第6話

「星になった彼等」




第5話 「夏の終わり」




あの日、史名からプロポーズをされた日から、数週間が経ち、風も大分涼しく感じ、北海道の短い夏も早足で過ぎ、もう少しで秋へと季節が移ろうとしていた。




「おはようございます!」




あれから、私は仕事も、そして勿論、プライベートも充実し、以前よりも職場で自信を持ち過ごせる様になった。




「おはよう、坂本さん!」




「あ、神野さん、おはようございます!」




「坂本さん、最近、大人びたわね、メイクと新しい髪型とっても似合ってるわよ!フフッ」




あの日から、私は人生でほぼ初めて、メイクを時間を掛けてする様にし、髪型も自分なりに少しお洒落をする様になった。




私の心には史名からもらった愛が温かく存在し、毎日、彼と過ごす瞬間、瞬間が私の中では宝物だ。




「坂本さん、最近、元気だね!」




患者さん達からも良くそう言われる様になった。 何気ない周りの景色全てが美しく見える。




誰かを愛し、愛されるという事がこんなにも幸せだと今までの人生で私は知らなかった。




午前のプログラムも快活にこなし、昼休みになった。




私は最近、彼との将来を考え、自分なりに料理の練習をし、今までコンビニのおにぎりやサンドイッチだった昼食を自分で作る様になった。勿論、史名の分も作ってあり、後で渡す予定だ。




「あら、坂本さんのお弁当、可愛い、料理してるのね!」




神野さんが隣の席から、まだ不馴れな私のお弁当を見て誉めてくれた。




「卵焼きに、ウィンナー、美味しそうね!若いのに偉いわね。」




「ありがとうございます、でも、まだまだです。」




私が恥ずかしそうに答えると彼女は、いつもの様に、優しくニコニコと微笑んでくれた。




「そうだ、坂本さん、大分涼しくなったし、外の庭で一緒に食べない?」




「あ、はい!神野さんが良ければ。」




私は彼女の誘いに二つ返事で、表情には見せないが、どこか嬉しく共に庭へと向かった。




「季節が移ろうのは本当に早いわね、来月からは北海道も秋ね。」




神野さんの言葉に私は心地良い香りがする風を顔に浴び、カルピスを一口飲みながら、過ぎ行く季節をしみじみと感じた。




共に昼食を食べている間、私は神野さんから、作業療法士として大切な事、今までの彼女の経験、色んな事を聞かせてもらった。




尊敬する彼女の言葉は今、私が目指している理想の自分になる為に本当に大切な内容だった。




30分程、話していただろうか、午後のプログラムまで、昼休みも半分が過ぎた頃、病棟の玄関から庭に誰かが来た。




私は直ぐに分かった。




「ワォン!」とあの元気な声がし、金色の毛並みが見えた。




「あら、史名君、ハナちゃん!」




ハナは神野さんの事が大好きなのか、彼女の足元でコロコロと身体を転がして嬉しそうに尻尾を振って甘える様な鼻声を出した。




神野さんはハナとの付き合いが長いのだろう、彼女が撫でる度に気持ち良さそうに尻尾を振っていた。




「神野さんと話すのお久しぶりですね、ハナもとっても嬉しそうです。いつも、ありがとうございます。」




「史名君、何だか少し大人びたわね、格好良くなったね、出会った3年前より、大分、背も伸びたね!」




彼等が話すのを聞いていて、私が知らない頃の史名を知っていてちょっぴり羨ましい様な気持ちになった。




「史名君、もう院内での昼食は食べた?」




「いいえ、今日は歌の練習をしたくて、お腹にあまり、入れない方が歌いやすいので。」




続けて史名は話した。




「神野さん、僕、最近、二つの夢が出来て、その内の一つは、、歌手になる事です。もし、良ければ、里美さんと一緒に僕が作った歌を聞いてくれますか?」




「え!凄いね、史名君!夢が出来たんだね! 是非聞かせてほしい!」




神野さんはあえてか、もう一つの夢には触れず、史名の歌を聞くのに眼を輝かせた。




「それでは、聞いて下さい。曲名は、、」「貴女に会えて、です。」




史名は深呼吸をし、ゆっくりと、その綺麗な歌声で歌い始めた。




「貴女がくれた新しい僕、新しい命、貴女が全てを変えてくれた。虚無な日々に泣いた僕も、終わろうとしていた僕も、全部全部、貴女が変えてくれた。貴女が笑う、僕も笑う、陽だまりに出来た影が静かに揺れる、夕暮れの空も温かい風も全てが僕らの愛を包んでくれる。2人して見たあの青い花、涙で濡れた口づけ。一つになれた日、僕の心に灯してくれた灯りを、いつまでも大切に大切に。無邪気に笑う横顔も時折見せる寂しさも、これからはずっと僕は守り抜いて見せるよ。だって、誰よりも貴女が好きだから。」




史名は歌い終わると、私の方をチラリと見て微笑んだ。




歌詞の内容を聞き、心の中で、私は史名と過ごした季節を染々と思い出した。




(史名、ありがとう。私も同じ気持ちだよ。)




彼が歌い終えると、神野さんはとてもその美声に感動したのか、大きな大きな拍手をした。




「凄いね、本当に綺麗な声、歌詞がとっても素敵! 史名君、夢叶えようね!」




そう言い、彼女は両の手でギュっと史名の手を握った。




彼は少し照れ臭そうにありがとうございますと神野さんに笑顔を見せた。




私と愛する史名と優しい神野さん、そして可愛いハナと過ごす幸せな時間はあっという間に過ぎ、昼休みが終わり、午後のプログラムが間もなく始まろうとしていた。




私達は病棟に戻ろうとした時、歌い終わり、緊張が取れたのか少食の彼が珍しく、グーっと腹の音を立てた。




私は思わず、建前上は自分の夜食用のお弁当と言い、史名にお弁当を渡した。




「あ、ありがとう、里美さん。」




彼は恥ずかしそうに私のお弁当を大切そうに抱え、病棟に戻ろうとした。




「史名へ」とお弁当に書かれたラベルを神野さんは見たかもしれない。 だが彼女はただ一言、「史名君、良かったね、坂本さんに感謝だね!そして、もう一つの夢も叶うと良いね!」




と、言い内気な史名を、その包容力で包む様にニッコリと微笑んで院内に戻る彼を見送った。




内心、ハラハラとしていた私に相変わらず、神野さんは優しく、「坂本さんの美味しいお弁当、史名君も食べれて良かったね!」




と言い、何も他には触れずいつもの様にポンポンと私の肩を軽く叩き温かく微笑んでくれた。




私はその時、既に確信に近い物を感じた。




(もしかして、この人は、、)




一瞬、頭の中で考えていると、彼女は午後のプログラムに遅れない様にと私に呼び掛け、共に病棟へと戻った。




その日、勤務を終えると、私達、スタッフの勤務室のドアをコンコンと叩く音がし、院長が扉を開けると、ハナを連れて史名がとある紙を持ちながら眼をキラキラとさせて立っていた。




「おー、史名君、どうした?」




院長が尋ねると、彼は少し戸惑いながら、そして、私の方にチラリと視線を送り、話した。




「院長先生、僕、これ受けてみたいです!」




そう言い、史名はある紙を私達スタッフに見せた。




紙には「ボーカルを目指そう、歌手になりたいあなたへ。」




と書かれていた。




ついに、史名が自分の意思で夢に向かって動き出した。




私達スタッフは皆、喜び、院長は彼に「史名君、夢見つけたんだな!おめでとう!いよいよ、退院も近いんじゃないかな!」




と言い、史名の両の手を笑顔で握った。




「ありがとうございます、院長先生!」




史名も満面の笑みを見せ、お礼を言った。




その日は久しぶりの患者さんの外泊許可日で、午後のプログラムを終えると、私は彼といつもの、あの花屋さんで待ち合わせをして、私の家に向かった。




花屋の前に着くと、しばらくぶりに、あの優しい夫婦と、コロンとした可愛い黒いラブラドールの吾朗が外に出てきて、挨拶を交わしてくれた。




「おー!久しぶりだなー!」




「こんにちは、あら、吾朗ダメよ、お座りしてないと。」




この夫婦は本当に優しい。店内に咲く美しい花の様に心の温かさが彼等からは滲み出ている。




吾朗は史名の事がよっぽど好きなのだろう、鼻声を出しコロコロとした体を、彼の方にくっつけている。




「コラコラ、吾朗、ダメよ。」




店長の奥さんはすみませんと言いながら、吾朗を呼び戻そうとしたが、その日、吾朗は史名からピッタリとくっついて離れず、店長もリードを引き戻そうとしたが、吾朗は、少し悲しい様な声を出し、何故だかずっと史名にくっついて離れなかった。




「ほら、吾朗、ダメよ、また会えるから、、、」




そう言い、夫婦が吾朗を店内に戻し、「じゃあ、また会おうな青年!」




そう言い、彼等は手を振り私達を見送ってくれた。




あの日、秋に向かう晩夏の夕陽が不思議な位、紅かったのを覚えている。




それから、私の家に着くと、「あの日以来だね、この部屋で過ごすの。」と私達は初めて一つになれた想い出を胸に、少し照れ臭く話した。




続けて私は話した。




「花屋さんのワンちゃん、今日ずっと史名にくっついてたね。随分名残惜しそうに。。」




史名は少し間をおいて、「大丈夫、また、会えるから。」と言った。




私の頭の中には何故だったんだろう?と、その時は深く考えなかったが、若干心に残る思いがあった。




しばらく話し、あの日の様に史名の好きなオムライスを食べカルピスを飲み、夕食を済ませると、彼はカバンから一枚の紙を見せた。




「これに、僕応募しようと思うんだけど、、」




「ああ、今日、言ってたやつだね!是非応募しようよ! 史名の歌声は誰にも負けない、きっとオーディション受かるよ!」




私がそう言うと、史名はありがとうと嬉しそうに言い、二人して応募内容を見た。




年齢、性別、特技、趣味、性格など、随分、書く所が沢山ある。




紙を見ていると、私達はとある部分で目を止めた。




既往歴。。




私は一瞬、史名の方を見た。


だが、史名は強かった。


少しうろたえる私の手を握り、「何も気にしないよ、今なら僕の障害も個性だって思える様になったから。里美さんに会えたあの日から。」




(本当に強くなったね、史名。。)




既往歴、、鬱病。今は良くなり、私生活に全く問題はございません。




史名は一切の迷いも見せず、その達筆な字で正直に書いた。




応募用紙を書き終えると、切手を貼り、史名は大切そうに机にその紙を置いた。




「きっと叶うね!」




私は史名より素敵に歌う人など見た事がなく、絶対に今の彼なら歌手になれる、そう信じた。




隣で史名は話した。「もうすぐ夏も終わるね、里美さんと過ごす秋も冬も楽しみだよ。」




どんなに気丈でも、応募用紙を書き終え、緊張が取れたのか、そう言い彼は大好きなカルピスを飲んだ。




私は彼を少しでも癒してあげたく、史名の頬に軽くキスをし、ゆっくりと抱き締めた。




史名は照れ臭そうに静かに微笑んだ。




そんな彼が可愛いくて、私は「おいで、ほら!」と言い、膝枕をした。彼のサラサラの茶色い髪の毛を撫でていると、夜も日付けが変わる頃になり、史名はスヤスヤと寝息を立て眠りに落ちた。




(どんな夢を見てるかな? 幸せな夢を見ていると良いな。)




愛しい彼の寝顔を見ていると気付かない内に私も眠りに落ちていた。




「里美さん、里美さん、」




「ん?」 (ムニャムニャ)




随分と寝ていたのか、史名に起こされ、気付けば時計は昼近くを指していた。




「おはよう、里美さん!」




「あ、おはよう史名。」




私は大好きな彼の前で歯も磨いてないのが、とっても恥ずかしく、いそいそと洗面所に向かい、顔を洗うと、急いで昼食にトーストと目玉焼き、ソーセージを作った。それに彼の好きなカルピスも。




食べ終えると、史名はニッコリと笑いありがとうと私に言い、病棟に戻る時間が近づき、私は史名を見送った。




「里美さん、ありがとう! またね!」




「史名、夢叶えようね!」




「うん!」




ニッコリと静かに彼は微笑み私の家を後にした。




その日、晩夏の昼過ぎ、空は何だかパッとしない、少し雨雲がかった様な空だった。




見送る中、彼がバス停に着き、乗車した頃、パラパラと小雨が降ってきた。本当に北海道の夏は短い、まだ8月末だが、雨のせいか、若干、肌寒くさえ感じた。




史名が戻った後、私は部屋で彼と過ごした時間を振り返った。




私にとって、彼と過ごす時間が全てなのだ。 私は史名が使ったコップをあえて洗わずに自分もその同じコップでカルピスを飲んだ。




窓の外をパラパラと小雨が舞う。風も幾分か強くなった。夏ももう終わりか、あの暑かった日々が嘘の様に感じる。私は何故だか、移ろう季節に無性に淋しさを感じた。




その日の夜、私は史名が歌手になれます様にと願い、眠りについた。




それから、休日も過ぎ、週始め、私はいつもの様に勤務をしていた。




(史名、今日も元気かな。)




昼休みになり、いつもの中庭に私は彼の分もお弁当を用意して向かった。




そよ風が涼しい。季節の移り目を感じる。


私はベンチに座り昼食を食べながら、周りを見渡した。




(あ!史名!)




彼の姿が直ぐに見えた。




ハナも一緒にいる。だが、少し様子がいつもと違う。史名はしゃごみながら、ハナにもたれる様にギュっと抱き締めていた。




(。。史名?)




私は心配で彼の元に急いで駆け寄り声を掛けた。




「史名?」




「里美さん、僕はやっぱり、障害者なんだね。」




そう言い、彼は話した。


ボーカルオーディションの会社から、精神疾患の人は受け付けていないとの事だった。




「史名、気を落とさないで、ね、次の会社のオーディション受けてみようよ、ね?」




私は彼の肩をさすり、何度も励まそうと声を掛けた。(あぁ、こんな時、神野さんなら何て言うんだろう。)




だが、史名はただ一言、、「何だか疲れたよ。この病気に、こんな自分に。」




と言い、ただただハナを抱き締めていた。




そんな彼を私は言葉が上手く出なく力の限り抱き締めた。




すると、彼はせきを切った様に声を上げワンワンと泣き出した。




私は掛ける言葉も見当たらずただただ、泣きながら震える彼の体を抱き締めていた。


ハナも何度も史名の隣でキューンと心配そうな声で鳴いていた。




そして、先日の様に小雨が降ってきた。


私も史名もハナも涙の様な雨に濡れながら身体を寄せあっていた。




雨が降る庭には、先日までの夏の余韻が嘘の様に消え、ただただ冷たい雨が降り注いでいた。




私は彼を抱き締めながら、庭の片隅に飾ってある、あの想い出の勿忘草に目を向けた。




まるで夏の終わりを告げる様に、あの日、二人して眺めたその美しかった青い花はもうすっかりと枯れていた。。




私は障害を差別した審査官を許せない。史名、どうして、この世の中では、貴方みたいに一生懸命生きてて、心優しい人ばかり、辛い思いをするのかな。私は悔しくて悔しくてしかたないよ。でも、もっと許せないのは他でもない、私自身なんだ、あの日、あの時、貴方の未来を奪ってしまったのだから。。



キュン

尊い

ぐっときた

泣ける

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