シオンの棺 ~魔導戦車に敵国の美少女を監禁した~

葉月双

1撃目 プロローグは喪失から

――まえがき――

兵器の設計思想や運用思想、徴兵制度などは疑問に思っても

「この世界ではこんなもん」と軽く流してくださいね。

――ここまで――



「なぜ逃げなかったの?」


 意識が戻ってすぐ、僕は酔狂な彼女に言った。

 彼女は逃げもせず、僕に手当をし、膝枕までしてくれている。

 これを酔狂と言わずして、一体何を酔狂と言えばいいのだろう。


「君がどんな顔するのか、知りたくて」

「……んっ?」


 意味がよく理解できなかった。


「君の魔導戦車、壊れちゃったわよ」


 彼女が言った。

 彼女は少し笑っているように見えた。

 僕はすぐに首を動かして、周囲を確認する。


「世界の終わりみたいな風景だ……」

「そうね」


 立ち上る黒い煙に、揺れている炎。

 鉄の焦げる匂いに、火薬の匂い。

 それから、肉の焼ける匂い。

 幾多の砲弾で抉れた大地に、墓標みたいに転がる壊れた戦車たち。


 壊れているのは、ほとんど僕の国の戦車だった。

 僕の戦車も、僕の右側で息絶えていた。

 胸が締め付けられる。

 戦車を失ったことが酷く悲しい。

 僕には戦車しかなかったのに。


「ふぅん」彼女が僕の瞳を覗き込む。「そういう顔するのね。たぶん、私もそういう顔したわ。君に戦車を壊された時」


「僕らは敵同士だったから」


 僕は彼女の魔導戦車を破壊した。

 そして彼女を捕虜にして連れ回した。

 僕たちは考えられる限り、最悪の出会い方をしたのだ。


「今は違うみたいな言い方ね」

「どうかな。僕は味方より君を信頼しているかも」

「どうして?」

「手当をしてくれたし、逃げなかったし、それに、君は戦車の操縦がとても上手だから」


 現在、世界で主流の戦車は第5世代戦車と呼ばれ、乗員は一人だけだ。

 全てをコンピュータが制御しているから、一人で十分なのだ。

 一人乗りの戦車。

 または棺桶。

 戦車が一人乗りになって以来、鉄の棺桶と揶揄されることが増えた。


 そして僕や彼女のような魔法使いは、魔導戦車と呼ばれる戦車に乗る。

 普通の戦車との違いは、動力が魔力な点と、魔導防壁が展開可能な点と、その他、細々と違いがある。

 一般的に、同じ世代なら普通の戦車より魔導戦車の方が強いとされている。


「逃げたら君の顔、見られないじゃない。私の戦車を破壊した憎たらしい君が、この状況でどんな顔するのか見ておかないと、私は一生後悔するでしょうね」

「性格悪いこと言ってるけど、手当と膝枕の理由になってない」


 僕は少し笑った。

 彼女とは短い付き合いだけど、素直じゃないことだけはよく分かった。


「起きたならもう退いて」


 彼女は怒ったように言って、ソッポを向く。


「ありがとう」


 そう言ってから、僕は起き上がる。


「別に」


 彼女はソッポを向いたまま、澄まして言った。

 僕はまた少し笑った。


「これからどうするの?」


 彼女が視線を僕に向ける。


「国まで帰って、新しい戦車に乗って、あいつを撃破する。僕の戦車を撃ち倒したあの新型を撃破する」

「復讐するのはいいけれど、歩いて帰るつもり? 何日もかかるわ」

「まぁね」


 僕は肩を竦めた。

 でも他に方法がないのだ。


「もっと近くに戦車あるわよ。私たちの、だけど」

「え?」

「軍のスクラップ置き場があるの。1つ前の世代だけど、動態保存してあるはずよ」

「二人乗り、か。魔導戦車?」


 彼女が頷く。

 ちなみに、僕たち魔法使いも、普通の戦車を操縦できる。

 どっちもインターフェイスに大きな差はない。


「君が操縦するわけ?」

「そうよ」

「何? 自分の国を裏切るの?」

「戦車に乗れれば、国なんてどうでもいいもの。君もそうでしょ?」

「まぁね」


 僕はどうしようもないくらい、戦車が好きだ。

 戦車に乗れるなら、別にどこの国でも構わない。

 そもそも、国でなくても構わない。

 そんな僕の心を見透かしたように、彼女が言う。


「君の戦車の仇討ちが終わったら、そのまま二人で傭兵になりましょう?」

「傭兵団『雪月花』で?」

「そう。イカレた戦争好きの集団、この世の正気の外側で」



 数日前。

 僕と彼女が出会った日。

 その日は完全に勝ち戦だった。

 制空権は取ってあるし、僕ら戦車部隊も敵の拠点をほぼ制圧済み。


「簡単過ぎて、ちょっと退屈だな」


 第5世代魔導戦車、グラディウスの操縦席で、僕は溜息を吐いた。

 グラディウスは、魔導戦車としては初の国産だ。

 僕の所属する国の名前はニア共和国。

 そのニア共和国で初の国産戦車は、通常動力戦車のラーミナ。

 その後継機に当たるラーミナⅡをベースにして、魔導改造を施したのがグラディウス。


「はっはー、戦車エース様は言うことが違うねぇ」


 外の様子を映し出しているARディスプレイに、パウル・タッカーの顔が映った。

 パウルは同じ部隊の仲間で、20歳の男。

 パウルには、もう3年ほど実戦経験がある。

 パウルは短いブロンドの髪で、口と耳と鼻にピアスがあって、身体中にタトゥーが入っている。


 チンピラみたいな見た目だが、中身もチンピラだ。

 兵役が終わったらきっとマフィアにでもなるのだろう。

 ちなみに、戦車エースというのは、たくさん敵を撃破した戦車乗りに与えられる称号のこと。

 戦争が落ち着いたら、勲章なんかも貰えるらしい。


「退屈なぐらいがちょうどいい。わたしはあと一年で兵役が終わる。このまま穏便に終わって欲しいものだ」


 ディスプレイにモニカ・レスコの顔が映り、パウルの隣に並んだ。

 いちいち通信相手の顔が映るシステムになっているのだ。

 モニカは僕ら113小隊の隊長で、23歳の女。

 長い栗色の髪を後ろで括っている。


 別段、美人ではないが胸の形がいいと評判だ。

 それ以外の評判は特にない。

 戦車小隊の隊長としては、二流だからだ。


 ちなみに、113小隊というのは、百十三個目の小隊という意味ではない。

 第1装甲連隊の中の第1戦闘中隊、更にその中の第3戦車小隊に所属しているという意味。

 連隊より上は第2師団の所属だけど、周囲はみんな第2師団の連中なので、省いている。

 別の師団の連中に所属を言うときとは、2113小隊と言う。


「だいたいさぁ」


 今度はイレアナ・シモンの顔がディスプレイに映し出され、モニカの隣に並んだ。

 イレアナは長いブロンドの髪を左右で括っている。

 ツインテールと呼ばれる髪型をした女だ。


 僕と同じ17歳で、部隊には配属されたばかりだ。

 イレアナは戦車乗りとしては、普通の実力。

 弱くもないし強くもない。

 イレアナの成績は初めて会った時からずっと中の中を維持している。


「あんたはさぁ、いきなり戦車エースとか、ふざけてんの? 同期のあたし、前回の戦闘での撃破数、たったの1なんだけど?」

「僕は戦車が好きだから」


 前回だって夢中で戦っていたら、たくさん撃破していたというだけ。

 そして戦車エースという称号を貰った。

 ちょっと嬉しかった。


「うちの国では貴重な魔法使い様だしな」


 モニカが淡々と言った。

 そう、僕は魔法使いだけれど、イレアナは違う。

 というか、モニカの言葉通り、魔法使い自体があまり多くない。

 113小隊では僕だけ。


 とはいえ、魔力があるってだけで、魔法自体はほとんど使えない。

 もちろん、国によっては魔法使いが沢山いる国もある。

 兵器のほとんどが魔導兵器だったりね。

 まぁ僕たちの国、ニア共和国は違う。


「つーか毎晩戦車の砲身にアレ突っ込んでんだよなぁ? 命中率が上がりますようにってか?」


 パウルがケタケタと笑った。

 さて僕たちはとっても若いけれど、それもそのはず。

 ニア共和国には兵役があり、14歳から24歳までの10年間を兵士として過ごす。

 まぁ、最初の3年は訓練期間なので、部隊に配属されてからは7年だ。


「それで命中率が上がるなら、僕はやるけどね」

「マジかよお前、今のはジョークだぜ?」

「僕もジョークさ」


 いくら戦車が好きでも、そういう好きじゃない。

 と、レーダ上で妙な動きがあった。


「敵の戦車一両が離脱してる」と僕。


「敵前逃亡か? 珍しい」


 モニカが目を丸くしながら言った。

 僕らの敵は軍事独裁国家ラクーク。

 敵前逃亡は裁判なしで即処刑という恐ろしい国だ。

 まぁ、正直に言えば戦車で戦えるなら相手は誰でも良い。

 それこそ、世界最凶の傭兵団でもいい。


「面白そうだから追うよ」


 ラクーク軍人が逃げるなんてよっぽどのことだ。

 もしかしたら、何か秘密の任務を遂行するための移動って可能性もあるけど。

 どっちにしても、僕が撃破してやる。


――あとがき――

本日あと2話更新します!

15時に2話、18時に3話です!


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