【pt.1 オムライス分隊】エネミーの急襲

「君、卵の割り方……。クソだね。」


 ホルスが俺の手元を見下ろして、冷ややかに言った。「下手クソ」から二文字消しただけなのに、何故だろうか。すごく心が痛い。


「下品ですよ、ホルス。」



エミリィに注意されたホルスは、眉をひそめて反論する。


「でもエミリィ…。この前は、ヘタは取れって言ったじゃん…。」


「トマトを切る時の話ですよ。下手クソからヘタを取ったら、ただのクソじゃないですか。」



 この「クソ」の会話を真面目な顔で続ける美少女たちは、お互いの手元を見ながら連携して調理を進めていく。一切のコンタクト無しで、自分の役割を即決していく。


 まるで、透明な合図が兵士を統制しているみたいだ。


「ホームスキル『以心伝心』…。」



 気が付けば、俺はその単語を呟いていた。


「どうしましたか、エトさん。」

「…干支。俺の名前は、干支リョウ…?」



 思い出した。俺は高校2年で、部活の帰り道にトラックに轢かれて……。どういう訳だか、毎日やっていたスマホゲーム「アソート オブ アブソルート」の世界に来ている。


 そして、エミリィ(ゲームの看板キャラにして俺の愛用キャラ)の話からして、現在は序章「反撃の戦旗」の前半にあたるはず。本来なら、プレイヤーの分身である『小隊長』がエミリィの傍にいるはずだが、何故かいない。


「小隊長はどこだ…?」

「……。私たちの小隊長を知っているんですか?」


 突然の問いに驚いたのか、エミリィは僅かに目を見開いて言った。ふと出た疑問を口に出してしまったが、この問い返しには少々困る。どう説明すればいいのやら。



「…分からない。何というか………記憶が曖昧で。」

「……そうですか。小隊長なら、今は別の分隊を率いて作戦行動に参加しています。しばらくは帰って来ません。」



 大ヒントだ。プレイヤーがエミリィたち「オムライス分隊」以外の分隊を率いて戦うのは、序章のシナリオ中でも限られている。


 これで、ひとまずは現在の時系列を概ね理解した。しばらくの間は、大きな事件は起きないだろう。



「エトさん、少し失礼しますね。」

「どうした?」



 何かが空を切る音と同時に、俺の腹に激痛が走った。見下ろせば、エミリィの細く白い手が、あり得ないほど深くめり込んでいる。


「な、にを…。」



 視界が暗くなっていく。










 







*〇*〇*〇*



 エトを気絶させたエミリィは、彼を軽々と担ぎ上げた。


「エトさんが何者か、調べてきます。」

「はーいよ。オムライスはどうするの…?」


「あとで食べます。」



 部屋から廊下に出て、エレベーターに乗る。エミリィは一つ上の階に昇り、薄暗い部屋に入った。



 部屋の中には、ゴミが放置されたままのデスクや、マッサージチェアのような形の機械がある。その独特の雰囲気を持った機械は、寝息を立てるように、静かな駆動音を出していた。



 エミリィは、エトを座らせるように下ろした。ヘルメット型の装置をエトの頭に被せて、今度はデスク上に開かれたPCに近づく。


 キーボードを右手の人差し指で ぽちぽち押して、青白い画面に文字列を入力していく。どこの誰からどう見ても、手慣れているとは思えないだろう。



「……。エンターって、どこでしたっけ…。」



 しばらくして、エミリィはキーボードから手を離した。あさっての方向を振り向くと、顔をしかめる。


「……。」



 薄暗い部屋を出て、エレベーターに向かう。歩を進めるたびに揺れる、丈の大きい白衣。その裏地には、ベルトで複数の銃火器が縛着されている。


 白く細やかな脚と共に、その武装が躊躇いなく露出された。エミリィはショットガンを抜き取り、エレベーターに向けて構える。


 ショットガンは、一度の射撃で6発の弾丸を発射する近距離向けの火器だ。



『――14階です。ドアが開きます。』



 扉がゆっくりと開くより先に、空気を引き裂くような射撃音が廊下に響き渡った。一発目。間もなく二発目の爆音が轟き、容赦も情けもなく扉の向こうへ弾丸を叩き込む。


 三発目、四発目。エミリィはショットガンの槓桿こうかんを引き、金色の薬莢やっきょうを捨てる。



「都市の迷彩を看破できる能力者がいる事は、軍の想定内でしたが……貴方ではなさそうですね。」


「旧人類は、初対面の相手にショットガンで挨拶をするのか? 随分と野蛮な生き物だなァ。」



 「どの口が」と罵られんばかりの煽り文句を垂れながら、軍服姿の男が現れた。扉を片手でこじ開け、悠然と廊下に脚を下ろす。


 その言動から、この男の所属は明快、新人類エネミーである。しかし、戦場の前線を幾度となく駆け抜けたエミリィから見て、彼の胸元の階級章は見慣れない物だった。



「幹部……ですか。」

「ご名答。俺ァ、今回の侵攻作戦を指揮する者だ。マゲルス少尉と呼んでもらいたい。」


「…エミリィです。」



 エミリィは先程、エレベーターの扉越しとはいえ4発もショットガンを撃ち込んだ。弾の幾つかは当たっていないとおかしいくらいだ。


 それにも関わらず、このマゲルスという男は無傷で現れた。防御系のスキルを持っていると考えるのが妥当である。




 マゲルスは会話を持ち掛けているように見えたが、エミリィにはまだその気がない。も通用しなかったので、ショットガンを手から放す。


 手から放せば、銃は床に落ちる。これは至って自然なことだ。床に銃が落ちれば、相手のことはともかくを警戒する者は多くない。



 マゲルスが気を良くして、話を始めようとした瞬間。


「この―」


 ショットガンから射撃音が轟き、マゲルスの両脚がハチの巣になった。もちろんエミリィは、足元のショットガンには触れてすらいない。



「すみません、もう一度話してもらえますか? よく聞き取れませんでした。」


「…ハハッ。油断したな、これは。こんな子供に殺される事になるとは。」


「交渉しに来たんですよね? なら、こちらの手札は一枚でも増やしておくべきです。例えば……貴方の命、とか。」



 白衣の裏からアサルトライフルを取り、横たわるマゲルスのひたいに押し当てる。


「交渉しましょうか。……貴方の提案をどうぞ。」



 苦笑いする中年の男は、どこか楽しそうだ。白髪を床に垂らし、毛先を血に染めている。



「そうだなァ…。ちょうど今、俺の部下たちがこの都市に侵攻を始めているところだろうが…。俺の指示が出ない限りは作戦は継続される。例え 俺が死んでもな。」


「貴方の命は人質にはならないと言いたいんですか。」

「その通りだ。」



 依然として、マゲルスの口角は吊り上がったままだ。彼は足の痛みを気に留める様子もなく、落ち着いた口調で話を続ける。



「今回の侵攻を止めてやってもいい。その条件は、二つだ。一つ目は、その扉の向こうにいるロイヤルブラッドの譲渡。」


 エミリィの顔色を窺っているのか、マゲルスはその美貌を見上げる。対してエミリィは、まるで意に介さないとでも言うかのように、冷たい瞳で見下ろしてみせた。



 ロイヤルブラッド。人間を見ればすぐさま殺しにかかるエネミーが、特に優先して殺そうとするのがロイヤルブラッドだ。その理由は不明であり、新人類が殺戮を続ける理由とともに謎に包まれている。


 今回マゲルスが迷彩都市の位置を特定できたのも、原因はエトにあったのかもしれない。



「…もう一つは、都市の掌握権限を譲渡し、騎士団はここを立ち去ることだ。交渉に応じる場合、市民にはこれ以上危害を加えないと約束しよう。」


「…信用しろとでも言うつもりですか?」



 呆れたといった目で、エミリィはマゲルスを見下ろした。その表情を見ても尚、彼の顔には余裕の色がある。


「俺ァ 嘘が嫌いなんでね。敵だろうと裏切るような真似はしないさ。もちろん、無理に信じろとは言わない。この交渉を蹴ったっていいんだぜ。」


「では、お断りさせて頂きます。」


「…残念だ。じゃ、機会があればまた会おう。」

「無いですよ。」



 エミリィが引き金を引いた瞬間、






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