四
あれから、どうやって家に帰ったのか、よく覚えていない。
気がついたら、自分の部屋のベッドの上にいた。
制服は汚れたままだった。でも、どうでもよかった。
何も、考えたくなかった。
何も、感じたくなかった。
次の日、学校へは行かなかった。
その次の日も。
ずっと、部屋にいた。
電話が、何度も鳴っていた。先生からだと思う。
親が、何か言っていた気もする。
でも、聞こえなかった。
頭の中が、ずっと、シーンとしていた。
静かで、よかった。
うるさい声が、もう聞こえない。
『どうしたの』とか、『情けない』とか、そういう声。
あの子は、どこかへ行ったみたいだ。
体育館の床に、私のプライドと一緒に、吐き出したものの中に、混ざって消えてしまったのかもしれない。
そうだと、いいな。
数日後、久しぶりに学校へ行った。
もう、誰も私のことを見ていなかった。
見ているのかもしれないけど、気にならなかった。
授業は、ただ座っていただけ。
先生の言葉が、右の耳から入って、左の耳へ抜けていく。
黒板の文字が、白い線にしか見えない。
ノートは、ずっと、真っ白だった。
放課後。
気がついたら、屋上にいた。
風が、冷たい。
フェンスの向こうに、街が見える。小さくて、灰色。
どうでもいい。
雪が、降ってきた。
白い点。
空から、たくさん落ちてくる。
綺麗、とか、そういうのじゃない。
ただの、白いもの。
昔、故郷で見た雪。
昔、この国で初めて見た雪。
そういう、昔のことも、もう、あまり思い出せない。
思い出そうとすると、頭が、少し痛くなる。
だから、やめた。
考えるのは、疲れる。
雪が、手に落ちる。
冷たい。すぐ、水になる。
それだけ。
氷の女王。
そう呼ばれてた。
今は、本当に氷みたい。
でも、気高い氷じゃない。
冷たいだけ。
中身、空っぽ。
ただの、氷のかたまり。
壊れた。私。
どうしてかは、わからない。
どうすれば治るのかも、わからない。
もう、昔の私には、戻れない。
それだけは、わかる。
でも、それで、いいのかもしれない。
もう、頑張らなくていいから。
誰も、何も、期待しないから。
静かだ。
雪が、音を吸っていく。
世界が、白くなる。
私も、白くなる。
何も、ない。
これで、終わり。
これで、いい。
その夜、私は部屋に戻った。
なんだか、部屋がごちゃごちゃして見えた。
本棚。本が、たくさんある。難しい顔してる。
いらない。
私は、本を床に落としていった。
一冊、一冊。
ドストエフスキー。トルストイ。ロシア語の本。日本語の本。
字が、たくさん。見ると、目が疲れる。
いらない。
びっしり何か書いてあるノート。参考書。
これも、いらない。
大きなゴミ袋を持ってきた。
本を、全部入れた。重い。
クローゼットを開けた。
きれいな服。レオタード。リボン。
これは、昔の私が着ていた服。
今の私には、似合わない。
袋に、入れた。
棚の上に、箱があった。
開けると、ピカピカしたものが入っていた。
トロフィー。メダル。
重くて、冷たい。
これも、いらない。
昔の私が、頑張ってもらったもの。
でも、昔の私は、もういない。
だから、これも、ゴミ。
全部、袋に入れた。
部屋が、すっきりした。
広い。何もない。
これで、いい。
私は、空っぽになった部屋の真ん中に座った。
外は、まだ雪が降っている。
静かだ。
本当に、静かだ。
やっと、一人になれた気がした。
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