あれから、どうやって家に帰ったのか、よく覚えていない。

 気がついたら、自分の部屋のベッドの上にいた。

 制服は汚れたままだった。でも、どうでもよかった。

 何も、考えたくなかった。

 何も、感じたくなかった。


 次の日、学校へは行かなかった。

 その次の日も。

 ずっと、部屋にいた。

 電話が、何度も鳴っていた。先生からだと思う。

 親が、何か言っていた気もする。

 でも、聞こえなかった。

 頭の中が、ずっと、シーンとしていた。

 静かで、よかった。


 うるさい声が、もう聞こえない。

『どうしたの』とか、『情けない』とか、そういう声。

 あの子は、どこかへ行ったみたいだ。

 体育館の床に、私のプライドと一緒に、吐き出したものの中に、混ざって消えてしまったのかもしれない。

 そうだと、いいな。


 数日後、久しぶりに学校へ行った。

 もう、誰も私のことを見ていなかった。

 見ているのかもしれないけど、気にならなかった。

 授業は、ただ座っていただけ。

 先生の言葉が、右の耳から入って、左の耳へ抜けていく。

 黒板の文字が、白い線にしか見えない。

 ノートは、ずっと、真っ白だった。


 放課後。

 気がついたら、屋上にいた。

 風が、冷たい。

 フェンスの向こうに、街が見える。小さくて、灰色。

 どうでもいい。


 雪が、降ってきた。

 白い点。

 空から、たくさん落ちてくる。

 綺麗、とか、そういうのじゃない。

 ただの、白いもの。

 昔、故郷で見た雪。

 昔、この国で初めて見た雪。

 そういう、昔のことも、もう、あまり思い出せない。

 思い出そうとすると、頭が、少し痛くなる。

 だから、やめた。

 考えるのは、疲れる。


 雪が、手に落ちる。

 冷たい。すぐ、水になる。

 それだけ。

 氷の女王。

 そう呼ばれてた。

 今は、本当に氷みたい。

 でも、気高い氷じゃない。

 冷たいだけ。

 中身、空っぽ。

 ただの、氷のかたまり。


 壊れた。私。

 どうしてかは、わからない。

 どうすれば治るのかも、わからない。

 もう、昔の私には、戻れない。

 それだけは、わかる。

 でも、それで、いいのかもしれない。

 もう、頑張らなくていいから。

 誰も、何も、期待しないから。


 静かだ。

 雪が、音を吸っていく。

 世界が、白くなる。

 私も、白くなる。

 何も、ない。

 これで、終わり。

 これで、いい。


 その夜、私は部屋に戻った。

 なんだか、部屋がごちゃごちゃして見えた。

 本棚。本が、たくさんある。難しい顔してる。

 いらない。

 私は、本を床に落としていった。

 一冊、一冊。

 ドストエフスキー。トルストイ。ロシア語の本。日本語の本。

 字が、たくさん。見ると、目が疲れる。

 いらない。

 びっしり何か書いてあるノート。参考書。

 これも、いらない。


 大きなゴミ袋を持ってきた。

 本を、全部入れた。重い。

 クローゼットを開けた。

 きれいな服。レオタード。リボン。

 これは、昔の私が着ていた服。

 今の私には、似合わない。

 袋に、入れた。


 棚の上に、箱があった。

 開けると、ピカピカしたものが入っていた。

 トロフィー。メダル。

 重くて、冷たい。

 これも、いらない。

 昔の私が、頑張ってもらったもの。

 でも、昔の私は、もういない。

 だから、これも、ゴミ。


 全部、袋に入れた。

 部屋が、すっきりした。

 広い。何もない。

 これで、いい。


 私は、空っぽになった部屋の真ん中に座った。

 外は、まだ雪が降っている。

 静かだ。

 本当に、静かだ。

 やっと、一人になれた気がした。

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