199話~逃走作戦~

「お前……竜族だな?」

リッシュがクレイに問い掛けた。


「ああ。血はかなり薄いが、青竜の亜人の血を引いているらしい。」

クレイが初めて口を開いた。


「道理で、めちゃくちゃな強さな訳だ……。」

リッシュは納得の表情を浮かべる。


その瞬間、ふと脳裏に浮かんだのは――ミルフィーユの姿だった。


赤竜の亜人であるミルフィーユ。

血脈の濃さでは、間違いなくクレイよりも上だ。

角、尻尾、羽を持つ分、竜の力も色濃く受け継いでいる。


ただし――彼女は戦場ではなく、優人と綾菜に守られ、愛されながら育っている。

クレイのような傭兵になることはないだろう。

……だが。


あいつも成長したら、手に負えなくなるな。

リッシュは薄く笑いながら、心の中で呟いた。


「しかし、俺が竜族だから何かあるのか?」

クレイが大剣を持ち直し、ゆっくりとリッシュに歩み寄ってくる。


――ヤバい。

この腕じゃ、上手く体が動かない。


リッシュは凍り付いた左腕を見下ろした。


「氷よ! 我が壁になれ!!」

左腕の氷に右手を添え、氷の精霊へと呼び掛ける。


パリンッ!

分厚い氷の壁が瞬時に形成された――が、クレイはその1メートルの壁を軽々と叩き割った。


「勝てないか……。」

リッシュは膝をつき、止めを刺される覚悟を決めた。


ガンッ!!


鈍い衝撃音。

次の瞬間、リッシュの目の前で――アレスが盾を構え、クレイに体当たりしていた。


「くっ……全力のシールドアタックだったんだが、これで吹っ飛ばないか……。」

アレスの渾身の一撃を受け止めても、クレイの体は微動だにしない。

その構えはまるで岩のようだった。


リッシュはすぐに後ろへ飛び退き、体勢を立て直す。

凍りついた左腕に右手を添え、氷の槍を作り出した。


「これならどうだ!! アイスランス!!!」

氷の槍が鋭い軌跡を描き、クレイに襲い掛かる。


しかし、クレイはアレスの盾を押し込み、その反動で後方へ跳び退き、槍を難なくかわした。

アレスが盾を戻した瞬間、クレイの大剣が横薙ぎに襲い掛かる。


ガンッ!!

衝突音が夜空に響いた。


「ぐあぁぁぁぁ!!」

悲鳴を上げたのはアレスだった。


クレイの一撃を受け止めた盾が粉砕し、アレスのガントレットがベコリと凹んでいる。

左腕の骨が砕け、圧迫されたまま力を込めているのだろう。


だが、それでも――アレスは一歩も退かない。

骨が砕けようと、下がれば一撃で終わる。

それを理解しているからこそ、聖騎士は踏みとどまった。


バタンッ! パカラッ! パカラ!!


その時、屋敷の裏手で扉が勢いよく開く音と、馬の蹄の音が響いた。


「リッシュ!! 逃げるよ!!!」

馬車に乗ったレイナが、裏門から叫ぶ。

荷台には中年の男と少女の姿。


――あれが、村長と娘か!


状況を一瞬で理解したリッシュは、レイナに向かって叫んだ。


「レイナ!! 門まで走れ!!!」


「ん?」

意味が分からぬまま、レイナは指示に従い、馬車を門へと走らせる。


「闇を司る精霊シェード!!

この場を闇で埋め尽くせ!!!」

リッシュが詠唱を始めると、屋敷全体が黒い闇に包まれた。

光が完全に遮断され、世界から音すら消えたような静寂が訪れる。


リッシュはその闇の中でアレスの背中へと回り込み、鎧の後ろを掴んだ。


「抵抗するな。俺の引っ張る方向に走れ!」

アレスが頷き、リッシュの動きに合わせて後方へと跳ぶ。

闇に包まれた戦場から、一気に距離を取った。


「後ろ走りはきつい。手を引いてくれ。」


「わがままなやつめ。」

リッシュは苦笑しながらアレスの右腕を引き、暗闇を駆け抜けた。


やがて門を抜けると、そこはもう通常の夜の風景。

リッシュとアレスはそのまま馬車に飛び乗る。


「レイナ、ありがとう。出してくれ!」

リッシュの声に、レイナが手綱をしならせた。

馬車は勢いよく走り出し、村を離脱する。


* * *


馬の蹄と車輪の音だけが響く夜道。

全員が無言のまま、ただ前だけを見ていた。


リッシュは凍り付いた左腕にお湯を掛け続け、

アレスは砕けたガントレットを外して、折れた腕に神聖魔法を施していた。


その緊張の中――


「ぷっ……きゃはははは!!!」

突然、レイナが大声で笑い出した。


「どうした? 何がおかしい?」

リッシュが眉をひそめる。


「可笑しいっていうより、最高の気分なのよ!!

あのクレイよ!? あのクレイ・レノンを出し抜いたのよ!?

これほど爽快なことが他にある!?」


レイナは興奮した様子で手綱を握りしめている。


「クレイがヤバいのは知っている。

だが、些か不謹慎ではないか?」

アレスが淡々と返した。


屋敷に置いてきたダルカンの妻のことが、胸に重くのしかかっていた。

自分にもっと力があれば、クレイを倒せたのではないか――。

その後悔がアレスの心を締め付けていた。


しかし、レイナはそんなアレスの想いに気付かず、話を続ける。


「私たち傭兵にとって、大事なのは金と命さ。

だからね、敵陣にクレイがいると分かると困るんだよ。

依頼を断れば信用を失うし、戦えば死ぬ。

結局、クレイの動向を見て動かざるを得ないのさ。


ジールド・ルーンのシン、グリンクスのオレイア――

あの手の“化け物”は、ある意味商売の天敵なんだよ。」


「だから、最初は降りるって言ってたのか。

でも、なぜ助けに来てくれた?」

リッシュが尋ねる。


「最初はね、こんな所にエルフがいるなんて珍しいと思っただけ。

そのエルフが、たまたま村長に用事があるらしいってね。

珍しいから少し話をして、目で追ってたの。

そしたら、ジールド・ルーンの国章をつけた聖騎士の所に行くじゃない!

そこで確信したのさ――“これは面白い戦いになる”って。」


レイナは楽しそうに笑いながら話す。


「結局、クレイには惨敗だったがな。」

アレスがボソリと呟く。


「惨敗? 違うわ。どちらかと言えば勝利よ。

あなたたちの目的は、村長の娘を王都へ連れていくことでしょう?

あれをやられると、奴らは確実に困る。

聖騎士とエルフのコンビなら、それも現実になると思ったの。」


「だとしたら、まだ結果は分からないな。」

リッシュがレイナの言葉に割って入る。


「? どういうことだい?」


「……前後から、馬の蹄の音が聞こえる。」

リッシュが短く答えた。


一行の表情が一変し、空気が張り詰める。


「……俺には聞こえないが?」

アレスが低く呟く。


「エルフは暗闇でも目が利くし、耳は人間の数十倍。

後ろから1頭、前から2頭来ている。」


「後ろの1頭は……ほぼクレイで間違いないな。

前方の2頭は誰だ?」

アレスの問いに、リッシュは首を横に振る。


「分からん。だが、前方の2頭の方が早く俺たちと遭遇する。」


全員の視線が前方に集まる。


やがて――

遠く、森道の先に、こちらへ向かって走ってくる2つの影が見え始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

次の更新予定

2025年12月10日 22:00
2025年12月12日 22:00
2025年12月15日 22:00

交界記 ―二つの世界の物語― なぎゃなぎ @nagyanagi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画