第3話


「星になった彼ら」




第三話 前編


「願い。」




五月も過ぎ、この北海道にも暖かい初夏の季節がやってきた。




あの日以来、私と史名は過ごす時が増えた。




変わらず院内は沢山の患者さん達の診療やスタッフ達と共に行う軽作業やレクリエーションで忙しく、勤め始めた時と変わらず忙しく日々の業務に追われていた。




だが、ただ一つ違う事は、無力感にうちひしがれていたあの春の頃と違い、時には笑えるという事だ。私も、、、そして、史名も。




窓から吹く風も初夏の香りがし、外には美しい蝶が舞い、何だか気分が高揚してくるのを感じる。実習に来ていた学生達も二週間の実習を追え、皆無事に合格点を取り大学へと戻って行った。あの野中と言うモデル風の学生も史名に何かまだ話したい様な素振りを時々見せていたが、諦める様に他の学生達と共に病院を去って行った。




そして、昼休み、ふと団らん室の奥に目を向けると、他の患者さんやスタッフ達に混ざり、雑談をしている史名の姿があった。


セラピー犬のハナもちょこんと彼の隣にピッタリと座り、まるで、自身も会話に混ざっているかの様に、嬉しそうにパタパタと尻尾を振っていた。




患者さんもスタッフも院長も皆、史名に話し掛け、彼は上品に相づちを打ち、一人一人の話を、良く耳を傾けて聞いていた。




本当に十代の子なのかと思う位に、皆に慕われている彼を遠目に見て、私は自分の唇にソッと手を当てた。




誰かに見せる落ち着いた笑顔も、あの日私だけが見たあの涙も、どちらも同じ史名という一人の人間だ。




そんな事を考えながら、私はあの日の温もりを思い出す様に、再度、自分の唇に手を当てた。




あの日の口づけを思い出しては、私だけが彼を知っているという妙な優越感に似た感覚に浸っていた。




やがて午後も時間が過ぎ、夕食前の自由時間になった。




「坂本さん、お仕事は慣れてきましまか?」




蒸し暑い部屋で、1日の勤務記録を書いている私に、お疲れ様とヒンヤリとした緑茶を渡しながら一人の上司が話し掛けてきた。




神野(かんの)さんというスラリとした美しい女性で品格のある、だけれどもどこか優しさが漂う人柄に私は勤めた初日から良く、この人には助けられてきた。また彼女も私と同じ作業療法士だった。




「大分、患者さんとも打ち解けて、お仕事も早くなりましたね、坂本さんは本当に努力家ですね。けれど、あまり無理しないで下さいね。」




内向的で職場内でも若干、浮きぎみの私の事をいつも、気にかけてくれる神野さんは、まるで母性溢れる優しいお姉さんみたいだ。 男兄弟しかいない私は、ふと、(こんなお姉ちゃんがいればな~。)なんて思った。




そんな彼女に私も感謝を示したくて、まだ箱の開けていない夜食用のチョコレートがあったので、渡そうとした。




「気使わないで良いのよ、けれど、ありがとう、頂くわね。坂本さんも緑茶飲んでね。」




ひたすら謙虚に話そうとする私に、「坂本さん、お仕事も人間関係もそんなに真面目にする必要ないわよ、リラックス、リラックス! あら、それにしても、このチョコ美味しいわ、ありがとうね。」




そう穏やかに言いながら、チョコを口にする神野さんを見て、素敵な大人の女性ってこう言う人の事を言うんだろうな、と思った。




(でも、私は神野さんが思う様な真面目な人間じゃないんです。。)




私は、あの時の温もりが未だ残る自分の唇に触れ心の中でそう呟いた。




「来月は七夕ね、そう言えば、この病棟でも短冊とか飾る行事もあるみたいよ!皆で夢とか書くみたいな感じらしいの。本来、北海道の七夕って一月遅いけれど。」




神野さんは続けて話した。




「坂本さんは夢とかある?」




そう聞かれ、元来、夢や理想という言葉にはうとい自分だが、彼、、史名の事がすぐに頭に浮かんだ。




「あります。。えと、、」




だが、患者である史名との事など言えるわけなく、何かありきたりな事を言おうとしたが、言葉に詰まった。




「あら、ひょっとして、、恋の事かな?


若いし、沢山、恋愛もする年頃よね。」




フフッと優しくからかう様に話す神野さんは本当に大人びていて、けれども、彼女からは、どこか無邪気な可愛いらしさを感じた。




「そんなんじゃないです。」


顔を赤らめて慌て答える私を神野さんは、チョコを上品に食べながら、あらあらとした感じにニコニコと微笑んでいた。




私もこんな素敵な女性になりたい、そして、彼に相応しい人間になりたい。


スタッフや患者達、ハナ、皆に愛され慕われている史名の事を想い、そう思った。




「じゃあ、坂本さん、そろそろ、お仕事も終えたし、後は夜勤の看護師さん達に任せて帰ろうか!途中まで、乗せてくわよ!」




1日の仕事を終え、疲れてる私にお疲れ様と、ポンポンと軽く肩を叩いて神野さんはニコリと微笑んだ。




帰る際にLINEに目を通すと「里美さん、今日も1日、お疲れ様、また、明日会って話せるの楽しみにしてるね。」と、史名からのメッセージがあった。




玄関を神野さんと一緒に出ると、初めて彼と出会ったあの庭では、史名と看護師さん達、他の患者さん達、そして、ハナも混じり、線香花火を囲んでいた。




パチパチと音を立て、赤や青、黄色に光るその鮮やかな色に、初夏の夕暮れ時の風景も重なり、とても美しく感じた。様々な色がある様に、この世界で生きている人間、一人一人に人生という名の道がある。




ハナは火を少し怖がりながらも、興味津々で嬉しそうに駆け回り、史名も他の患者さん達も皆微笑んでいる。病気があっても、皆日々を精一杯、生きている。そんな光景を見て、私は「命」という物の尊さを感じた。




あの公園で史名が話してくれた過去を思い出し、傷一つなく生きている人間などいやしない、皆それでも日々を懸命に生きている。そんな事を思い、彼らを見つめていると、私自身も療法士としても、一人の人間としても、しっかり成長していこうと思えた。




数分かして、車の鍵を手に持った神野さんが、「坂本さん、どうぞ車に乗って」と光景にみいっていた私に声を掛けた。




「では、皆さん、お疲れ様でしたー!また、明日!」 と元気良く神野さんが挨拶をすると、皆、神野さんが好きなのか、また私の影が薄いキャラもあってか、今日もあうございました、と殆どの人が彼女に手を振る、(私もこんな素敵な人だったら、、)と再度、根暗な考えが浮かんだ。




だが、私はすぐに嬉しくなった。


史名だけは私をジッと見つめ、温かく手を振り続けてくれた。ハナも無邪気にワォんと声をあげ、見送ってくれた。




神野さんの車の助手席に座り、私のアパートに着くまでの、道のり、彼女は患者さん達もハナちゃんも元気そうで来月の七夕行事、楽しみね、と話していた。




しばらく会話をしていると、やがて、私の住むアパートが近付いてきた。


私はふと、彼女に「神野さんの一番輝いていた恋愛っていつでしたか?」と、相手からすれば突拍子もない様にも聞こえる質問をした。何故だか、この人には自分で思ってる以上に心を許してる自分がいる。




「そうね、、丁度、今の坂本さんと同じ位の歳の頃かな、大学時代、私は弓道部に入ってたの、で当時の彼氏が空手部で、使う道場が近くて、練習後に、彼とキャンパス内で待ち合わせして、手を繋いで帰ったり、そして、卒業間近に一緒に道東の阿寒湖畔なんか行ったりしたなー。本当に懐かしいわ。」




普段、大人びた女性でも、やはり、一人の乙女であり、少し照れた様に話す彼女はとても可愛らしく見えた。




それと同時に、私も過去の一度だけの懐かしい恋を思い出していた。




私が初めて彼氏が出来たのも大学二年の夏休みだった。龍一と言う名で同じく空手部に所属していて、稽古の度にあっちゃこっちゃ、痣を作っては、毎日の様に鍛えていた。良く大声で笑い、話すのが大好きで、元気でとても筋肉質で背の高い男性だった。性格も体格も史名とは真逆な様な人だった。それでも、とても繊細な部分もあり、そんなギャップに惹かれたんだろうなぁと懐かしい想いが脳裏を過った。




一瞬、過去の恋をポケッと思い出していると、神野さんは続けて話した。




「でも、恋愛って本当に難しいわよね、ずっと一緒だって誓い合って結婚まで考えてたのに、当時、私も若かったんだわ。彼は理学療法士として就職して、私は今の作業療法士として勤めて、互いに会う時間も少なくなってったの、そして、ある日、なかなか良くならない患者さんの事で彼は思い詰めて、良く私にメールで相談がくる様になったの。でも、、」




私は神野さんの話を続けて聞いた。




「でも、当時、私も勤めたばかりで忙しくて、彼の相談にもなかなかのる時間がなくて、それからは、すれ違いも多くなって、あれだけ想い合っていたのに、その半年後には互いに連絡も少なくなって、、そんな感じでお互い、自然消滅って感じになって、別れたの。今にして思えば、もっと大切にすれば良かったなー、なんて。。」




昔の想いを話す彼女は普段の大人びた姿と違い、どこか切なげな、少女の様な顔をしていた。




「だから、、坂本さんが今大切な好きな人がいるなら、どうか大切に大切に、後悔しない様に、自分の心の正しいと思える様な素敵な恋愛をしてね。」




神野さんからの心のこもった言葉に、私は頷き、貴重な過去のお話や、言ってくれた言葉に感謝し、「ありがとうございます。」 とお礼を言った。




(私は必ず史名を守ってみせる。2人できっと幸せな未来を築いてみせる。)




そう強く誓ったのを覚えている。




やがて、私の住むアパートに到着すると、神野さんは「お疲れ様!チョコありがとうね。坂本さん、じゃあ、また、明日ね!」


と車のミラー越しに優しく元気良く言うと、再び車を運転して帰っていった。




私は神野さんが話してくれた過去の恋話や、話してくれた言葉を一つ一つ思いだし、何だか不思議な感じがし、この人とは長い付き合いになるんだろうなと、何故だかその時、直感的に思った。




そして、家に帰り、史名と翌日の会う予定をLINEで文章を送り、何通かのやりとりをし、遅い夕食を済ませ、シャワーを浴び床に入った。




そして、その晩、私は不思議な夢を見た。


史名が一人、いや、ハナと、あの庭で初めて会った時の様にテルーの唄を歌っていた。 変わらず綺麗な歌声で夢の中でもはっきりと美しいと思えた。だが、史名は何度も歌い直しては、一生懸命に歌い続けていた。 その夢の中で、私は上手だよ、自信持ってと歩み寄りたいが、何故だか足が上手く進まず、彼の側に行けなかった。


ようやく、動きが軽くなり、史名の元へ行こうとした時に、時計のアラーム音で目が覚めた。




(何だか不思議な夢だったな。)




私は歯磨きをしながら、昨日見た夢を薄ぼんやりと思い出していた。




そして、いつもの様に準備を済ませ、いつもの病棟に出勤した。




その日、私はワクワクでいっぱいだった。


今日はレクリエーションの一環で午後から史名と散歩をするのだ。彼がスタッフ長に言って許可を得たのか、私は今月から史名の担当スタッフになる事が出来たのだ。




嬉しさのせいか、朝に弱い私だが、勤務中も珍しくペース良く仕事をこなせていた。




「おはよう、坂本さん!」




「あ、おはようございます!」




昨日、お世話になった神野さんが優しく挨拶をしてくれた。




「今日は何だか調子良さそうね、何か良い事でもあったかな?フフッ」




まるで、私の心の中でも見抜いてるかの様に、神野さんはニコニコと微笑んでいる。




「いえ、別に、ただ今日は良く寝れたので、それだけですよ。」




と私は顔に気持ちが出やすいのか、また顔を赤らめて答える私に、神野さんは、昨日と同様に、あらあらと、まるで姉が、歳の離れた思春期の妹を見守る様な感じに私の事を気に掛けてくれている感じだった。




さて、午前の勤務も終え、昼食を皆で取り、待ち焦がれていた午後のレクリエーションの時間がやってきた。




「じゃあ、坂本さん、担当患者の史名君とお散歩と彼の体調管理などしっかり頼んだわよ。」




「はい!」と答えながら、上司が話している間も私は彼と2人になれる、その喜びに浸っていた。




「よし、それでは午後のレクリエーションを始めます!皆さん、今日も元気に無理せず過ごしましょう!」




スタッフ長の呼び掛けでスタッフも患者さん達も午後のレクリエーションに精を出していた。 以前、院内を走り回っていた渡さんも落ち着いて、皆と計作業の一環として、七夕に飾る小物作りをしていた。




そんな様子を見て、勤め始めた春の頃から、まだ数ヶ月だが、季節も変わり、そして、、史名とも出会い、随分と時間が経った様な気持ちになった。




そんな風に患者さん達を眺めていると、ハナが足元に寄ってきた。




「里美さん、今日もお散歩楽しみだね!」


と私の隣に史名が来て穏やかに微笑み、散歩の準備をしていた。




「史名、おはよう。」


昨日は良く寝れた? 今日も楽しみだね、と小声で彼に語りかけ、ハナに首輪とリードを繋いで私達は散歩に出掛けた。




初夏の風は暖かく、まるで、私達の愛を包む様に穏やかに吹いていた。




相変わらず、ハナは年齢など感じさせず、力強く史名の握るリードを強く握り、いつもの道を嬉しげに歩いていた。




「里美さん、今日も暖かくて気持ち良いね。」




史名はニコニコと微笑み、私に語りかける。 昨日よりも、一週間まえよりも、そして、出会った春の頃よりも史名の笑顔が本当に増えた。




「史名。。」




彼の名前を呼びながら私は病棟から大分離れた人気のない小道に着くと、彼と手を繋いで歩いた。




「里美さんの手、暖かい。ずっと繋いでたい。」




史名は私の手を強く握り返し、笑顔を見せた。




そんな彼がとても愛しく、私は更に人気のない路地裏へと史名を導いた。




道は木々で覆われ、小鳥のさえずりが聞こえてくる。




私は人がいないのを確認すると、彼をギュっと抱き締めた。




「史名、好き。大好き。」




私の頭のなかも身体の中も全部、史名への想いでいっぱいだった。




そんな私を、そのか細い腕で史名も強く抱きしめ返し、何も言わず、その綺麗な瞳で私を真っ直ぐに見つめ優しく私の頬にキスをし、そして、少し間を置いて、私の唇にソッと触れキスをしてくれた。


か細くて華奢な彼だが、やはり男の子だ、155cmの私にキスをする時、少しかがみながら、唇を重ねる。




しばらく抱きしめあっていたが、幸せな時間ほどあっという間に過ぎてしまう。


夕方までにレクリエーションを終え、病棟に戻らなければいけないので、私達は先日、訪れた花屋さんに勿忘草のお礼を言いに顔を出して戻る事にした。




(あの日、この店の後に私達は今の関係になれたんだったな。。)




花屋さんに到着すると、向かい側にある、あの森林公園の方を見つめ史名と初めてキスをした時を思い出していた。




史名も同じ事を考えていたのか、店の前に着くと嬉しそうな顔をしていた。




「こんにちはー! お!この前の君か!今日もワンちゃんの散歩偉いな!」




店内に入ると、あの日と変わらない元気な温かい声で店長が出迎え、史名にニコリと笑い声を掛けた。




「あ、先日は本当にありがとうございました!」




私達がお礼を言い、勿忘草に与える花用の栄養水を買いたいと伝えると、店長は二つ返事で用意してくれた。




「あの、この前の勿忘草、とっても綺麗です。ありがとうございます。ハナの為にクッキーまで頂いて。」




史名が再度、お礼を言うと、「君は若いのに礼儀正しくて偉いなー!」




と言い彼は、また、サービスで、値引きをしてくれ、そして、ハナにと、また犬用のクッキーを渡してくれた。




「きっと立派な御両親に育てられてるんだねー!今時珍しい青年だ!」




続けざまに店長は話した。




だが、その言葉に、何故か史名は、急にうつむき、少し淋しげな顔をした。




そして、その時、レジの方から、店長が飼っている、あの若い雄の大きな黒いラブラドールがパタパタと尻尾を振り、私達の方へやってきた。


真ん丸い顔に少しコロンとした身体、パチクリとしたつぶらな瞳で、随分と人懐っこい愛くるしいワンちゃんだった。




史名は嬉しそうに撫でると、よっぽど彼の事を気に入ったのか、史名の顔をペロンペロンと何回も舐める。




「こらこら、吾朗ダメよ、座ってなきゃ。」




レジの奥から店長の奥さんが顔をだした。




私と同じ位の背丈で、随分と若そうな女性だった。




「あ、気にしないで下さい、僕とっても犬が好きなので、むしろ嬉しいです!」




史名は吾朗の頭をよしよしと撫でた。




よっぽど彼の事を気に入ったのか、吾朗は興奮して何度も史名の胸元に顔を擦り付けていた。




店内の様子を察したのか、外で待っているハナが大きな声で吠え出した。




「あの、すみません、ハナと吾朗君、少しだけ、一緒に遊ばせてあげても良いですか?」




「おぉー!勿論だよ!店内に入れてあげな!」




「ありがとうございます!」




お礼を言う史名の瞳はキラキラとしていた。 出会った頃に比べ、本当に良く話せる様になったな~。と私はほのぼのとして、その様子を見ていた。




まだ若い雄の吾朗はその大きな身体で、ハナの前で嬉しそうに腹這いになり、尾っぽを振ったり、ハナの顔をペロンペロンと舐め、甘えん坊な声を出して体をくっつけていた。




ハナはそんな吾朗が可愛いと思ったのか、まるで、歳の離れた弟をあやす様に彼の顔を優しく舐めた。




「良かったね、ハナ、可愛いお友達が出来て。」




そんな様子を見て、店長が私達に、話し掛けた。




「いや~、何だか凄い良い光景だなー! 二人とも吾朗とハナちゃんと写真撮ってあげるよ!」




どうやら、店長は花屋の他に副業でカメラマンの仕事もしているらしい。




「じゃあ、撮るよー!ほら!お姉さんの方も良く笑って!」




恥ずかしがりやな私だが、リラックスして、満面の笑みを作った。




史名の足元にはハナがチョコンと座り、私の足元には吾朗もハナの真似をする様に大人しく大きな舌を出し嬉しそうな顔で座った。




そして、史名は私の手を優しく握ってくれた。




「はーい!じゃあ、撮るよー!3、2、1!」




店長は慣れた手付きで写真を撮った。




「ほら、良く撮れてるよ!」




彼が渡してくれた1枚は私達の大切な想い出になった。プリントして出来上がった写真を私は大切に大切にカバンの中に入れた。




「じゃあ、またなー!と店長も奥さんも吾朗も元気良く見送ってくれた。」




吾朗はハナにクーンクーンと鼻声を出して店を出る直前までくっついて、名残惜しそうにしていた。




帰り道、優しい花屋さんの夫婦、今日撮った写真の事、そして、ハナと吾朗の事。


私達は沢山の事を話した。どちらとも、内向的な性格な私達だが、話が弾み、本当に楽しかったのを覚えている。史名が笑った、影も震えた、そんな当たり前の光景が初夏の夕暮れの美しい空と重なり、私はいつまでもこの幸せが続いてほしいと願った。




そして、本人が何と言おうと美しいその茶色い髪の毛に触れ、私は史名の唇をソッと触り、何度も抱きしめ合いキスをした。




だが嬉しい時間ほど、あっという間に過ぎてしまう。気付けば病棟へ戻る時間になっていた。




「あら、史名君、坂本さんお帰りなさい!お散歩楽しかった?」




私達が戻ると、玄関で神野さんが出迎えてくれた。




「はい!とっても楽しかったです、ハナにも吾朗って名前の可愛い友達が出来ました!」




大人しい彼でも、神野さんには心を許しているみたいで、嬉しそうにニコニコと、今日の事を話していた。




「あら、そうなの、良かったねー史名君」




彼女は史名の話をうんうんと優しく相槌を打ち聞いていた。




そして、史名が話し終えると、「今、丁度、患者さん達、七夕の短冊書いてたのよ、坂本さんも史名君もどうぞ、書いてみて!」




と神野さんが言い、私は短冊が飾られている木のオブジェに目を向けた。




そこには、沢山の人達の想いや願いが書かれていた。




(あ、渡さんのだ。)




彼女の短冊には、病気が治り、子供達とまた、一緒に暮らせます様にと心を込めて書かれていた。




彼女や他の患者さん達の願いを見て、私は、皆の願いが叶います様にと心から祈った。




「里美さん、神野さん、一緒に願い事書こう!」




短冊を見入っていた私に史名がワクワクとした感じに嬉しそうに3人分の短冊を持ってきて私と神野さんに渡した。




小さなテーブルに座り、願い事を書いている間、チラリと史名と神野さんの方を見た。




神野さんの字はとても綺麗で、そして、そこには、「一人一人が幸せな道を歩めます様に、そして、皆の願いが叶います様に。」と、自分の事よりも、他者の幸せを願う彼女らしい文に、神野さんの人柄が伝わってきた。




そして、私は「今のこの幸せが続きます様に。」と史名の事を想い気持ちを書いた。




私は神野さんの様にはなれない、けれど、それでいい。私は私なんだと思える自分がいた。




史名も書き終え、三人で短冊を吊るした。




(史名は何て書いたんだろう。。)




そう思い、ふと彼の短冊を見ると、、




「いつか、、星になっても、貴女の隣で輝けます様に。」と書かれていた。




ジッと、彼の書いた願いを見てると、史名が小声で私に囁いた。




「ずっと一緒だよ、里美さん。」




と言い、満面の笑みを見せた。


どんなに落ち着いていても、まだ十代のあどけなさが残る、その笑顔が本当に愛らしかった。




私は小声で「うん、ずっと。」


と彼の手を握った。




「皆、良く書けたわね、」




神野さんは吊るしてある短冊を一つ一つ眺めていた。




そして、一言、「史名君も坂本さんも願いが叶うと良いね」と私達の方を見てとしながら言った。




何だか神野さんは何となく私達の様子を若干、感じ取っている様にも見えた。


そんな彼女の優しい笑顔と、史名の願いを見ていると、外も薄暗くなり始め、皆、患者さん達の夕食時間がやってきた。




私は帰宅する前、もう一度、史名の願いが書かれた短冊を見た。




星になっても、、その時は、その言葉の意味が分からなかったが、私はいつまでもきっと彼との幸せを守り抜いてくと強く誓ったのを覚えている。




ねぇ、史名、あの時、、貴方は先の事が見えていたの? あの時に貴方が書いた願いを思い出す度に私は、もっと貴方を違う幸せに導けたんじゃないかなって、、今でもそう思うよ。





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