4

 翌日の夜。明日からお盆休み。ゆっくり羽を伸ばせる高揚感はあまりなかった。複雑な思いを胸に、僕はペタに通話を繋いだ。


「分かっていたのか、全部」


 開口一番、僕はそう問いかけた。

 ペタは真面目な口調で、ああと答えた。


「僕は何も分からないよ。彼女の不可解な行動と今日起きた出来事に何の因果関係があったというの」

「そもそも大きな違和感が一つあった。彼女はなぜハヤトたち四人とになったのか」

「乗ったこと? いろんな駅で降りたことではなく?」

「そうだ」

「それは……たまたま帰る時間がいっしょになっただけじゃないのか」

「たまたまなわけあるか。彼女はなんだろ」


 僕ははっとした。確かにその通りだ。


 なぜ帰宅部の君塚さんが部活終わりの僕たちと同じ時間に帰っていたのか。そして、学校に来ないはずの夏休みにまで同じ電車で帰ることになっていたのか。


「彼女が水泳部の活動内容を知りたがっていたこと、駅でQRコードをばら撒いたこと、そして降りる駅が一定でないこと。これらの話の中心には必ず同じ人物たちがいた。ハヤトと、いっしょに帰る三人だ。君たちは水泳部の部員であり、QRコードの件ではデータの送受信範囲には君たちしかいない。そして、君たちの降りる駅で彼女もいっしょに降りた。このことから彼女は君たちに何らかの用があったと、僕は考えた」

「そのために夏休み中もわざわざ学校に来ていたって言うの」

「学校に来たかまでは分からないね。僕は君たちの下校時間を狙って駅で待っていたと考えているけど、根拠はない。

 少なくとも分かっているのは、彼女は水泳部の帰宅時間を知っていたということ。

 彼女が水泳部の女子部員に質問した内容は、どれくらいの時間練習しているのかと、期末テストや夏休み中も同じくらいの練習を行うかだ。水泳部が何をしているかではなく、水泳部の活動がいつ終わるか――そのことに彼女の興味はあった。部活終わりの水泳部員に何らかの形で接触を図りたかったために」


「それならもっと早く声を掛けてくれたらよかったのに……」

「ハヤトはあれかい、知らない人の集団に『ちょっと聞いて!』って割り込めるタイプの人間なのかい?」

「それは……そうではないけど」


 柳川を連れ出した例の他校の先輩を思い出す。あんな大胆な真似は普通はできないだろう。


「彼女は誰とも気軽に話せて仲良くなるタイプではなかったんだろう? それに水泳部の情報を嗅ぎまわっていた時は、必ず女子部員が一人の時に話しかけていたじゃないか。

 そしてハヤトたちはいつも集団で帰っていた。それなら君たち四人のうちの誰かが一人きりになるのをずっと待っていたと考えるのが合理的だと思わないのかい」


 それはもっともな話だ。僕はペタに君塚さんの連絡先を聞いてこいと言われて戸惑ったことを覚えている。異性に声を掛けるハードルは高い。もちろん君塚さんから見ても僕たち四人は異性だ。話しかける必要があるなら一人の時に――それは納得のいく話だった。


「その上で僕はこう考えた。君たち四人のうちの誰でもよかったのではなく、特定の一人の人物に用があったのではなかろうかと。それを考えるためのヒントが個人情報の収集さ」


 ペタは咳払いをして何かを飲んでいるようだった。氷がぶつかる涼やかな音が聞こえた。


「七月の初めから今に至るまで、彼女が欲していた情報は一体なんだ」

「それは、水泳部の活動情報と、クラスと出席番号じゃないのか」

「もうひとつあるじゃないか」

「もうひとつ?」

だ。それが彼女の本当にほしかった個人情報だよ」


 夏休みに入ったその日、駅のホームでQRコードが無差別にばらまかれた。そして君塚さんはアプリ上で出席番号を知りたがった。ところがそもそも欲しかったのは通話アプリの連絡先というのは一体どういうことだ。


「個人情報というのは個人を特定するための情報だ。そう考えれば、出席番号というのはそれ単体では個人情報ではない。学校名、学年、クラスと揃って初めて出席番号は個人情報となる。

 同様に通話アプリの連絡先もそれ単体では個人情報ではない。僕には『ハヤト』という名前のアカウントの君が、どこに住んでいる誰かなのかは分からない。しかし個人を特定する何かしらの情報をハヤトの口から聞くことができたなら、君が何者であるか分かるだろうね。

 そして個人情報は集めただけじゃ意味はない。どこかで使いたいからこそ集めるんだよ。じゃあ彼女が集めた情報をどこで使ったのかという観点で考えた時に連絡先を入手した時だろうと当たりをつけた。

 彼女は通話アプリの連絡先が欲しかった――君たち四人の誰かのね。しかし直接声を掛けるのは憚られる。君たちはいつも四人で集まって帰っていたから。そこで考えた妙案が自分の連絡先を開示することだった――自分の連絡先にアクセスできるQRコードを君たち四人にばら撒くことで。そして四人のうちの誰かから応答があった時、狙いの人物かどうか確認する必要があった。僕みたいに本名を使っていない可能性があるからね。しかしなぜだか本人の名前を口にすることはできないらしい。その結果苦肉の策で編み出された方法が別の個人情報の一部から通話アプリの連絡先の人物を特定することだった」


 ――クラスと出席番号を教えてほしいです。


 QRコードを読み取った佐山に送られてきたメッセージは、その人物が誰かを特定するためのものだった。そして出席簿から出席番号を知りたがっていたのは、その特定するための情報を得るためだったということか。言わずもがな学校名と学年は特定できている。しかしクラスと出席番号が問題だ。僕と佐山は同じクラスだが、柳川と田嶋は別のクラスだ。だからクラスと出席番号の組み合わせが必要だった。


「では誰の連絡先を入手したかったのか。それはハヤトの話から推測可能だよ。

 ハヤトは、彼女が出席簿を求めてやってきたことを自分のクラスで目撃した。だが他のクラスでそのようなことがあったとは聞かなかった。ならば君のクラスの出席番号が必要だったということだろう。そうなるとクラスが別の二人(柳川、田嶋)はターゲットではない。

 そして同じクラスでQRコードに応答した彼(佐山)は、クラスと出席番号を告げたきり彼女からの応答はないときた。つまり彼に用があったわけではなかった。

 そうなると必要だったのは、ハヤト、君の連絡先だったんだよ」

「僕の連絡先をどうしても入手したかった……」

「君とどうしても連絡が取りたかった。けれどもこの作戦は穴が多すぎる。嘘の出席番号を言われたらおしまいだし、そもそもQRコードを読み込まれない段階でこの作戦は失敗する」


 その言葉が重くのしかかった。現に僕はQRコードを読み込まなかったから、その時点で君塚さんの目論見は破綻する。


「ではなぜこんな回りくどい方法で君と連絡を取りたかったのか――用があるなら同じ水泳部の女子部員を通じればよい。言伝ことづてでもよい。あまつさえ、通話アプリの連絡先の確認を行う時にハヤトの名前を出せばよい。しかし彼女は頑なに君と接触したいという思いを隠して、君との接点を欲した。

 彼女はなぜその思いを胸に秘めたのか。

 ここから先は推論の域を飛び出して、僕たちが高校生の青春真っ盛りだということを加味して考えよう。すると蓋然性がいぜんせいの高い可能性はひとつじゃないか。

 彼女はんだ」

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