第2話
放課後の喧騒から離れた、駅前の小さなカフェ。窓際の席に座る悠真と花は、テーブルを挟んで向かい合っていた。初々しいカップルのように、二人の間にはまだ少しの緊張感が漂っている。悠真は、温かいココアを一口飲んでから、口を開いた。
「改めて…よろしく、花」
「う、うん。こちらこそ、よろしくね、悠真くん」
花は、少し照れくさそうに微笑んだ。ついさっきまで、当たり前のように隣に座って学級委員の仕事をしていた相手が、今は「恋人」になった。その事実が、二人にとってまだ現実味を帯びていないかのようだった。
「どこに行きたいとか、何かしたいこととか、ある?」
悠真が尋ねると、花は少し考え込んだ。
「うーん…特にない、かな。悠真くんと一緒にいられるだけで、嬉しいから」
その言葉に、悠真の胸がじんわりと温かくなる。花は、いつもそうだ。自分の意見を押し通すことはなく、相手の気持ちを尊重してくれる。完璧主義な彼女の、こういう控えめな部分が、悠真は好きだった。
「俺もだよ。…でも、それじゃあデートにならないか」
悠真が冗談めかして言うと、花はくすりと笑った。
「じゃあ、これから色々な場所に一緒に行こうね。でも、今は…こうして二人で、ゆっくりお話できるだけで十分かな」
二人の会話は、自然と将来のことに移っていった。
「悠真くんは、本当に国立富岳大学に行きたいんだよね」
「うん。俺の夢は、研究者になることだから。…でも、それが本当に俺自身の夢なのか、親の期待に応えたいだけなのか、時々分からなくなることがあるんだ」
悠真が、ぽつりと心の奥にある葛藤を漏らす。花は、その言葉に真剣な眼差しで耳を傾けた。
「悠真くんのご両親、大学教授だもんね。でも…私は、悠真くんが研究者になりたいって、心から思っているって信じてるよ。だって、悠真くんが理数系の話をしている時、すごく楽しそうなんだもん。…それに、私も同じ大学、同じ学科を目指しているから、悠真くんの気持ち、少しは分かるつもり」
花もまた、完璧な委員長や部長として振る舞うことの裏で、他人からの評価を過剰に気にしてしまうという、悠真と似たような葛藤を抱えている。だからこそ、彼女の言葉は、悠真の心に深く響いた。
「花は、吹奏楽部の部長もやって、学級委員もやって…本当にすごいよな。俺なんか、委員の仕事で精一杯だ」
「そんなことないよ。悠真くんがいてくれるから、私は頑張れるんだもん」
花は、悠真の目をまっすぐに見つめ、そう言った。その言葉は、彼女が告白した時に見せた、真摯な瞳と同じだった。悠真は、そんな彼女の真摯さや、ひたむきな努力の姿勢を、心から尊敬していた。そして、この尊敬の念こそが、二人の関係を特別なものにしているのだと、改めて感じた。
「あのね、悠真くん。私、美咲たちと話したんだ」
「何を?」
「理想の男女交際って、どういうことなんだろうって」
花は、少し顔を赤らめながら、昼休みの雑談の内容を悠真に話した。美咲の語った「同意」「気遣い」「対等な関係性」という言葉。それは、悠真にとっても、これから花と築き上げていく関係の理想像として、ストンと心に落ちてくるものだった。
「…花が、そう思ってくれてるなら、俺も嬉しい。俺も、花が嫌な思いをしたり、傷ついたりしないように、一番に考えるから」
悠真の言葉に、花は安心したように微笑んだ。
「ありがとう、悠真くん。私、悠真くんなら、きっと大丈夫だって思ってるから」
まだ手をつないだり、キスをしたりするだけで、顔が熱くなるような初々しい関係。しかし、二人の心の中には、互いの夢を応援し合い、それぞれの葛藤を受け入れ、支え合うという、確かな絆が芽生え始めていた。それは、これから始まる受験と恋の物語の、確固たる基盤だった。
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