鬼はそのか弱い反抗に……激しく理性を煽られながら、今宵も彼女を抱き潰した。










 ──…













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