第9話

 よく分からないけど、この城は危ないらしい。

 メルディが突然言った。

 俺やジャスティスを狙う魔物がこの辺りは多いらしい。今までいた村の方がおかしいらしい。

 本来なら、魔女に殺されていたっておかしくなかったって。みんなで話して、あの魔女も外を見てみたいって言うから、対策を思いつくまでは移動していた方が安全だってまとまったらしい。

 本当に死にたいんだって言ったけど、誰も聞いてくれなかった。

 メルディは俺の両手を縛ると、何も言わずに荷物みたいに馬車に積み込んだ。

 よく、行商人が乗ってる大きな幌馬車だ。古そうだけど、中は広くて薄暗い。カーテンみたいな薄茶色の布を柱に縛り付けなくちゃ、よく見えない。

 俺は缶詰の入った木箱の横に転がされて、見た事ないほど怒った顔のジャスティスに見張られていた。

 魔女の女がシャツ一枚の俺を見て、柔らかい毛布を持ってきた。

「寒いでしょ? 私はレイチェルって言うの」

「そんなのいらないから、解けよ」

 俺はレイチェルに言った。

「そんなのオレが許さないからね」

 ジャスティスが珍しく怒鳴った。

 ちょっとびっくりしたけど、そんな俺を無視して、レイチェルが言った。

「怒りすぎだよ、外に出よう」

 毛布を広げて俺の頭から足まですっぽり覆うと、レイチェルはにこっと微笑んで、ジャスティスの手を引いて馬車を出た。交代で入ってきたメルディとベンが、ジャスティスに言われてなんだろうけど、俺を見張っていた。

 ゆっくりと揺れながら動き出した馬車は、とてもじゃないけど乗り心地がいいとは思えない。昔、親父の一行の馬車に乗せてもらったけど、こんなに揺れたっけな。

「クライブ、痛むか?」

 ベンが俺に言った。

「手首が痛い」

「縄なら解くつもりないからな」

 メルディは俺の前に座って本を読んでいた。

 よくこんなに揺れるところで読めるなとは思ったけど、言わなかった。

 ベンは俺の隣りに座って、自分の事を一方的に話してきた。なんかよく分からない内容が多かったけど、ラジオみたいなものかと思ってたらそんなに嫌な気はしなかった。ラジオだって、俺には分からない事しか話さない。魔法の事とか、ベストセラーの本の事とか。

 進行方向にジャスティスとレイチェルが座っているのが見える。

 二人は仲良さそうに話をしていて、すごく楽しそうに笑っている。

 俺の知らないところで、あいつはいつだってああやって笑っている。嫌な思いをするのはいつだって俺なのに。何が違うっていうんだろう。俺が兄貴だから?

「オレってあっちじゃモテるんだぞ」

「もてるって?」

 俺は意味が分からなくて、ベンに聞き返した。

 ベンは不思議そうな顔をして、どういう事?と聞き返してくる。

 メルディが本から顔を上げた。

「女の子に好かれるって事だよ、クライブはどうなんだい?」

「人に好かれた事なんかない」

 俺は床を見つめながらそう答えた。そしてベンに背中を向けて寝返りをうつ。

「ちょっと待てよ、そんな事ないだろ?」

 ベンはしつこく俺の肩を揺す振った。傷に響いて、少し痛む。

 面倒な奴だなと思っていたら、メルディが言った。

「じゃあ一人目はあたいだね」

「なんだよそれ?」

 ベンがメルディに詰め寄った。

「言ったとおりだよ。嫌いじゃないもん」

 楽しそうな声が鬱陶しかった。嘘なんかつかなくていいのに。そんな安っぽい嘘なら、聞きたくない。騙されるのはもう嫌だ。

 俺は目を閉じた。縛られてなかったら耳もふさげたのにな。

 メルディとベンの声が遠くに聞こえる。

 息をするのすら嫌になってくる。心臓もこのまま止まってしまえばいいのに。どうしてこの心臓は、まだ律儀に仕事をしているんだろう? どうして俺はまだ生きてるんだろう?

 メルディの言う、これから先に一体どんな価値があるっていうんだ。生きてたって誰かに血を狙われて、逃げなくちゃいけないんだ。結局馬車にいたって、あの地下の部屋と何も変わらないのに。むしろ縛られてる分、あの部屋よりよっぽど不自由で、こんな時間に価値なんてないとしか思えない。

 どこが自由なんだよ?

 俺は呟いた。そしたら腹がじくじく痛んだ。

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